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文字数 2,695文字

 ルーカン達は今、〝流れ〟の中にいた。

 それは、滔々(とうとう)と湧き出る思い出話といった記憶的な流れでもあり、四角い窓から見える風景といった視界的な流れでもあった。

 特に、後者の風景を作り出している自動車という乗り物は、大いにルーカン達を湧かせていた。

 自動車の話を後方座席の四人が話す度、前席で運転をするテムの鼻は高々と伸びていく。

 この時代、自動車は特別珍しい訳ではない。今も、何台かの自動車がすれ違いに走っている。

 ルーカン達が沸き立つ理由は、この自動車の製造にテムが関わっているからだった。

 自動車開発をメインとした企業に身を置くテムは、最新技術を積んだ自慢の一台を引っさげて仲間の元に来たという話だ。

 街の景色は既に遠く後方。今は木々が視界を支配している。さすがのスピードに、ルーカンは目を輝かせる。

 陽気さをそのまままに、目線を車内に移す。

「ん、それって……」

 

 テムの座る椅子の隙間、そこに古めかしい新聞紙が丸められて置かれているのに気付いた。

「ようやく気付いたか」と、テムは振り返らず一言。直後、「やはりか」と返事を倍にしてルーカンは返した。

 

「エプドによる精歴の誕生から数一〇〇年、人類は様々な文化を拓いてきた」

 

 新聞に記された文を、テムは得意げに語り始めた。

 

「陸を走り、海を裂く偉大な発明。それに続き、人類は……」

「人類は、翼を手に入れた!」

 

 ルーカンは、仲間と一緒に話を繋げた。

 振り向いたテムは、親指を立て感激の意を示す。途端、真っ直ぐ伸びた親指とは逆に、車は大きく蛇行した。

 危ない、とルーカンは慌てて注意した。

 結果、テムはなんとか建て直すが再三の注意を受ける羽目になる。 だが、表情は変わらず笑顔だった。

 

「まあ、したかないか。これはテムには特別なものだしな」

 

 ルーカンは、笑顔の理由を知っていた。

 

【人類は翼を手に入れた】

 

 その言葉は、今から一〇年程前の八四五年、五月四日の新聞紙の一面にかかれていた文章だった。

 テムは子供の時にその新聞を見て以来、飛行する乗り物〝航空機〟に魅力されていたのだ。

 世間で人力航空機が流行っていると聞けば、大人達にそれを作るよう頼み込んだ事もあった。実際に出来上がったそれで仲間と遊んだ事さえも。その時の経験は、今の事業に役立てられていたのだった。

 これは、ルーカンはもちろん、皆が知っている事である。

 テムは言う。この新聞は自分の原点だと。

 普段は金庫に入れ、大切に保管しているらしいが、この特別な日を記念し取り出して来たらしかった。

 

「〝あそこ〟にみんなで入ってからもずっと持ってたもんな」

 

 ルーカンの言葉を皮切りに、車内の空気は一層の過去を纏っていく。

 遡る思い出は一〇年前。とある建物で少年期を過ごしていた頃の事。

 

 この〝イーリング〟という国は、二〇年前に世に広まった内燃機関の発達により、工業の機械化が加速。爆発的な経済成長を遂げていた。それに合わせ、国は〝産み手、育て手、働き手〟という出産を促す国策を設けていた。

 これにより労働者獲得が容易に行われる事になるが、一方で負の遺産も生まれることになる――

 

 

 



 

 

 

(ど、どうしよう……)

 

 ハラハラとするのは、幼き日のルーカン。その目には、穏やかではない状況が広がっていた。

 

『テムとかいう捨て子やろう! きたばかりでナマイキだぞ』

 

 からかう声が、決して広くはない一室に響いた。

 そこには、四人組の男児と、右手に新聞紙を丸めた幼いテム。更に後ろにはセレアとルイナがいた。

 

 捨て子、と馬鹿にした四人組は、その後も幼児らしい拙い煽りでまくし立てる。

 

 〝産み手、育て手、働き手〟の弊害…… それは、子を養えなくなった親が、子を捨てるという現象である。

 国は、解決策として当時でも珍しい〝児童養護制度〟を設け、捨て子や問題のある子供を預かる孤児院という施設や、里親という仕組みを確立し、救済を行っていた。

 しかし、それでも幼さ心に親無しという事実は残酷だった。捨て子となると尚更で、そこに触れる事は、子供内では最大のタブーだった。

 

『何とか言えよ、捨て子テム!』

 

 代わる代わるやって来る憎まれ口。

 息を呑み見守るルーカンだが、言われた当人はというと……

 

『ぼくは捨て子じゃないし。むしろきみ達がそうだろう』

 

 大人びた物言いではねのけた。

 背を向けスッと歩き出す姿もかいがいしい。

 四人組は口を半開きでぱかん顔。

 しかしリーダー格の男児は、間を置いたあと怒り顔。

 

『お、おれは捨てられたんじゃない! おれが親を捨てたんだ!』

 

 拳とタンカが風を切る。

 ルーカンは、「あ!」と声を短く出す。

 テムは、それで事態に気付いたようだ。

 あわやという所で男児の拳を避けるが、手にした新聞紙は床に落ちた。

 テムは気づくが、時すでに遅し。

 四人組の手にすでに渡っていた。

 

『なんだこれ?』

 

 長々と記された航空機の文章である。幼い頭ではその内容は「つまらない」に尽きるもの。

 それを大事そうにしている様は、格好のいじりの的になる…… ルーカンは幼心にそれを予感した。

 やはりか、テムの表情は強張っていた。

 怒りを見せ、取り戻そうと掴み掛かるぎこちなさは、ルーカンも初めて見るテムの焦りの姿だった。

 四人組に軽くあしらわれる状況を、ルーカンはただうろたえて眺めた。拳を突き立て、テムを激励する隣のセレアに、少しの怖さを覚えながら。

 と、その時だった。

 部屋の戸を強く開ける影が一つ。

 それは、来た矢先あっという間に四人組に近付く。

 そして、力強い足音よりもいっそう大きい鈍い音を、拳を使いリーダー格の頭部で打ち鳴らす。

 

『お前たち、友だちに手出しはさせないぞ!』

 

 凄む赤毛の男児、ゾアである。

 出入り口前には、こそこそと覗き込むルイナが。

 ゾアを連れて来たのだと理解し、ルーカンは声をか細く感謝を言った。

 風となって現れ、火の一撃を見舞ったゾアはまさにヒーロー。

 男児達は、泣くのをこらえ強がりはするが、もはや威勢は消えていた――
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