動力源

文字数 3,829文字

異常な動きとかはあった?
応接室のような部屋の中心に正方形の机が置かれている。そこの向かい合ってクリーム色の髪の女性と、女性兵が座っていた。
そうですね…。
数秒。どう伝えようか迷っているのか、間があった。
何度も健康診断として採血をされました…。
女性兵は興味深そうな表情をした。
…ほう?
その…これ、なんですけど…
シャツの右袖をまくると、広く巻かれた包帯が見えてきた。彼女は包帯を解いてゆく。

 中から表れたのは、赤く広がる発疹のような跡の数々。皮膚は青くなっていた。

 思わず女性兵も顔をしかめる。

…そうね…。傷の細かな状態は救護班の人に見てもらうとして…。複数の注射痕…。
 女性兵は手元の浮遊端末に記してゆく。

 彼女はほどいた包帯を元通りに腕にまいていった。そして二人共行動に一段落ついたところで、会話を再開する。

あの……私ってとても色々な戦場に連れてかれて、動力源…として働いていたのですが…私って、そのー…。
言い淀みつつも続ける。
貴重…というか……なんというか…。
とても大事な存在ね。
おそるおそる喋りだす。
その、連合軍の人が突入してきた時の護衛の人が1人だけだったんですが…。
…ふむ…。
軽く唸る。
おかしいわね…。
端末を見つつ質問を出していく。
他にあなたと同じような人っていた?
…いえ。

全然そんな感じはありませんでしたけど…。

ならば日本には動力源は1人しか確保できていないと考えて良い…。そう考えるならば日本の戦力は大きく削られたはず。と簡単な推測を立てた。
今のところ、判断材料が少なすぎて確実なことは言えないけれど…。

協力に感謝します。

「さて。」と言い浮遊端末を閉じた。

椅子から立ち上がり、彼女についてくるよう合図する。

とりあえずあなたは裏方にまわるとして…。

経過や情報を見ながら軍で何か行動を起こすはずよ。明らかに怪しいだらけだもの。

 さ、基地内の簡単な案内しましょう。さすがに全体はもう遅いし案内できないけれど、使いそうな所は案内するわ。まあ、せいぜいできてこの建物内分だけだろうけれど。

は、はいっ

お願いしますっ

慌ててついていった。

少し足の沈む感覚がある絨毯。とても歩き心地が良かった。

まずは――部屋から、でしょうね。

そんな複雑な場所にはなってないから、迷うことはあまりないでしょう。

さ、ここよ。
2.30mほどの大きめのスライドドアの前で立ち止まり、肘を曲げて指す。
…す…、スライド…ドア…?

ええ、そうよ?

彼女の驚く反応に驚きつつ、部屋についての説明を続ける。
勿論オートロックだから、その辺りの点は安心して頂戴。

まあ、そもそもここは女性階だからひどく心配する必要もないけれどね。

茶目っ気を入れた表情で説明した。

しかし彼女は少し不安げな表情をしていた。女性兵は首をかしげる。

あの…鍵とかすごく失くしそうなんですけど…。
女性兵はパッと明るい表情をして、笑顔で返答する。
鍵ってもそんなじゃないわよ。

「声認証」だから。便利でしょ?

こ…え…!?
彼女は興味津々な表情をした。女性兵に前のめりに詳細を促す。突然の彼女の興奮ように驚きつつ、興味をもってもらえた事をなんとなく誇りに思いながら説明を続ける。
もうアメリカでは普通だけれど…、日本ではオートロックでもまだキーだったのかしら?
自分のさっきの大胆な行動を思い起こし彼女は軽く赤面しながら頷く。

 女性兵は彼女の反応を見て説明を続けた。

人が来ても内側から声をかければ開くのよ。一応人工知能入りだから、ロックを開くべきかの判断をしてくれるの。
先ほどの自分の大胆な行動を反省しつつ、控えめに感想を述べる。
ぎ、技術の結晶ってやつ…ですね…!
ふふふー、でしょでしょー。

って、私が自慢げなのもおかしいけどね。

でも、日本の技術と比べたら…っていうと、なんか悪口みたいになっちゃいますけど…全然すごいです。
そういや、エナ?さんだっけ。
エナ、と呼ばれた彼女。うんうんと頷く。
出身は?
ドアの前から離れ他の場所に移動しながら雑談をする。
えーと…一応、ドイツです。
一応?
生まれと育ちはドイツですが、両親はアメリカ人でして…。
ふむ、それで英語に滞りはないわけだ。
そこで大きめの左右が開く窓付きのスライドドアの前で立ち止まる。

 ドアの上の液晶には、「A dining room」(食堂)と表示されている。

さ、次の場所よ。言わずもがな、食堂ね。

朝食、昼食、夕食と時間制で解放されてるわ。

おそらく、貴方の裏方の仕事として、カウンターの仕事とか任せられるかもね。

うふふ、任せてください!…なん、って…。
楽しみにしてる!
…なんか…。
急にエナの声のトーンが下がったため、女性兵は心配そうな表情をした。
連合国のほうが、落ち着きますね。
一転パッと明るい表情をする。満面の笑みであった。

女性兵も笑顔で返す。

そう?よかった、安心してもらえて!
さ、案内できるのはこのくらいかなー。私の時間が足りなくなっちゃった。
あっ、ありがとうございました!
深々と頭を下げた。

そして何か思い出したのか素早く頭を上げる。

あ、あの、私を助けてくださった方を教えてくださいませんか…?

その…お礼が、言いたくって…。

女性兵は申し訳無さそうな顔をする。
うむ…誰って言ってたか覚えてないんだよなあ…。
エナは慌てた。
あっ、ご存知でなければいいんですっ。
へへっ、ごめんねーっ…。
そして腕の液晶をちらりと確認した。
おっとっと、私はそろそろ行かなきゃ。

この後はまだ色々あるから、またさっきの部屋に戻っててくれるかな?

はい、わかりました!
えーっと…
女性兵は少し迷う仕草をした。
あ、戻り方覚えてるので大丈夫ですよっ!
仕草の理由を察してエナは訂正した。

女性兵は安心した顔をして、「んじゃ」と背を向けた。

―――――応接室
気付くといつの間にか机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。今日は色々あったからであろう。しかももう結構夜も遅い時間だったはずだ。

 そういえばここで待っていろと言われたのであった。寝てる場合じゃないなと顔をあげる。すると目の前にはまさに大人という雰囲気を醸し出している女性が座っていた。

 慌てて姿勢を直す。

お目覚めかな、エナさん。
包容力のある優しげな声で話しかけられる。
あ、す、すみませんっ。
いいのよ いいのよ

むしろ私の立場からしたら顔色的にも休ませてあげたいくらい。

あ、えと…だ、大丈夫ですっ。
優しさに逆に焦ってしまう。
緊張しないで。

私は救護班のメデゼン。色々な手続き・登録とちょっとした健康診断を任されたわ。

緊張するなと言われると逆に固まってしまうが、少しは安心できた。

すっとメデゼンさんは真面目な表情に変わる。

んじゃ―――…
メデゼンは手を出した。
腕、見せて。
ピンポイントなことを言われたので動揺してしまう。
さ、さっきの方から、話聞いたんですか…?
うん?すれ違ったくらいかしら。
じ、じゃあなんで腕って…。
即答。
かばうように動いているからよ。
驚いた。

この人はすごい、と純粋に思った。

 しかし全く意識をしていなかったが、外からよくみるとそう見えるのだろう。

大人しく従う。さっきと同じように袖をまくり、包帯を外す。

包帯の巻き方に問題なし。

注射痕…しっかし両腕とはねー…。

優しく手に肘を載せて傷口を観察する。
なんでこんなに複数回…。しかも傷の上から穴開けてるじゃない…。そりゃこんな有様にもなるわ。
その、健康診断って言われていたんですけど…。
マックロね。このようすじゃ過度すぎるわ。

健康診断どころかただの採血よ。

…でも、それ以外の情報は与えられていないのでしょう?

…はい…。
ずっとだまされていた自分がすごく申し訳なくなる。
しかし採血…としても何に使っているのか…。

体調を崩したりはした?

ほぼ…無かったと思います。
やっぱ健康には気を使われているのね…。

血液を量産するための健康維持…。

色々推測しているのか、考え込み、沈黙が訪れた。
全然役立てなくて…すみません…。
鋭い目つきで睨まれた気がした。怯んでしまう。

しかし一瞬にして優しい目つきに変わった。

貴方が必要以上に採血をされていたっていうその腕が十分な証拠。貢献の証。痛々しいけれどね。でもそれを素直にみせてくれた。
…はいっ…。
なんだか恥ずかしくなって顔を伏せたが、聞きたいことを思い出し顔を上げた。
あ、あの、知っていたらでいいんですけど…

私を助けていただいた方の名前を教えていただけませんか…?

メデゼンは驚いた顔をした。

数秒後、突然大声を出して笑い出した。

わざわざ…、アイツにお礼を言いにいくのかい?
えっ…。
まさか笑われるとは思っていなかったので、混乱する。
ラギー・ミレイズ中尉。

彼は知っての通り、現在絶賛負傷中だから訓練では会えないけど。まぁ向こうも治療中だから、あなたの健康チェック中にでも会えるかもね。

さ、さ、あなたはもう休みなさい。
あの…登録って…
あら、覚えてたのね。もうしたわよ。
あっさりと言われてしまったので、ぽかんとしてしまう。しかしそれらしい事をした覚えがないのだが…。
部屋の扉が声認証だってことは聞いたかしら?
え、ええ…。
さっきから喋ってたでしょう?
え…そんな簡単に登録できるんですか…。
ええ。

兵士とかがつけてる自動翻訳の機能と一緒よ。あれは相手の喋った内容と声質も分析して、翻訳後聞こえる声も極力元の声に近づけてあるのよ。

メデゼンは立ち上がった。
扉の使い方について説明したいわ。どうせ部屋に戻るでしょうし、行きましょう。
はいっ
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登場人物紹介

ラギー・ミレイズ(中尉/少佐)

 自由な行動をとり、謙虚な性格。

精鋭部隊の隊長であったが、とある作戦で部下を失ってしまったショックなどで自殺をしようとした。しかし直前に回収に来た兵士によって阻止された。ザースは当時の部下の1人。

 彼女がいた、というがまだ誰かわからない。

ザース・ウォンダーザー(中尉)

 頭が良く正義感が強い。基本冷静な判断をするが、無茶をすることもしばしば。

銃の扱いや常識人さに定評がある。

もともとはラギーらと精鋭を組んでいたが、ラギーが記憶を失ってからは同僚として一緒に行動している。

メデゼン・イラスティア(救護班長)

 どの兵士とも仲がよく、親しい。

熟練の観察眼と馴れた手さばきで多くの兵士を救ってきた。面倒見もいいので、兵士たちの良い相談相手にもなっている。優しいが厳しい面もある。

エナ(動力源)

 日本につかわれていたところを連合軍に保護された。

大人しい性格だが、自分の意思は意外にはっきりしている。

日本にくる以前の記憶がおぼろげらしい。

日本軍では海軍の艦の動力源(昔でいう石油などの代わり)として艦に乗せられていた。〈機器に繋ぐことによって〉

ジュンメス・カーター(少尉)

 少し楽観的な思考をもつ。あまり頭脳派でない。

第六感が鋭く、危機的な状況になると消極的になる。

ヨセフ・ガイゼリン(少尉)

 名家ガイゼリンの長男。本人はガイゼリン家を嫌っている。ベーミンにはそれについて性懲りなく何か言われるので毛嫌いしている。

頭が良く、冷静に物事の判断を行う。周りを冷たく突き放すこともあるが、根本は仲間思い。

ベーミン・ウィリアムズ(大尉)

 常に陽気でよく他人をからかう。ガイゼリン家について少し知っていることがあるらしく、ヨセフによく絡む。

平等な立場を好むため、階位を表に出されるのを苦手とする。

デンジャラスじゃない、とMAの作戦をサボることがよくある。元少佐だったがその休みすぎの影響で落とされた。

佐竹(日本軍兵士)

 常に冷静な判断を下し、上司に忠実。

刀と風を使いこなしている。刀術については上司に習った。

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