第11話 出立

文字数 906文字

 明け方。
 ルナは、山歩き用のブーツを履き、靴紐をきつくしめた。
 杖をかるく振ってみる。
 布鎧、と称するものは、要は全身を覆うつなぎのような服である。全体に厚手で、関節部は緩めにつくってあるが、それ以外の部分はきゅっと締めてある。首筋と胸、腹部、脛は、きつく絞った綿でさらに厚手にしてある。
 夏はつらそうだな、と思う。
 玄関を出てドアを閉め、鍵をしてから体のむきをかえ、一度立ち止まって息をつく。
 腰にさした短剣をたしかめる。
 背負い袋の紐を直す。
 足踏みを一度して、ブーツの感触を確かめてから、ルナは歩き出した。



 ミナの薬草店の裏には、退魔師たちが鍛錬に使う空き地がある。
 以前は、早朝でも退魔師やその見習いたちで賑わっていたが、今はエルしかいない。

 昨日研ぎ師から受け取ったばかりの長剣を、かるく振ってみる。
 20日ちかくも預けっぱなしにしていたせいか、前よりも重く感じる。
 構える。
 攻めの型と、守りの型。
 2度ずつおさらいして、鞘におさめる。
 汗がにじんでいる。
 手足はちゃんと動く。だが、体幹が微妙にずれているような気がする。
 弓をとる。
 こちらも、ずいぶんと久しぶりだ。
 張ったばかりの弦をぴぃんとはじき、矢をつがえる。
 構える。

 狙う──

 カルナーに教わったとおり、親指と人差指でつくる輪を、最小の的としてイメージする。
 本当に射つわけではない。ただ、狙うだけだ。

 的が、ぶれた。

 たっぷりふた呼吸の間、そのままこらえて、そっと弓をさげる。
 狙えない。いや、集中できないだけだ。
 矢を筒にしまう。
 呼吸がずれている。
 手がひどく汗ばんでいた。
「エル!」
 アーサーが呼びにきたようだ。
「そろそろ出発するよ、……、」
 目があった瞬間、アーサーはぎょっとしたような顔をした。
 初陣で、緊張しているだけではないような──
「うん、……わかった」
 笑って、返事をする。
 笑って。いた、はずだ。



 同じく退魔師を生業としてはいたが、兄とは疎遠であった。
 だから、今にして思い出すのは、幼いころのことばかりだ。
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