応接室のような部屋の中心に正方形の机が置かれている。そこの向かい合ってクリーム色の髪の女性と、女性兵が座っていた。
シャツの右袖をまくると、広く巻かれた包帯が見えてきた。彼女は包帯を解いてゆく。
中から表れたのは、赤く広がる発疹のような跡の数々。皮膚は青くなっていた。
思わず女性兵も顔をしかめる。
…そうね…。傷の細かな状態は救護班の人に見てもらうとして…。複数の注射痕…。
女性兵は手元の浮遊端末に記してゆく。
彼女はほどいた包帯を元通りに腕にまいていった。そして二人共行動に一段落ついたところで、会話を再開する。
あの……私ってとても色々な戦場に連れてかれて、動力源…として働いていたのですが…私って、そのー…。
その、連合軍の人が突入してきた時の護衛の人が1人だけだったんですが…。
ならば日本には動力源は1人しか確保できていないと考えて良い…。そう考えるならば日本の戦力は大きく削られたはず。と簡単な推測を立てた。
今のところ、判断材料が少なすぎて確実なことは言えないけれど…。
協力に感謝します。
「さて。」と言い浮遊端末を閉じた。
椅子から立ち上がり、彼女についてくるよう合図する。
とりあえずあなたは裏方にまわるとして…。
経過や情報を見ながら軍で何か行動を起こすはずよ。明らかに怪しいだらけだもの。
さ、基地内の簡単な案内しましょう。さすがに全体はもう遅いし案内できないけれど、使いそうな所は案内するわ。まあ、せいぜいできてこの建物内分だけだろうけれど。
慌ててついていった。
少し足の沈む感覚がある絨毯。とても歩き心地が良かった。
まずは――部屋から、でしょうね。
そんな複雑な場所にはなってないから、迷うことはあまりないでしょう。
2.30mほどの大きめのスライドドアの前で立ち止まり、肘を曲げて指す。
彼女の驚く反応に驚きつつ、部屋についての説明を続ける。
勿論オートロックだから、その辺りの点は安心して頂戴。
まあ、そもそもここは女性階だからひどく心配する必要もないけれどね。
茶目っ気を入れた表情で説明した。
しかし彼女は少し不安げな表情をしていた。女性兵は首をかしげる。
鍵ってもそんな
物じゃないわよ。
「声認証」だから。便利でしょ?
彼女は興味津々な表情をした。女性兵に前のめりに詳細を促す。突然の彼女の興奮ように驚きつつ、興味をもってもらえた事をなんとなく誇りに思いながら説明を続ける。
もうアメリカでは普通だけれど…、日本ではオートロックでもまだキーだったのかしら?
自分のさっきの大胆な行動を思い起こし彼女は軽く赤面しながら頷く。
女性兵は彼女の反応を見て説明を続けた。
人が来ても内側から声をかければ開くのよ。一応人工知能入りだから、ロックを開くべきかの判断をしてくれるの。
先ほどの自分の大胆な行動を反省しつつ、控えめに感想を述べる。
ふふふー、でしょでしょー。
って、私が自慢げなのもおかしいけどね。
でも、日本の技術と比べたら…っていうと、なんか悪口みたいになっちゃいますけど…全然すごいです。
ドアの前から離れ他の場所に移動しながら雑談をする。
生まれと育ちはドイツですが、両親はアメリカ人でして…。
そこで大きめの左右が開く窓付きのスライドドアの前で立ち止まる。
ドアの上の液晶には、「A dining room」(食堂)と表示されている。
さ、次の場所よ。言わずもがな、食堂ね。
朝食、昼食、夕食と時間制で解放されてるわ。
おそらく、貴方の裏方の仕事として、カウンターの仕事とか任せられるかもね。
急にエナの声のトーンが下がったため、女性兵は心配そうな表情をした。
一転パッと明るい表情をする。満面の笑みであった。
女性兵も笑顔で返す。
さ、案内できるのはこのくらいかなー。私の時間が足りなくなっちゃった。
深々と頭を下げた。
そして何か思い出したのか素早く頭を上げる。
あ、あの、私を助けてくださった方を教えてくださいませんか…?
その…お礼が、言いたくって…。
おっとっと、私はそろそろ行かなきゃ。
この後はまだ色々あるから、またさっきの部屋に戻っててくれるかな?
仕草の理由を察してエナは訂正した。
女性兵は安心した顔をして、「んじゃ」と背を向けた。
気付くといつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。今日は色々あったからであろう。しかももう結構夜も遅い時間だったはずだ。
そういえばここで待っていろと言われたのであった。寝てる場合じゃないなと顔をあげる。すると目の前にはまさに大人という雰囲気を醸し出している女性が座っていた。
慌てて姿勢を直す。
いいのよ いいのよ
むしろ私の立場からしたら顔色的にも休ませてあげたいくらい。
緊張しないで。
私は救護班のメデゼン。色々な手続き・登録とちょっとした健康診断を任されたわ。
緊張するなと言われると逆に固まってしまうが、少しは安心できた。
すっとメデゼンさんは真面目な表情に変わる。
驚いた。
この人はすごい、と純粋に思った。
しかし全く意識をしていなかったが、外からよくみるとそう見えるのだろう。
大人しく従う。さっきと同じように袖をまくり、包帯を外す。
包帯の巻き方に問題なし。
注射痕…しっかし両腕とはねー…。
なんでこんなに複数回…。しかも傷の上から穴開けてるじゃない…。そりゃこんな有様にもなるわ。
マックロね。このようすじゃ過度すぎるわ。
健康診断どころかただの採血よ。
…でも、それ以外の情報は与えられていないのでしょう?
しかし採血…としても何に使っているのか…。体調を崩したりはした?
やっぱ健康には気を使われているのね…。
血液を量産するための健康維持…。
鋭い目つきで睨まれた気がした。怯んでしまう。
しかし一瞬にして優しい目つきに変わった。
貴方が必要以上に採血をされていたっていうその腕が十分な証拠。貢献の証。痛々しいけれどね。でもそれを素直にみせてくれた。
なんだか恥ずかしくなって顔を伏せたが、聞きたいことを思い出し顔を上げた。
あ、あの、知っていたらでいいんですけど…
私を助けていただいた方の名前を教えていただけませんか…?
メデゼンは驚いた顔をした。
数秒後、突然大声を出して笑い出した。
まさか笑われるとは思っていなかったので、混乱する。
ラギー・ミレイズ中尉。
彼は知っての通り、現在絶賛負傷中だから訓練では会えないけど。まぁ向こうも治療中だから、あなたの健康チェック中にでも会えるかもね。
あっさりと言われてしまったので、ぽかんとしてしまう。しかしそれらしい事をした覚えがないのだが…。
ええ。
兵士とかがつけてる自動翻訳の機能と一緒よ。あれは相手の喋った内容と声質も分析して、翻訳後聞こえる声も極力元の声に近づけてあるのよ。
扉の使い方について説明したいわ。どうせ部屋に戻るでしょうし、行きましょう。