ジオラモ編(1)

エピソード文字数 1,977文字

まるで、地獄だった。

本来は人々が行き交っていた、賑やかでカラフルな街。しかし今は、灰色が支配する瓦礫の世界だ。

見える色は赤。それは炎である。あちこち、黒い煙を立ち昇らせて燃えている。

瓦礫の中に転がる、リン。黒いゴスロリドレスは焼け焦げてボロボロになり、見えている肌は火傷が痛々しい。

這い出そうとする頭を、背ろから掴まれた。掴み上げられたリンの顔が、苦痛に歪む。

リンを掴み上げた男が、嗤う。

「ほう、小娘。まだ生きているとはな」

「……小娘、じゃない、わ。アタシはリン。名前ぐらい、覚え、なさい、よ」

「バカな。死んでしまう者の名前など覚えてどうする?」

リンの目の前で、男は、笑った。愉快そうに、笑った。

リンはその顔に叩きつけるように何か言おうとした。しかし次の瞬間、激しい電気がリンの体を突き抜け、リンは絶叫した。

「どうだ、気持ちいいだろう。泣け。泣きすがれ。そうすれば、すぐに楽にしてやるぞ。一発であの世に行ける電気を流してやろう」

ふざけないで……リンは抗う。しかし、既に声さえ出せない。電気による火傷は全身に至り、呼吸さえ苦しい。

他の管理者達も、こうして殺されたのだろう。自分が死ねば、もう後はない。この次空は、

この男に征服される。

「そうか。そんなに楽しみたいか。ならご期待に応えよう」

男はなおも笑いながら、リンの目の前に右手のひらを差し出した。その上で、数匹の細い虫がうねうねと動いている。


「これはな、拷問虫という。人間を腹の中から食って、皮だけにしてしまうのだ。これをお前の耳の中に入れてやろう。中から食いちぎられる苦痛は格別だよ。どんな戦いにも耐えた勇者が、お願いだから殺してくださいと泣きながら叫び続けたほどだ。お願いします、お願いしますとな!」

男は高らかに笑う。虫の這い絡み合う手を、そろそろとリンの耳に近づける。リンの瞳が恐怖に震える。手放さないように掴んだ杖をぎりぎりと握りしめる。

「そうだ! その目だ! 怖いか? 恐ろしいか? 泣け。泣きわめけ。ひと思いに殺してくださいと乞い願え!」

男が手を傾ける。虫が、するすると、耳に

「い、いや……」

涙が

なみだが



リンは飛び起きた。

体は恐怖で激しく震えていた。

リンは自分の体を抱く。震えを抑えようと抱きしめる。それでも忘れられない恐怖。

サソリモンスターに喰われそうになった時の。ローズゴーレムに両足を貫かれた時の。そして、

あの時の。

あの時、なぜ自分が生きていられたのか、まるでわからなかった。気がつくとベッドに寝かせられ、傍らにパセムがいた。夢だと思った。だが夢ではなく、リンは確かに生きていた。体には火傷一つなかった。

では、殺されかけた方が夢だったのか? いや、違う。体が恐怖を覚えている。あれから何度もフラッシュバックの悪夢に襲われ、それは激痛さえ伴った。

拷問虫を耳に入れられる寸前、悪魔に助けられたのだとパセムは言う。それは真実なのか?

いや、そうなのだろう。でなければ、今、リンは生きてはいない。


「リン……」

震えるような、ナギの声。微かな光の中、ナギの瞳を感じる。

「大丈夫? うなされてたよ」

「だ、大丈夫よ。ちょっと寝苦しかっただけ」

リンは平気なふりをしてそう答えると、横になって布団をかぶった。
手を伸ばして杖を握り、胸に抱き寄せる。

……負けない。負けたくない。

本当はずっとこんな風に、悪夢に襲われては飛び起きていた。今夜ナギと宿で一緒の部屋になったことで、気づかれてしまった。

ナギも布団に入り直したのを、気配で確認する。ナギを、不安にさせてはいけない。

これは、自分だけの闘いではない。

ナギを守らなければならない。
ナギを。




「あー暑いわ! なんなのよこの暑さ! 無駄に汗かいちゃうじゃない!」

リンはそう言って、黒地に薔薇とコウモリの絵が描かれた扇子をハタハタと動かす。胸元を広げて風を入れるから、ナギはドキドキする。ナギの視線にリンが気づく。

「何? ナギ、まさかそっちなの? アタシにヨクジョーして襲う気かしら?」

リンは身を縮めてガードする。ナギは顔を赤くして手のひらをブンブン振る。

「え! そ、そんな、ち、違うよ!」

「きゃー、ピン、助けてー! ナギがえっちなのー」

リンは逃げるように背中を向ける。

「や、やだ! リンってばそんなんじゃないって!」

ナギは真っ赤になりながらリンを振り向かせようとする。ルナはそんな二人をあたふたと見ている。

じゃれ合う二人に構わず、黒い車はほどなくジオラモに着いた。


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登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

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