検証

文字数 2,184文字

「相良少尉がわたしの、ひいお爺ちゃん……」
 秀美はまだ動揺しているようである。
 新一の予想は当たっていた。あの意識のタイムスリップは相良少尉が言った通り必然であり、歴史の修正の為に起こされた現象と言える。
「そうなのよ、秀美。新一さんが私達を救ってくれたのよ」
「いえ、助けられたのは僕です。それは間違いありません」
 一呼吸おいてから新一は話し始めた「想像の域を出ませんが……最初から松子さんは相良少尉と美代子さんの娘として生まれるはずでした。だが、原因はわかりませんが、何らかの不具合が起きて、二人が結ばれるという歴史が障害されてしまったのだと思います」
 松子は黙って新一の話に耳を傾けている。
「松子さんが産まれないという事。それは後の歴史において大きな矛盾、もしくは不具合をもたらしてしまう。ひょっとしたら歴史の大筋がかわってしまうのかもしれません」
 あくまでも想像である。こんな事を信じろと言うほうが難しいが、新一は話を続けた。「その不具合は僕の祖父の子孫にも関係するものかもしれません。よって、あのタイムスリップは歴史が仕組んだものであり、必然なものであったと推察します」
「必然……」松子が呟いた。
「はい。歴史を修正するために僕の意識が飛ばされたのだと思います。彼の、相良少尉の
意識の中に」
 一呼吸おいて、新一は更に続けた「何故僕だったのか? タイムスリップをさせるのは、松子さんでも秀美ちゃんでも良かったのではないか? その方がより早く結論を導き出せたのではないか? そうも考えてみましたが……」
「あ! そうよね。私には無理だと思うけど、おばあちゃんだったら……」
 新一の話の途中に割って入った秀美の言葉を松子が制した。「いいえ、理由は分からないけれど、新一さんでなければ駄目だった……」
 そう言って松子は新一の方に向き直った。
「はい。多分そうだと思います。勿論、証明はできませんし、理由も分かりません。ですが、人、時代、そのタイミング……その全てが、あの大津島で合致したのだと思います。ですが、僕にも相良君、あ、相良少尉にも全く、どうしたらよいのか分からなかった。こうしてこの世界に帰って来れたのは奇跡としか言いようがありません」
 本当のところは誰にも分らない。そもそも歴史の目的が、相良少尉を美代子さんに会わせる事ならば、もう少しヒントをくれても良さそうなのに……新一が現世に帰って来れたのは、本当に、ギリギリだったのだ。
「新ちゃん。凄い」
「ううん。あの時、僕はそこまでは考えられなかった。だから、ギリギリになってしまったんだ」
 ほんとにギリギリだった。正直、今でも信じられない。
「僕の意識が飛ばされた原因。それを偶然ではなく、必然ではないかと先に考えたのは相良少尉です。歴史の修正という事に気がついたのも少尉です。確かに彼は天才です。でも僕達は何をしたらいいのか全く分かりませんでした」
「もしかしたら……わたしも消滅してたかも? て事だよね?」
 秀美が目を潤ませながら言った。
「うん。そういうことになるね」新一は秀美を見てそう答えてから、松子の方に向き直った「でも、修正が不可能だった場合、歴史は双方を消滅させてしまうことで、少しでもダメージを減らそうとしたのではないか……なんとか辻褄を合わそうとしたのではないかと思います。実際、消滅する寸前でした」
「父も、何をしたらいいのか分からなかったのだと思います。あの手紙からそう推測されます」
「お婆ちゃん、どういう事?」
「空港でお前に渡したあの手紙。あの手紙を見る限り父は、相良少尉は私達が娘と孫である事に気づいていないわ……多分……」
「そうか。そう言えば」
 秀美は何度も頷いた。
「それについては僕にも分かりません。ですが相良少尉は、松子さんが自分の子かも? と考えたと思います。でも、彼にそれを確かめるすべはありません」
「はい。その通りです」松子が悲しそうに頷いた。

 新一は感じた。いずれ、自分達のこの記憶は消えてしまう。あの手紙が消えてしまったように。それがいつの日なのか分からないが、そう遠くはないはずだ。
 あの意識にそう囁かれた……そんな気がした。意識の声が聞こえたわけではない。大津島から徳山港に戻った時、手紙が消えてしまった時に感じたあの感覚。あの時と同じだ。そう感じた……そんな気がしたのである。
「新一さん、ありがとう。貴方の……貴方のおかげです」
 松子は新一の手を取って涙を流した。
「いえ、不可能を可能にしたのは相良少尉です。僕は彼に、美代子さんに会いに行くよう言いましたが、よく考えればあの時代、あの状況の中、あんな僅かな時間で大津島と千葉の往復など不可能です」
 回天隊員は出撃前に帰省が許されていたが、相良君は帰省していなかった。なぜかは分からない。家族の死と被ったのかもしれない。
 新一の意識が無くなったのは7月11日。彼の出撃は14日。戦争の真只中、旅客機も新幹線も無いあの時代、普通に考えれば大津島と千葉の往復なんて物理的に不可能だ。相良君は12日にあの手紙を輸送機の中で書いていた。どんな無理をしたのだろう。
「彼がどんな魔法を使ったのか、今となっては謎ですが、彼はそれをやってのけたのです。相良君、いや、松子さんのお父さんは優秀で偉大な人物です」

 松子は新一の手を握り、泣き崩れた。

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