頭狂ファナティックス

源一派

エピソードの総文字数=4,112文字

 忍谷は千ヶ谷家の電話を借り、源に直接繋がる番号にかけた。源が出るまでにずいぶんと時間がかかった。
はい。源です。
お忙しいところをすみません。忍谷です。
おお! 忍谷くんか! 電話に出るのが遅くなってしまってすまないね。ビジネスでは二回のコールまでに出なければ失礼にあたるのだが。きみも知ってのとおり、東京は今、てんやわんやなのでね。
大丈夫ですよ。実は折り入ってお話があるのですが。
東京が封鎖される日にわざわざ電話をかけてきたあたり、尋常の用事ではないのだろう。さらに言えば、きみはあの間宮蘖が殺害された現場に居合わせたというではないか。きみが千ヶ谷側の人間であることはもはや明確だ。その上で電話をかけてきたということは、頼みごとというよりも交渉だ。
そうなりますね。私も断崖に立たされているような状況なのですよ。こちらとしても、このタイミングで源さんに電話をかけるのは賭けです。可能ならば、直接会ってお話したいのですが。
この忙しい時期にそれは無理だな、と尋常の交渉相手ならば言う。しかしきみは間違いなく黒塗ほのかの居場所を知っている。そもそもオークションの日に黒塗を誘拐したのはきみだろう? その方法まではわからないが。あのとき、私と二色が厳戒態勢を敷いていたのだがな。黒塗が誘拐されたことで、権力者のあいだで私が危うい立場に立たされたことは不問にしよう。きみは現在、千ヶ谷家のなかで重要なポジションを占めている。忍谷くんと交渉する価値はある。時間を作ろう。明日の午前十時に上野のカジノはどうだ?
それでかまいません。
 電話を終えると、忍谷は絹人と千一郎に明日、源と会う約束を取りつけたと報告した。二人は「健闘を祈る」と一言言っただけだった。
 翌日、忍谷は約束の時間に上野のカジノについた。入り口前で出迎えたのは散歩だった。
お久しぶりです。忍谷さんにはVIPルームで源さんに会ってもらいます。しかしそこには私を抜いて、四人の人間がいます。状況が状況なので、源さんが特に信頼を置いている人間が全員集められたのです。忍谷さんを闇討ちしようというわけではありませんが。部屋に入ったとき、驚かないように先に言っておきます。
 東京が封鎖された次の日、上野も当然混乱に陥っていたが、それでもカジノは営業していた。しかしこの異常事態でギャンブルに興じる人間もおらず、客はいなかった。
 忍谷は散歩に連れられ、客のいないカジノを通り過ぎていった。
 すでに何度か訪れたVIPルームに忍谷と散歩は入った。
 そこには散歩の言ったとおり、四人の人間が待っていた。源とすでに還暦を過ぎているだろう男が高級ソファに腰を下ろしていた。残りの二人はソファの後ろに立っていた。
おお! 来たか、忍谷くん!
 源が立ち上がり、忍谷と握手をした。
本日は貴重な時間を割いていただきありがとうございます。この緊急事態ですので、私に会っていただけるのは特例だと存じております。
 忍谷は源の対面に座るように勧められた。しかし散歩には着席を許可されなかった。散歩は忍谷の後ろに立った。
忍谷くんの用件を聞く前に、ここに居合わせた人間の紹介をした方がいいだろう。きみとは初対面の人間もいるからな。ここにいる四人は私が特に信頼を置いている人間だ。だからここに呼んだ。忍谷くんも知っている人間から紹介した方が良いな。散歩から頼む。
 源から指名されると、散歩はわざわざ忍谷の正面に回り、自己紹介をした。
散歩桐雄です。忍谷さんとはすでに何度も会っているので、ご存知でしょうが。このカジノの経営者を担っています。オーナーは源さんなので、運営を委任されている形ですね。
 散歩は一礼すると、再び忍谷の背後に戻った。
 続いて、二色が前に出た。
二色廻です。源さんの秘書にあたります。手短になりますが、ご容赦ください。
 二色は簡潔に挨拶を済ますと、すぐに源の背後に戻った。
 次に挨拶する人間は忍谷の知らない女だった。おそらく、忍谷よりも若かった。
自分は五十鈴凪子であります! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!
 五十鈴の自己紹介に忍谷は軽く一礼を返しただけだったが、源は苦笑していた。
済まないな。五十鈴は誰に対してもこのような調子なのだよ。堅物というやつだね。これでも私の右腕だ。私のコンプレックスは戦闘向きではない。だから、荒事は五十鈴に頼むことが多い。この物腰だが、優秀な人間であるため、その他にも色々な仕事を頼む。
 忍谷はかまいませんよ、と一言返しただけだった。
 最後は源の隣に座っている男だった。男は十二月だとしても、異常なほどに厚着をしていた。黒い外套を何枚を着込んでおり、奇妙な印象を与えた。
 男は立ち上がることもなく、一礼もしなかった。そのことで忍谷は源よりも上の立場にいる人間だと悟った。
 しかし男は相手を威圧することもなく、好々爺のような微笑を浮かべていた。
森重義生と申します。私は源さんの部下というわけではありません。日本政府と源さんを繋ぐ、仲介役と言ったところですかね。この服装についてはご勘弁ください。年のせいか、異常な寒がりなのですよ。
 勘の良い読者ならば、気がついているだろうが、この森重という男こそ、封鎖された光文学園で埜切秋姫と接触していた人間である。
 森重は本人がほのめかしたとおり、本来の所属は日本政府である。日本政府と源の仲介役を担うように、源と光文学園の仲介役も担う。そのために光文学園に直接出向くのは、源ではなく、森重である。あくまで源は指示を出すだけだ。
 そのために森重は秋姫と接触することになる。
 全員の紹介が終わると、源が切り出した。
これで全員の紹介が終わったな。私については、紹介する必要もあるまい。それで忍谷くんの用件とは何かな? 本当は世間話でもしたいのだが、いかんせん時間がないものでな。
 源が話を切り出すと、この場にいる人間の全員が緊張した。忍谷は失言をしないように慎重に切り出した。
私は源さんが光文学園の封鎖の管理を任されていることを知っております。それでですね、私にその管理の一端を担う仕事を請け負わせてほしいのです。
 忍谷の発言に源以外の全員が眉をひそめた。
ほう。大きく出たな。ここにいる全員が、きみは千ヶ谷側の人間だと知っている。それにも関わらず、私から仕事を斡旋してほしいとな。尋常では交渉自体が成り立たない。そのことを考慮した上で、きみは光文学園に関わりたい何かがあるのかな?
そのことについては何も言えませんね。私も私で立場があるので。
そうだろうな。通例ならば、このような間抜けな交渉は門前払いを食らうものだ。しかし忍谷くんは特殊な立場と能力を持っている。きみは黒塗さんの行方と動向を知っている。そして何よりも私に劣らぬほどの能力を持っている。これはスパイとして私に下るとしても、こちらにはおつりが来るほどだ。忍谷くんは私から何かしらの情報を抜き出そうとしている。しかし私の方も負けず劣らず忍谷くんから情報を引き抜ける。
これは交渉だ。私と忍谷くんは敵対する立場にいる。だからきみを雇うことは紛れもない交渉だ。凡百な政治屋ならば、きみの提案を断るだろう。しかし私はこのように言おう。忍谷くんを私の傘下に引き入れると。
 源の言葉に全員が耳を疑った。散歩や二色は忍谷の実力を知っているがゆえ、その判断も理解できないものではなかったが。
 だが森重が静かな口調で源を諌めた。
この場で源くんに意見できる立場にあるのは私しかしない。だから私が話をつけよう。源くんが言うには忍谷くんは千ヶ谷側の人間らしい。確かに、そこから引き抜ける情報も多くあるだろう。しかし、どう考えても敵陣営の人間をあえて身内に入れるということは危険の方が大きい。年の功から言わせてもらいますが、忍谷くんの申し出は断った方が良い。
忍谷くんは本人が言うには戦闘タイプの人間ではないらしい。しかし「交渉」という面に置いては私に匹敵するものです。森重さんが私の決定を否定することも無理ある話ではありません。なぜならば、森重さんは自分の目で忍谷くんの実力を見ていないのですから。忍谷くんがバックギャモンの勝負で、私に勝ったことは伝えたはずです。しかし、それもその場に居合わせていたわけではない。
本人がいる前で言うことは褒められたことではありませんが、こちらの陣営が千ヶ谷家よりも利益を与えると知ったら、忍谷くんは寝返る可能性もあります。忍谷くんが本当の意味でこちらの味方になれば、ここにいる人間に劣らないほどの戦力になります。私としては忍谷くんと組む第一歩として、自分の部下に引き入れたい。
源くんがそのように言っても、私からすれば忍谷くんは千ヶ谷側の人間に変わりはありません。可能ならば、この場から出払ってほしいのですが。
それならば、忍谷くんの実力を森重さんも知ってもらうというのはどうでしょう? 今は確かに千ヶ谷側の人間だ。しかしその実力の持ち主がこちらの陣営に寝返る可能性があることを示せば、意見を覆すのではないでしょうか? 散歩と二色はすでにその実力を知っています。五十鈴にも忍谷くんの実力を教える良い機会です。
そこまで源くんが言うのならば、私としては自分の意見を無理強いできません。私は立場上は源くんよりも上ですが、所詮、中間管理職です。日本政府と源くん、どちらの意見も尊重しなければなりません。源くんが忍谷くんを自分の傘下に引き入れるというのならば、私は絶対的にその意見を拒否する権限を持ちません。
忍谷くんの実力を試すゲームを行ってはどうでしょう? 森重さんとしても、無闇に意見を突っぱねられるより、れっきとした理由があった方がいいでしょう。私は森重さんがどのようなゲームを提案しても、忍谷くんが勝つと信じています。ここにいる全員に改めて、彼の実力を示す機会にもなる。
わかりました。源くんがそこまで言うのならば、一つゲームをしましょう。ただ、先に言わせてもらえれば、私は源くんほどゲームに精通していません。なので、お手やらかにお願いします。ゲームは「チェス」でどうでしょう?

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