#5

エピソード文字数 1,498文字

 なんだかんだ言って結局イナゴの佃煮を見送った晶良は、くちた胃を落ち着かせるために外に出た。
 照明もない山の麓で空を見上げると、満天に星がちりばめられ、夜景に煌めくネオンに似ている。墨色の空に明るい月が昇り、山の稜線が銀色に縁取られている。山の奥から、鹿の鳴き声が響き、風が吹く度に梢がざわめく。
 まるで思春期まで過ごした一宮家の屋敷のように、山深い。懐かしさを感じながら、ぶらぶらと家屋の周りを歩く。
 草むらからは名も知らぬ虫たちが鳴きさざめく音が聞こえてくる。涼しい風が火照った体に心地いい。額に浮かんだ汗も引いていく。
 こんな静かな夜を過ごしていると、ふいに過去の思い出が脳裏をよぎっていく。
 過ぎ去った記憶に、懐かしさよりも悲しみが湧き上がる。悔恨と哀惜。だからこそ余計に陽向を守る責任があると思う。友人の残した大切な家族だから。友人はこの体の内側で生きているから。きっと、自分を通して家族を見守っていることだろう。
 パキッと小枝を踏むような音がして、晶良は音のしたほうを振り返った。
「ああ、幸姫さん」
「真っ暗でしょう?」
 晶良は川向こうの真っ暗に闇が垂れ込める白山郷を透かし見た。
「たしかに、一寸先は闇とはこのことですね」
「これでも、観光客が来始めてからは明るくなったほうなんですよ」
 柔らかな長い髪を後ろにまとめて結い、白くて細いうなじを露わにしている。汗が滲み、ほつれ毛が首筋に絡みついている。
 両手に七輪を持ち、その中に豆炭が赤く火を熾していた。
「これ、中に置いてたら暑くなってきたから」
 夕食の品に炭火で炙った川魚があった。それに使った七輪なのだろう。
「そういえば、小学生の頃にこちらに移ってきたんですか?」
 幸姫が晶良を見上げる。
「ええ、母が亡くなったので。十二の時でした。遺産を頼りに、久那と生活してましたね」
「後見人のような方はいなかったんですか?」
 小学六年生の少女が小さな弟と二人暮らしをするには、どんな環境であっても大変としか思えない。
「いろいろな方が助けてくださったので困るようなことはほとんどありませんでした」
「苦労されたんですね」
「そんなことは……。今度はわたしが質問する番です」
 幸姫がクスッとふくみ笑った。
「陽向さんは恋人なんですか?」
「違いますよ。友人の妹なんです」
「でも、凄く親しい感じ」
「結構長く一緒にいますから。僕にとっても妹みたいな存在です」
「じゃあ、一宮さんは一人?」
 幸姫の質問の意味がわからなくて、勘違いしたまま答える。
「僕は末っ子だから、姉や兄がいるっていうのが、どういう感じかよくわかります。久那さんは幸姫さんがお姉さんで幸せですね」
 幸姫がおかしそうに吹き出した。
「一宮さんって、面白い。独身なのかと思ったんです」
「あ、そうか……。一人です。勘違いしました」
「ううん。結婚には興味ないんですか?」
 晶良は視線を下げて、幸姫を見つめる。彼女も黒い双眸を月光に煌めかせて、自分を見返している。
「ああ……、僕は……。幸姫さんこそ、興味ないんですか?」
「わたしには久那が……。久那がいなくならないと、結婚なんて……」
「じゃあ、今のところ、お互いに独り身ですね」
 すると、幸姫が頬を染めて目をそらした。
「変なこと聞いちゃいましたね。でも、わたしにもチャンスはあるのかな」
「え……?」
「すみません、変なこと言っちゃって」
 幸姫は地面に七輪を置くと、小走りに家へ戻っていった。
「なんだろう……」
 晶良は首をかしげて独りごち、またぶらぶらと家の周りを巡った。
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登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

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