タンザナイト――1―6
文字数 4,178文字
俺がこの世界に来て既に一か月以上が経つ。異国どころか異世界だというのに不思議と慣れるまで時を要さなかったが、未だに愛梨さんの下で世話になっている。
当面の問題であった資金だが、基礎収入制度というものがあり一定の収入は保証されているらしい。
その申請をする前に、この世界で言うところの平行世界出身である俺は、全く聞きなじみのない時空安全保障委員会、通称時安保というところで書類作成を済ませなければならなかった。その時担当してくれた紀さんと西園寺さんという二人は朗らかな好青年だった。
それでも俺には、明確にやることがあるわけでもなく、ただなんとなく本棚に置かれていた愛梨さんの参考書を眺めたり、出歩いていたりして過ごしていた。
しかしここ一週間程は全くやることがないというわけでもなく、出歩いていた時に何度も見かけた中学生程に見える男の子と、何をするわけでもなく一緒にいる。
よく見かけるな、よく目が合うな等と思っていると向こうから話しかけてきた。
名前を聞けば白山理久と答えた少年に、俺は今日も会いに行く。
待ち合わせなんかしていない。彼の気分によっては会えないし、逆もまた然り。
俺は彼のことを全く知らないし、おそらく向こうも同じだろう。彼の瞳も髪も鮮やかな緑色だ。七尾さんのように読み取られることは無い。
本当に何をしているのか全くわかわないが、この日彼は、街路樹の下でうつろな目をして立ち尽くしていた。
「お兄さん、こんにちは」
「こんにちは」
理久はそれ以上何も言わずに歩き始める。多分、今日も向かう先は公園だろう。
会う場所は違っても、行きつく先はいつも同じだ。それなら、公園にいればいい。
公園に着いたからといって、何かをするわけでもない。本当に、一緒にいるだけだ。俺の方には一緒にいる理由はあまりなく、強いて言うなら愛梨さんの帰宅までの散歩、くらいのものだ。
一度、帰ろうとした時、やけに小さい手で引き留められたから、彼の方にはきっと理由があるのだろう。
辿り着いた場所はやはり公園で、同じようにベンチの空いた場所に並んで座る。
俺に話したいことでもあるのか、なんて考えてみても、穏やかな空間のせいかいつも睡魔に襲われて眠ってしまう。貴重品はあまり持ち歩いていていないが、我ながら危機意識が足りていない。
元の場所も治安がいいと言われてはいたが、二度ほど傘を持っていかれたことがある。例え治安がいいと言われていてもそういう奴は一定数居るのだ。
今までは何もなかったが、俺は七尾さんと違って彼が何を考えているのか、なんてわからない。
今日は起きていようと意気込んでも、結局というかやはりというか、いつの間にか意識は消えていて、気付いた時には隣に座っていたはずの理久は愛梨さんに代わっていた。
「愛梨さん?」
「うん、そうだよ」
呼びかけると、愛梨さんは読んでいた本を鞄の中へ仕舞い立ち上がる。
「私は本屋さんに寄ってから帰るけど、陽平君はどうする?」
「俺も行きます」
少し考えたが、別に帰ったところですることもないので付いていくことにした。
大きく伸びをしてからゆっくりと立ち上がる。のんびりした俺を置いていくことなく待ってくれていた。
「愛梨さん、能力の緑色ってどんな能力なんですか」
唾を飲み込み問いかける。危険な能力かもしれないと、薄っすらと感じたからだ。
「えっと、カラー緑は生体操作系とかだけど。どうかしたの」
愛梨さんは微笑みを浮かべながらこちらをのぞき込んでくる。
「別に、そんな大したことじゃないですよ。それより、早く本屋行きましょう」
どこか恥ずかしくなって俺が顔を逸らすと手を握ってきた。
「そうだね、行こっか」
そう言って愛梨さんは歩き出したが、すぐに立ち止まって振り返り、一点を凝視する。まるで、そこに何かがいたかのように。
「どうしたんですか。何かいたんですか」
「何でもないよ、きっと気のせい。さ、行こっか」
手を引かれながらもその場所を見てみたが、何もなく、この街のごく平凡な日常の光景があっただけだった。
目が覚めた時にはいなくなっていた理久のことも気になったが、愛梨さんの見ていた何かも、同じくらいかそれ以上に気になる。
歩いているうちに人通りが増えてきたが、愛梨さんはまるで気にしていないかのように手を離さない。
嫌ではないけれど、恥ずかしいので離してもらいたいという気持ちが大多数を占める中に、このまま離さないでほしいという相反するものが混ざっていた。
離してなんていうことも、振り払うことも出来ずに本屋までたどり着く。
元の世界では地方出身の俺が知っている本屋とは規模が違い、大型の書店を見慣れていない俺にはデパートかと感じる程の大きさで、三日月書店と書いてあるのに気付くまでそこが本屋だと気付かなかった。
入ろうとした時、愛梨さんは再び振り返って一か所を見ていた。
「またですか、愛梨さん」
「うん、多分気のせいだから、気にしないで」
気のせいだと主張するわりには、その表情から察するに少なからず警戒しているようだった。
「こんなところで止まってたら邪魔になりますよ」
「……そうだね」
完全に警戒が解けているとは言えない様子で中に入る。
中は、本や文房具ばかりが売られているデパートないしショッピングモールのようになっていて、見たところ衣服や食品が売られているようには見えないのに想像以上に多くの人がいた。
「なんか、意外と人多いですね」
「んー、いつも通りかな」
考えてみればそうだ。大型の店舗を用意しているのだから相応の需要があるのだろう。
しかしそうなると、この世界の人たちが電子書籍を使わない理由が本当にわからない。
「なんでみんな電子書籍使わないんですか」
その問いに答えが返ってくることは無かった。聞こえなかったと言うよりは、答えなかったのだろう。政治、経済的な意味があるのか、まったく意味が無いのか、はぐらかすことすらしなかった。
特に何も考えることなく付いていると、再び愛梨さんは振り返り警戒する。
「俺、見てきましょうか?」
そんな提案をしてみるが、視点を外すことなくゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫、その時は私が行くから。気にしなくていいよ」
警戒しているからなのか、俺は何も感じないが、愛梨さんは視線なのか存在感なのか、はたまた別の何かなのかはわからないが、それを敏感に感じ取っているようだ。
何も感じない俺からすれば、気のせいということで済ませられるのだけれど。
「あんまり気にしすぎない方がいいんじゃないですか」
「そんなに気にしてるつもりはないんだけど、見られているのってあんまり気分のいいものじゃなくて」
「ストーカーだったんですか」
訊ねると、愛梨さん眉間にしわを寄せ首を傾けた。
「わからない。そうかもしれないし違うかもしれない」
そんな曖昧な答えにどう言えばいいのかわからなくなる。ストーカーの相談なんて今まで一度も受けたことがない。受けたいとも思わない。
「気にしてるつもりがないなら無視すればいいんじゃないですか」
「そうだね、そうしよっか」
それからは視線を感じることが無くなったのか、感じていても無視しているのか、一度も立ち止まったり警戒したりすることもなく本屋を出た。
俺が何かを買ったかと聞かれると何も買っていないと答えるほかなし。もともと本はあまり読まない方なのだ。
帰り道は愛梨さんが今日買った本の話や夕飯の話なんかをしながら歩いていた。
マンションまであとわずかというところで、狙ってましたと言わんばかりに七尾さんから今から家に行くという旨の連絡があった。
俺にも愛梨さんにも断る理由なんか特にないので大丈夫だと伝えた。
七尾さんが来るのは異常なほどに早かった。待っていたのかと言いたくなるほどで、外から戻ってきて落ち着く前にインターホンがなったのだ。
ただ、その理由は簡単なものだった。
「あーちゃん、今日のデートは楽しかったかしら」
それが七尾さんの第一声だ。
「あーちゃん、ずっと手を握ってたわね」
七尾さんはどこか嬉しそうに妖しい笑みを浮かべる。
「ストーカーの犯人って七尾さんだったんですか」
「そうよ、よーくん。それよりよーくん、もっと積極的に、ちょっと強引な感じであーちゃんにキス迫ってもいいと思うわよ。あたしは」
「それ七尾さんの意見でしょう、まったく」
呆れる俺とは反対に、七尾さんは小さく笑う。この人は俺が嫌われることを願っているのだろうか。
七尾さんの言うよーくんと言うのは俺のことだ。陽平さんだと他人のようだということでよーくんらしい。
「それにしてもよかったですね、愛梨さん。ストーカーの犯人が七尾さんで」
「え、あ、うん。そうだね」
そう言って静かに微笑むが、俺にはどこか納得していないように見えた。
「あら、あーちゃんは全く襲ってこない誰かさんのせいで不満そうよ」
「そんなことないって、適当なこと言わないでよ桜子」
「今日はこの話で楽しめそうね」
慌てるようにして否定する愛梨さんを見て、七尾さんはそんなことを言う。
またこの人のペースで進むのか、そう思うと何となく疲れる。
たまにはやり返してやりたいと思うのだけど、それっぽくはぐらかされた後、すぐ相手の番になるだろうということくらい俺でも想像できる。
それからは宣告どおり七尾さんに楽しまれたり三人で夕食を食べたりした。
いつものことだが、七尾さんの帰宅後は緊張が解けるからか、やけに静まり返ったように感じる。
未だに慣れない俺からすれば、あの能力のせいで緊張し続けるよりは、多少静かな方がましだ。
「ストーカーの犯人が七尾さんだってなった時、なんというか、納得してないように見えたんですけど」
「別にそんなことなかったんだけど、大丈夫だよ」
まるで忘れていたかのような笑顔を見て、これで思い出させてしまったなら悪いことをしたな、と幾らかの罪悪感を感じる。
「気にしないで、大丈夫だから」
何故か、俺が励まされる側に変わった。
当面の問題であった資金だが、基礎収入制度というものがあり一定の収入は保証されているらしい。
その申請をする前に、この世界で言うところの平行世界出身である俺は、全く聞きなじみのない時空安全保障委員会、通称時安保というところで書類作成を済ませなければならなかった。その時担当してくれた紀さんと西園寺さんという二人は朗らかな好青年だった。
それでも俺には、明確にやることがあるわけでもなく、ただなんとなく本棚に置かれていた愛梨さんの参考書を眺めたり、出歩いていたりして過ごしていた。
しかしここ一週間程は全くやることがないというわけでもなく、出歩いていた時に何度も見かけた中学生程に見える男の子と、何をするわけでもなく一緒にいる。
よく見かけるな、よく目が合うな等と思っていると向こうから話しかけてきた。
名前を聞けば白山理久と答えた少年に、俺は今日も会いに行く。
待ち合わせなんかしていない。彼の気分によっては会えないし、逆もまた然り。
俺は彼のことを全く知らないし、おそらく向こうも同じだろう。彼の瞳も髪も鮮やかな緑色だ。七尾さんのように読み取られることは無い。
本当に何をしているのか全くわかわないが、この日彼は、街路樹の下でうつろな目をして立ち尽くしていた。
「お兄さん、こんにちは」
「こんにちは」
理久はそれ以上何も言わずに歩き始める。多分、今日も向かう先は公園だろう。
会う場所は違っても、行きつく先はいつも同じだ。それなら、公園にいればいい。
公園に着いたからといって、何かをするわけでもない。本当に、一緒にいるだけだ。俺の方には一緒にいる理由はあまりなく、強いて言うなら愛梨さんの帰宅までの散歩、くらいのものだ。
一度、帰ろうとした時、やけに小さい手で引き留められたから、彼の方にはきっと理由があるのだろう。
辿り着いた場所はやはり公園で、同じようにベンチの空いた場所に並んで座る。
俺に話したいことでもあるのか、なんて考えてみても、穏やかな空間のせいかいつも睡魔に襲われて眠ってしまう。貴重品はあまり持ち歩いていていないが、我ながら危機意識が足りていない。
元の場所も治安がいいと言われてはいたが、二度ほど傘を持っていかれたことがある。例え治安がいいと言われていてもそういう奴は一定数居るのだ。
今までは何もなかったが、俺は七尾さんと違って彼が何を考えているのか、なんてわからない。
今日は起きていようと意気込んでも、結局というかやはりというか、いつの間にか意識は消えていて、気付いた時には隣に座っていたはずの理久は愛梨さんに代わっていた。
「愛梨さん?」
「うん、そうだよ」
呼びかけると、愛梨さんは読んでいた本を鞄の中へ仕舞い立ち上がる。
「私は本屋さんに寄ってから帰るけど、陽平君はどうする?」
「俺も行きます」
少し考えたが、別に帰ったところですることもないので付いていくことにした。
大きく伸びをしてからゆっくりと立ち上がる。のんびりした俺を置いていくことなく待ってくれていた。
「愛梨さん、能力の緑色ってどんな能力なんですか」
唾を飲み込み問いかける。危険な能力かもしれないと、薄っすらと感じたからだ。
「えっと、カラー緑は生体操作系とかだけど。どうかしたの」
愛梨さんは微笑みを浮かべながらこちらをのぞき込んでくる。
「別に、そんな大したことじゃないですよ。それより、早く本屋行きましょう」
どこか恥ずかしくなって俺が顔を逸らすと手を握ってきた。
「そうだね、行こっか」
そう言って愛梨さんは歩き出したが、すぐに立ち止まって振り返り、一点を凝視する。まるで、そこに何かがいたかのように。
「どうしたんですか。何かいたんですか」
「何でもないよ、きっと気のせい。さ、行こっか」
手を引かれながらもその場所を見てみたが、何もなく、この街のごく平凡な日常の光景があっただけだった。
目が覚めた時にはいなくなっていた理久のことも気になったが、愛梨さんの見ていた何かも、同じくらいかそれ以上に気になる。
歩いているうちに人通りが増えてきたが、愛梨さんはまるで気にしていないかのように手を離さない。
嫌ではないけれど、恥ずかしいので離してもらいたいという気持ちが大多数を占める中に、このまま離さないでほしいという相反するものが混ざっていた。
離してなんていうことも、振り払うことも出来ずに本屋までたどり着く。
元の世界では地方出身の俺が知っている本屋とは規模が違い、大型の書店を見慣れていない俺にはデパートかと感じる程の大きさで、三日月書店と書いてあるのに気付くまでそこが本屋だと気付かなかった。
入ろうとした時、愛梨さんは再び振り返って一か所を見ていた。
「またですか、愛梨さん」
「うん、多分気のせいだから、気にしないで」
気のせいだと主張するわりには、その表情から察するに少なからず警戒しているようだった。
「こんなところで止まってたら邪魔になりますよ」
「……そうだね」
完全に警戒が解けているとは言えない様子で中に入る。
中は、本や文房具ばかりが売られているデパートないしショッピングモールのようになっていて、見たところ衣服や食品が売られているようには見えないのに想像以上に多くの人がいた。
「なんか、意外と人多いですね」
「んー、いつも通りかな」
考えてみればそうだ。大型の店舗を用意しているのだから相応の需要があるのだろう。
しかしそうなると、この世界の人たちが電子書籍を使わない理由が本当にわからない。
「なんでみんな電子書籍使わないんですか」
その問いに答えが返ってくることは無かった。聞こえなかったと言うよりは、答えなかったのだろう。政治、経済的な意味があるのか、まったく意味が無いのか、はぐらかすことすらしなかった。
特に何も考えることなく付いていると、再び愛梨さんは振り返り警戒する。
「俺、見てきましょうか?」
そんな提案をしてみるが、視点を外すことなくゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫、その時は私が行くから。気にしなくていいよ」
警戒しているからなのか、俺は何も感じないが、愛梨さんは視線なのか存在感なのか、はたまた別の何かなのかはわからないが、それを敏感に感じ取っているようだ。
何も感じない俺からすれば、気のせいということで済ませられるのだけれど。
「あんまり気にしすぎない方がいいんじゃないですか」
「そんなに気にしてるつもりはないんだけど、見られているのってあんまり気分のいいものじゃなくて」
「ストーカーだったんですか」
訊ねると、愛梨さん眉間にしわを寄せ首を傾けた。
「わからない。そうかもしれないし違うかもしれない」
そんな曖昧な答えにどう言えばいいのかわからなくなる。ストーカーの相談なんて今まで一度も受けたことがない。受けたいとも思わない。
「気にしてるつもりがないなら無視すればいいんじゃないですか」
「そうだね、そうしよっか」
それからは視線を感じることが無くなったのか、感じていても無視しているのか、一度も立ち止まったり警戒したりすることもなく本屋を出た。
俺が何かを買ったかと聞かれると何も買っていないと答えるほかなし。もともと本はあまり読まない方なのだ。
帰り道は愛梨さんが今日買った本の話や夕飯の話なんかをしながら歩いていた。
マンションまであとわずかというところで、狙ってましたと言わんばかりに七尾さんから今から家に行くという旨の連絡があった。
俺にも愛梨さんにも断る理由なんか特にないので大丈夫だと伝えた。
七尾さんが来るのは異常なほどに早かった。待っていたのかと言いたくなるほどで、外から戻ってきて落ち着く前にインターホンがなったのだ。
ただ、その理由は簡単なものだった。
「あーちゃん、今日のデートは楽しかったかしら」
それが七尾さんの第一声だ。
「あーちゃん、ずっと手を握ってたわね」
七尾さんはどこか嬉しそうに妖しい笑みを浮かべる。
「ストーカーの犯人って七尾さんだったんですか」
「そうよ、よーくん。それよりよーくん、もっと積極的に、ちょっと強引な感じであーちゃんにキス迫ってもいいと思うわよ。あたしは」
「それ七尾さんの意見でしょう、まったく」
呆れる俺とは反対に、七尾さんは小さく笑う。この人は俺が嫌われることを願っているのだろうか。
七尾さんの言うよーくんと言うのは俺のことだ。陽平さんだと他人のようだということでよーくんらしい。
「それにしてもよかったですね、愛梨さん。ストーカーの犯人が七尾さんで」
「え、あ、うん。そうだね」
そう言って静かに微笑むが、俺にはどこか納得していないように見えた。
「あら、あーちゃんは全く襲ってこない誰かさんのせいで不満そうよ」
「そんなことないって、適当なこと言わないでよ桜子」
「今日はこの話で楽しめそうね」
慌てるようにして否定する愛梨さんを見て、七尾さんはそんなことを言う。
またこの人のペースで進むのか、そう思うと何となく疲れる。
たまにはやり返してやりたいと思うのだけど、それっぽくはぐらかされた後、すぐ相手の番になるだろうということくらい俺でも想像できる。
それからは宣告どおり七尾さんに楽しまれたり三人で夕食を食べたりした。
いつものことだが、七尾さんの帰宅後は緊張が解けるからか、やけに静まり返ったように感じる。
未だに慣れない俺からすれば、あの能力のせいで緊張し続けるよりは、多少静かな方がましだ。
「ストーカーの犯人が七尾さんだってなった時、なんというか、納得してないように見えたんですけど」
「別にそんなことなかったんだけど、大丈夫だよ」
まるで忘れていたかのような笑顔を見て、これで思い出させてしまったなら悪いことをしたな、と幾らかの罪悪感を感じる。
「気にしないで、大丈夫だから」
何故か、俺が励まされる側に変わった。