第12話
文字数 4,000文字
鼻息荒く覆いかぶさってくる男の股間を月森は思いきり蹴りあげた。とたんに男が床に転がり落ち呻きながらのたうちまわる。
ふっと姿を現した影が、男の首に手刀を打ち込む。男は気絶したらしく静かになった。しなやかな身のこなしでこちらに近付いてくると、影は気遣うように月森の顔を覗き込んだ。
「お見事でした、月森さま」
決して誉められるようなことではない。頬を赤くして起きあがる月森を影の手が助ける。
「おれ、ほんとうに倒れたのか」
「はい。電車から降りられてすぐに」
影がいうなら事実に違いない。
「おそらく、気にあてられたのでしょう。今日はまた格別に邪気が多い。敏感な方ほど影響を受けやすいものです。その男もそうなのでしょう」
「え」
「人ならぬものが力を得て跋扈する、それが祭りというものです」
「そう、なのか」
「少なくとも、このあたりの土地柄では」
淡々と説明する影自身も人ならぬもの、なのだ。月森も微妙な立場だが、そういうことにはとんと疎い。ぼんやりと見あげてくる月森に、いつも以上に真剣な表情をして影が注意をうながす。
「くれぐれもお気を付けください、月森さま。あなたはとても危険なのです。あまりに無防備すぎる」
「ごめ、ん」
床に転がる男に視線を向けて月森はあいまいにうなずく。気を失っているあいだに襲われていたら危なかった。
「どうか、お気をたしかに。よこしまなものたちに惑わされてはいけません」
*****
駅を出ると、いつもの町からは想像もつかないほどのひとの群れがあった。人混みに免疫がない月森は思わず怯んだ。熱気がものすごくて足許がふらつく。気にあてられた、という影の言葉がすぐに理解できた。
駅通りにずらりと屋台が並んでいるらしく、ひとの流れがそちらへ動いている。目に鮮やかな女性たちの浴衣姿が祭りらしさに彩りを添えていた。小さな子どもたちが楽しそうに笑いながら駆けまわっている。
これほどの賑わいとは思わなかった。
夕陽が西の山へと沈んでいくと同時に、東から夜の気配が急速に広がっていく。あたりが薄暗くなってくると、祭りの赤い提灯が一斉に燈され、町の様相を変えた。
不破を見付けられるだろうか。
ぼんやりとしているうちに、いつのまにか月森はひとの波に取り込まれていた。流れはゆったりしていて、通りの両側につづくさまざまな屋台のまえで人びとは好きに足を止めては商品を吟味する。呼び込みの元気な声がそこかしこに響き渡り、ざわめきとあいまって月森を取り巻いた。
きょろきょろと周囲を見回しながら歩く月森は危なかっしい。ひとにぶつかったりつまずいたりして落ち着かない。それに、屋台から漂う香ばしい匂いに食欲が刺激されてたまらない。考えてみると起きてからなにも食べていなかった。
いや、不破を捜すのが先だと首を振り、誘惑を振り払う。
それにしても。
祭りというのはほんとうに独特の雰囲気がある。これは実際に体験してみないと実感できないだろう。なにか、見えない大きな力に呑み込まれていくような、日常と乖離していくような不可思議な感覚だけがあった。
ふっと、月森はあたりを見回す。いくつかの視線を感じた気がした。だが、こちらを見ているものはいない。月森たちが通う高校がある町なので、直接の交流はないにしろ、顔くらいは知っている教師や生徒がいても不思議ではない。
しかし、そういう視線ではなかった。皮膚にねっとりと張りつくような、不快な視線。
背筋がぞっとした。
つん、と服を引かれて月森はそちらを見る。狐の面をかぶった子どもが月森のシャツを掴んでいた。おかっぱ頭で、赤い着物を着ている。月森は詳しくはないが、たぶん、浴衣ではなく着物だった。ふだん、子どもと接する機会などない月森は戸惑う。迷子、だろうか。
ぎゅ、と小さな手が月森の指を握ってきた。
「おにいちゃん、こっち側のひとでしょう?」
ざわめきのなか、かわいらしい声がやけにはっきりと聞こえた。
「え?」
こっち側とはなんだ。
訝しく思っていると、子どもがうながすように月森の手をひっぱる。
「ちょっと待って」
つんのめりながらあわてていうと、狐の面が振り向いて告げた。
「おにいちゃんをまってるひとがいる」
不破、だろうか。
そう思った時点で、月森はこの子どもの手を振りほどく気をなくしていた。なにかすっきりしない気持ちを抱えながらもおとなしくついていく。
気付けば、同じような面をつけた人間がひとの波に紛れ込んでいた。子どもだけではない。月森と同じ年ごろの少年とおぼしき背格好のものから、かなり年配の男までいた。
そういう趣向なのだろうか。
しばらくそうして歩きつづけたものの、月森は違和感を覚えて周囲に目を向ける。
この通りは、こんなにまっすぐ一直線につづいていただろうか。ふだん寄り道をしない月森はこのあたりの地理に疎い。
それでも、なにかがおかしいと感じた。
この先にはなにがあるのか。
月森は足を止めた。子どもが振り返り、催促するように手をひっぱる。
この先に行ってはいけない。
なぜかそう思った。
「おにいちゃん?」
「ごめん。おれは行かない」
狐の面がじっと月森を見つめる。
「でも、おにいちゃんがこないと、困る」
「どうして」
「絵を、かいてくれる、やくそくしたから」
――――絵を。
足許から頭のてっぺんに向けて全身が総毛立つ。とっさに子どもの手を振り払おうとしたが、子どもとは思えない力で掴まれていて離れない。
狐の面は月森を見つめたまま動かない。
「絵のなかの、おにいちゃんもきれいだけど、ほんもののほうが、ずっときれいで――おいしそう」
にいぃ、と狐が嗤った。
「ひ――」
喰われる。そう思った瞬間。
掴まれていた手が解放された。
「ぎゃんっ」
なにかがつぶれたような鈍い音と悲鳴が聞こえて、月森はおそるおそる目を開ける。襟首を掴まれて持ちあげられた子どもがじたばたと足掻いている。
荷物のように無造作に子どもを掴みあげている人物を認めて、月森は目を見開いた。鬼のように美しい顔立ちをした男が冷ややかにこちらを見下ろしている。
「無礼者が」
傲岸そのものといった声でつぶやくと、不破は子どもの頭をがしっと掴んでいたぶるようにささやいた。
「貴様、いったいだれのものに手を出している。あまりうまそうではないが喰ってやろうか」
「ひいいいぃぃぃ」
いちおう、月森を助けてくれたのだろうが、どう見ても小さな子どもをなぶる鬼の図そのものだ。
「うええぇんごめんなさいいぃ」
「不破、もういいだろう、離してやれ」
不破の眼差しが月森をとらえる。身が竦んだ。
「ふん、命拾いをしたな。次はないと思え」
そう吐き捨てるとぽいっと子どもを放り出す。子どもは脱兎のごとく逃げ出した。
「なぜおまえがここにいる」
そのいい草にカチンときた。月森はつっけんどんにいい返す。
「いたら悪いかよ」
「悪いに決まっている」
「な」
怒りとともに、やはり、という思いにとらわれる。不破はわざと月森を置き去りにしたのだ。
「そんなにおれが邪魔なのか」
情けないことに声が震えた。
沈黙がおりる。
「なにをいっている?」
怪訝そうに不破がつぶやく。相変わらずなにを考えているのかわからない無表情に、月森はかっとして思わず叫んだ。
「あ、あんなふうに置いていくなよっ」
そのときの不破の顔は見ものだった。驚きのあまり、目と口をぽかんと開いて月森を凝視する。この傲岸不遜な男がそんな顔をしたのは、あとにも先にもこのときだけだろう。不破があまりにもまじまじと見つめてくるので、幼稚な自分の言動がますます恥ずかしくなって月森は耳まで赤くなった。
不破は、ひとの悪い笑みを浮かべて月森の頬に触れた。
「おまえ、私を追ってきたのか」
「ち、違う!」
「違わないだろう」
「おっ、おばあちゃんが、おまえと一緒になにか食べてこいって、お小遣いをくれたから、だから」
ちょうどタイミングよく月森の胃が空腹を訴えてきた。不破にも聞こえたらしく、おかしそうに口許を緩めて笑う。
「なるほど。ゆうべはかなり体力を消耗したからな。腹も減っただろう」
フォローしているつもりなのだろうが、暗に閨でのことを持ち出されて月森は狼狽した。
「――――っ、」
不破の馬鹿、と怒鳴りかけた言葉は、ふいに掴まれた手によって吹き飛んだ。
不破が、月森の手を握っている。
「はぐれるなよ」
次の瞬間、月森はざわめきのなかに戻っていた。そのときになってはじめて、今まで周囲から音が消えていたことに気付く。
傍らには不破の姿がある。手には冷たい感触がたしかにある。さっきまでの心細さが嘘のように、どっしりとした安心感があった。
「なにが食いたい」
「え」
「好きなものをいえ」
返事を聞くまもなく、不破は次から次へと手近な屋台のものを買っていく。たこ焼き、大判焼き、綿菓子、林檎飴、串刺しの唐揚げ、フランクフルト。しかも不破は食べない。月森ひとりではとても食べきれない。それに、代金はすべて不破が払ってしまう。せっかく祖母からもらった千円札は残念ながら出番がなかった。
通学以外でこうして不破と並んで歩くのはおそらくはじめてのことだ。こうしていると、まるでふつうの友人のようで。
いや、友人というより恋人のようで。
その考えにぎょっとして、月森はぶんぶんと頭を振る。周りがカップルだらけだからそんなふうに思ってしまうのだ。断じて違う。自分は嫁ではないし、恋人でもない。
フランクフルトにかじりつきながら、月森ははたと気付く。
「不破は、なんで祭りにきたの」
ふっと姿を現した影が、男の首に手刀を打ち込む。男は気絶したらしく静かになった。しなやかな身のこなしでこちらに近付いてくると、影は気遣うように月森の顔を覗き込んだ。
「お見事でした、月森さま」
決して誉められるようなことではない。頬を赤くして起きあがる月森を影の手が助ける。
「おれ、ほんとうに倒れたのか」
「はい。電車から降りられてすぐに」
影がいうなら事実に違いない。
「おそらく、気にあてられたのでしょう。今日はまた格別に邪気が多い。敏感な方ほど影響を受けやすいものです。その男もそうなのでしょう」
「え」
「人ならぬものが力を得て跋扈する、それが祭りというものです」
「そう、なのか」
「少なくとも、このあたりの土地柄では」
淡々と説明する影自身も人ならぬもの、なのだ。月森も微妙な立場だが、そういうことにはとんと疎い。ぼんやりと見あげてくる月森に、いつも以上に真剣な表情をして影が注意をうながす。
「くれぐれもお気を付けください、月森さま。あなたはとても危険なのです。あまりに無防備すぎる」
「ごめ、ん」
床に転がる男に視線を向けて月森はあいまいにうなずく。気を失っているあいだに襲われていたら危なかった。
「どうか、お気をたしかに。よこしまなものたちに惑わされてはいけません」
*****
駅を出ると、いつもの町からは想像もつかないほどのひとの群れがあった。人混みに免疫がない月森は思わず怯んだ。熱気がものすごくて足許がふらつく。気にあてられた、という影の言葉がすぐに理解できた。
駅通りにずらりと屋台が並んでいるらしく、ひとの流れがそちらへ動いている。目に鮮やかな女性たちの浴衣姿が祭りらしさに彩りを添えていた。小さな子どもたちが楽しそうに笑いながら駆けまわっている。
これほどの賑わいとは思わなかった。
夕陽が西の山へと沈んでいくと同時に、東から夜の気配が急速に広がっていく。あたりが薄暗くなってくると、祭りの赤い提灯が一斉に燈され、町の様相を変えた。
不破を見付けられるだろうか。
ぼんやりとしているうちに、いつのまにか月森はひとの波に取り込まれていた。流れはゆったりしていて、通りの両側につづくさまざまな屋台のまえで人びとは好きに足を止めては商品を吟味する。呼び込みの元気な声がそこかしこに響き渡り、ざわめきとあいまって月森を取り巻いた。
きょろきょろと周囲を見回しながら歩く月森は危なかっしい。ひとにぶつかったりつまずいたりして落ち着かない。それに、屋台から漂う香ばしい匂いに食欲が刺激されてたまらない。考えてみると起きてからなにも食べていなかった。
いや、不破を捜すのが先だと首を振り、誘惑を振り払う。
それにしても。
祭りというのはほんとうに独特の雰囲気がある。これは実際に体験してみないと実感できないだろう。なにか、見えない大きな力に呑み込まれていくような、日常と乖離していくような不可思議な感覚だけがあった。
ふっと、月森はあたりを見回す。いくつかの視線を感じた気がした。だが、こちらを見ているものはいない。月森たちが通う高校がある町なので、直接の交流はないにしろ、顔くらいは知っている教師や生徒がいても不思議ではない。
しかし、そういう視線ではなかった。皮膚にねっとりと張りつくような、不快な視線。
背筋がぞっとした。
つん、と服を引かれて月森はそちらを見る。狐の面をかぶった子どもが月森のシャツを掴んでいた。おかっぱ頭で、赤い着物を着ている。月森は詳しくはないが、たぶん、浴衣ではなく着物だった。ふだん、子どもと接する機会などない月森は戸惑う。迷子、だろうか。
ぎゅ、と小さな手が月森の指を握ってきた。
「おにいちゃん、こっち側のひとでしょう?」
ざわめきのなか、かわいらしい声がやけにはっきりと聞こえた。
「え?」
こっち側とはなんだ。
訝しく思っていると、子どもがうながすように月森の手をひっぱる。
「ちょっと待って」
つんのめりながらあわてていうと、狐の面が振り向いて告げた。
「おにいちゃんをまってるひとがいる」
不破、だろうか。
そう思った時点で、月森はこの子どもの手を振りほどく気をなくしていた。なにかすっきりしない気持ちを抱えながらもおとなしくついていく。
気付けば、同じような面をつけた人間がひとの波に紛れ込んでいた。子どもだけではない。月森と同じ年ごろの少年とおぼしき背格好のものから、かなり年配の男までいた。
そういう趣向なのだろうか。
しばらくそうして歩きつづけたものの、月森は違和感を覚えて周囲に目を向ける。
この通りは、こんなにまっすぐ一直線につづいていただろうか。ふだん寄り道をしない月森はこのあたりの地理に疎い。
それでも、なにかがおかしいと感じた。
この先にはなにがあるのか。
月森は足を止めた。子どもが振り返り、催促するように手をひっぱる。
この先に行ってはいけない。
なぜかそう思った。
「おにいちゃん?」
「ごめん。おれは行かない」
狐の面がじっと月森を見つめる。
「でも、おにいちゃんがこないと、困る」
「どうして」
「絵を、かいてくれる、やくそくしたから」
――――絵を。
足許から頭のてっぺんに向けて全身が総毛立つ。とっさに子どもの手を振り払おうとしたが、子どもとは思えない力で掴まれていて離れない。
狐の面は月森を見つめたまま動かない。
「絵のなかの、おにいちゃんもきれいだけど、ほんもののほうが、ずっときれいで――おいしそう」
にいぃ、と狐が嗤った。
「ひ――」
喰われる。そう思った瞬間。
掴まれていた手が解放された。
「ぎゃんっ」
なにかがつぶれたような鈍い音と悲鳴が聞こえて、月森はおそるおそる目を開ける。襟首を掴まれて持ちあげられた子どもがじたばたと足掻いている。
荷物のように無造作に子どもを掴みあげている人物を認めて、月森は目を見開いた。鬼のように美しい顔立ちをした男が冷ややかにこちらを見下ろしている。
「無礼者が」
傲岸そのものといった声でつぶやくと、不破は子どもの頭をがしっと掴んでいたぶるようにささやいた。
「貴様、いったいだれのものに手を出している。あまりうまそうではないが喰ってやろうか」
「ひいいいぃぃぃ」
いちおう、月森を助けてくれたのだろうが、どう見ても小さな子どもをなぶる鬼の図そのものだ。
「うええぇんごめんなさいいぃ」
「不破、もういいだろう、離してやれ」
不破の眼差しが月森をとらえる。身が竦んだ。
「ふん、命拾いをしたな。次はないと思え」
そう吐き捨てるとぽいっと子どもを放り出す。子どもは脱兎のごとく逃げ出した。
「なぜおまえがここにいる」
そのいい草にカチンときた。月森はつっけんどんにいい返す。
「いたら悪いかよ」
「悪いに決まっている」
「な」
怒りとともに、やはり、という思いにとらわれる。不破はわざと月森を置き去りにしたのだ。
「そんなにおれが邪魔なのか」
情けないことに声が震えた。
沈黙がおりる。
「なにをいっている?」
怪訝そうに不破がつぶやく。相変わらずなにを考えているのかわからない無表情に、月森はかっとして思わず叫んだ。
「あ、あんなふうに置いていくなよっ」
そのときの不破の顔は見ものだった。驚きのあまり、目と口をぽかんと開いて月森を凝視する。この傲岸不遜な男がそんな顔をしたのは、あとにも先にもこのときだけだろう。不破があまりにもまじまじと見つめてくるので、幼稚な自分の言動がますます恥ずかしくなって月森は耳まで赤くなった。
不破は、ひとの悪い笑みを浮かべて月森の頬に触れた。
「おまえ、私を追ってきたのか」
「ち、違う!」
「違わないだろう」
「おっ、おばあちゃんが、おまえと一緒になにか食べてこいって、お小遣いをくれたから、だから」
ちょうどタイミングよく月森の胃が空腹を訴えてきた。不破にも聞こえたらしく、おかしそうに口許を緩めて笑う。
「なるほど。ゆうべはかなり体力を消耗したからな。腹も減っただろう」
フォローしているつもりなのだろうが、暗に閨でのことを持ち出されて月森は狼狽した。
「――――っ、」
不破の馬鹿、と怒鳴りかけた言葉は、ふいに掴まれた手によって吹き飛んだ。
不破が、月森の手を握っている。
「はぐれるなよ」
次の瞬間、月森はざわめきのなかに戻っていた。そのときになってはじめて、今まで周囲から音が消えていたことに気付く。
傍らには不破の姿がある。手には冷たい感触がたしかにある。さっきまでの心細さが嘘のように、どっしりとした安心感があった。
「なにが食いたい」
「え」
「好きなものをいえ」
返事を聞くまもなく、不破は次から次へと手近な屋台のものを買っていく。たこ焼き、大判焼き、綿菓子、林檎飴、串刺しの唐揚げ、フランクフルト。しかも不破は食べない。月森ひとりではとても食べきれない。それに、代金はすべて不破が払ってしまう。せっかく祖母からもらった千円札は残念ながら出番がなかった。
通学以外でこうして不破と並んで歩くのはおそらくはじめてのことだ。こうしていると、まるでふつうの友人のようで。
いや、友人というより恋人のようで。
その考えにぎょっとして、月森はぶんぶんと頭を振る。周りがカップルだらけだからそんなふうに思ってしまうのだ。断じて違う。自分は嫁ではないし、恋人でもない。
フランクフルトにかじりつきながら、月森ははたと気付く。
「不破は、なんで祭りにきたの」