第1話

文字数 1,981文字


 
 先日、小学六年の娘の父兄参観に行ってきた。
 授業内容は『お父さん』をテーマにした作文の発表会。
 だったら――ふと、思った。 
 うちの娘はパパっ子女子だから、パパが出席すればよかったのに、というふうに。
 作文の発表にあたり、時間の都合上、五名の生徒しか発表できないという報告が、担任の先生からあった。
 娘の名前は呼ばれるかしら――期待と不安とをきっかり半分づつ感じながら見守っていると、三番目に娘の名前が呼ばれたから、思わず頬がゆるんでしまった。
 娘は、元気よく返事をして起立すると『わたしに ちょっと甘すぎるパパ』というタイトルで作文を読み始めた。
 不謹慎ながら、思わぬ内容にいっそう頬がゆるんでいる自分に気づいて、わたしは内心苦笑を漏らしていた。
 
「チャオ! 下落合ゆうこの『どうする きょうの晩ごはん』の時間だよ。さっそくだけど、前回の放送で、いま、あまじょっぱい食べ物がブームだという話したよね。そしたら、リスナーからこんなお便りが届いたの。目を通して、思わずクスッっと笑っちゃった。みんなにも、だから紹介するね」
 リスナーからの便りを、ゆうこが披露する。
 ――こんにちは。いつも、ゆうこ様の放送を楽しく聴いている、都内在住の主婦です。前回の放送でゆう子様がこんな話をしていました。汁粉に少量の塩を入れると、汁粉はあまじょっぱい食べ物になって美味しさがより引き立つという話を。それを耳にして、思わず「あ」と膝を打ったんです。それというのも、先日娘の父兄参観に行ってきたのですが、そのとき……。
 その後、当日の授業で自分の娘が作文を読んだことが綴られ、つづいて、こう記されていた。
 ――名前を呼ばれたまでは良かったのです。でもその内容が、わたしのパパは甘すぎてちょっと物足りないというものだったのです。それを、家に帰ってパパに伝えたところ、「どうしたらいいのよ」とすごく落ち込んじゃって。そんなときでした。先生の放送を聴いたのは――。そこでふと、思ったのです。甘すぎる彼に、何らかのスパイスを入れたら、あまじょっぱいパパになって、より娘に好かれるようになるんじゃないかな、と。そこで、ゆうこ先生に相談です。彼に入れる、何かいいスパイスはないでしょうか――。
 という、お便りなの。面白いよね。だって、料理のあまじょっぱい話が、こんな展開になるなんてね。さて、甘すぎるパパに、どんなスパイスを入れたら、より娘さんに好かれるようになるかしらね。みなさんも一緒に考えてお便りやメールちょうだいね。というわけで、このスパイスついては来週発表するね。さて、それでは『どうする きょうの晩ごはん』の開始だよ。
 
 頬がゆるんだ。思わず、わおっ、と声も出ちゃった。わたしの便りを、ゆうこ様が読んでくれたんだもの。しかも、次回の放送で、わたしの質問に答えてくれるんだって。でも、ちょっと複雑な気分。本当は、からかい半分だったから……。
 
「チャオ! 『どうする きょうの晩ごはん』の時間だよ。はじめに、前回の放送の宿題から。ほら、甘すぎるパパって、あれね。どんなスパイスがいいか、みんなからもお便りやメールがいっぱい届いたよ。その中でも圧倒的に多かったのが、少量の「きびしさ」というスパイスを入れたら、どう? でした。実はこれ、わたしも同じ考え。ラジオネームパパっ子女子の娘のママさん、どう、このスパイス? ちょっと試して、またお便りくださいな、アルヴェデルチ! さあ、ここからは『どうする きょうの晩ごはん』の時間だよ。
 
 え! 試して、お便り……そんなぁ。振り出しに戻れ!! って、わけにはいかないか。はああ……困ったな。
 
「チャオ! パーソナリティの下落合ゆうこだよ。毎日暑い日が続くね。リスナーのみんなは体調大丈夫⁇ ゆうこも、さすがにバテ気味。なので『どうする きょうの晩ごはん』は暑さ対策についてのお料理ね。あ、その前に、ラジオネームパパっ子女子の娘のママさんからのお便りが届いてるよ。ただね、これがちょっと微妙なんだなぁ。でも、いちおう紹介するね。
 ――前略、ゆうこ様。さっそく、ご提案のあった少量の「きびしさ」スパイスを彼に注入しました。効果覿面です。ますますパパっ子女子の娘にモテようになっちゃって……。でもわたしは複雑な気分なんです。だって、本当は二人が仲良くなってほしくなかった。むしろ二人の仲にヤキモチ妬いてたくらい。娘の作文を聞いたとき、だから本当は嬉しくて頬をゆるめてしまって。その乗りで、からかい半分にお便り出しちゃって。そしたら、娘とパパはもっと仲良くなるし、わたしは逆に、もっと惨めになるし……結局のところ、先生のスパイスを入れたら、わたしの心がしょっぱい涙で濡れて、自分だけが惨めさがより引き立つあまじょっぱい女になっちゃいました……。
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