第79話 苦労話と大事な話
文字数 2,965文字
「えーっと、普通にかな?」
「ほー、そうか……」
すると笑っていたカイくんが、すっと真顔になる。
え、ちょっと怖いんだけど……そういうのやめようよ?
「お前の中の普通がどうだか知らないがな……日が落ちるまで仕事して、ちょうど家に着いたところで呼び出しを食らったんだ、この意味が分かるか?」
「ちょうど家に着いたところなら、まだセーフ」
「黙れ」
「はい……」
「で、呼び出されて説明を聞いて、最低限の準備だけして、こっちに寄越された」
「へぇ、それは大変そうだね……」
「ああ、大変だったよ……特に出発する前に殺気立ったアーク様に出くわして、それを引き止めるのに一番苦労した……」
「え……」
お兄様が殺気立っていた……だ、誰に?
まさか私に!?
「正直、それだけで他のことは全部どうでもよくなるくらいには大変だったわ……」
カイくんは遠い目をして、どこか分からない場所を見つめている。
ひぇぇ、怖い怖い怖い……というか、カイくんはよく無事で済んだね!?
さすが私が知ってる中で、お兄様と一番親しいというか話せる関係性なだけある……。
「なんでもお前と一緒にいるのを見掛けた、獣だかケダモノだかを仕留めると、柄 にもなく豪語されててな……」
あ……これって私じゃなくて、アルフォンス様のことだ。
いや、なぜお兄様の怒りの矛先が、私ではなくアルフォンス様に向いてるのかな……!?
それはそれで色々まずい気がするんだけども……!!
「え、えーっと、それは一体どうして?」
「それが俺と顔を合わせる前に、古いカストリヤの資料やらなんやらを漁っていたらしくてな……そこで何かしらみたらしい」
古いカストリヤの資料……もしかして、そこからアルフォンス様の呪いをかけられる前の性格や、素行 をを知ってしまったのだろうか。
だとしたら、お兄様がそういう結論に至ったのも、なんとなく分からないでもない……。
我が兄、アークスティードは高潔 な人だ。
私への当たりの強さだけ、なぜかおかしいが……その気高く立派な精神は認めざるおえない。
あるいは生真面目 で潔癖 と言い換えてもいい。
とにかく自分にも周りにも厳しいのが、お兄様の性格である。
私自身は今更アルフォンス様の過去のことを、どうこう言うつもりはないが、お兄様の性格ではそうはいかなかったのだろう。
まずお兄様は、アルフォンス様のような身分と立場がある者に、それ相応の責任と自覚を持ち、自らを厳しく律することを求める。
それはお兄様にとって、やって当然のことであり、出来なければすなわち侮蔑 の対象となる ……。
おそらくアルフォンス様の行動のそれは、お兄様の許容範囲を超えてしまっていたのではないだろうか?
責任感以外のことでも、自らが必要と判断すれば、その地位や立場に釣り合わないような働きも辞さない性格のお兄様である。
まさに真逆の、自らの身分を笠に着て好き勝手に振舞う人物へ、一体どんな印象を持つのかというのは想像に難 くない ……。
いや、それにしても、殺そうとするのはやりすぎな気はしますけどね?
そんなに嫌いなのだろうか……そうなんだろうな……。
よく考えなくても、間違いなく大嫌いなタイプなんだよなぁ……。
まぁ私は、今のアルフォンス様がそうだとは思ってませんけどね?
しかしそういう事情があったのであれば、余計にお兄様が来なくてよかった。
やはり止めてくれたカイくんには感謝しなくては……あとでちゃんと御礼を考えよっと。
…………でも、そっか。
実家にそんな史料があったのか……。
確かに実家の蔵書 の種類はかなり幅広くて、色々なものがあると思ってたけど、そんなものまで網羅 していて……ってあれ? 待て……。
「ねぇ、カイくん。私はうちで集めてる資料は大体把握してると思ったんだけどさ、そんな海外の資料を一度も見た記憶がないんだよね……」
これでも私はかなりの本好きで、自分の好みかどうかはさておき、とりあえず実家にある読めそうな本は一通り軽く目を通してるし、中身は覚えていなくともカテゴライズ的にどんなものがあるかは把握している……。
だけど、その記憶の中に、外国にまつわるものはまるでなかったように思える。
「確かお前が下手にそういうものに興味を持つと厄介だから、わざと目の届かない場所に置いてあるらしい……と俺は聞いた」
な、なんだって……!? でも、確かにちょっと不自然さは薄々感じてたけども……。
「それじゃあ、私が信用されてないみたいでは……?」
「なぜ心底不思議そうな顔をしているのか、むしろ俺の方が不思議なんだが……とりあえず今までの自分の行動を思い出してからものを言え」
「控えめに言って、品行方正 で真面目な絵に描いたような真人間」
「よう、真人間。それじゃあ今年に入ってから、お前が壊した物の名前をひとつずつ挙げていってみろよ」
「え……いや、でも物ってそもそもいつか壊れるものだし……私が壊したものであっても、ある意味私のせいじゃないというか、色々な見方があると思うな……?」
「ワケの分からない言い訳はやめろ、そして静かに目を背けるな」
くっ、顔を背けたというのにカイくんからの視線が痛い……!!
私の勘が告げている、このままこの話題を続けるのは良くないと……ということで、話を逸らそう。
「そ、そう言えばカイくんは慌ててここまで来たんでしょ? そんなに慌てるなんて、まるでおおごとみたいだねー」
不自然なのは重々承知だけど、私は無理矢理最初の話題に戻す。
ね、お願いだから乗って……?
「は? いや、実際おおごとだろうよ……」
そうしてカイくんは、私が振った話題に乗ってくれたものの、どこか微妙な顔をしている。
え……なんでそんな反応?
私が戸惑っている中、カイくんが続けた言葉に、私は更に困惑した。
「何しろあのヴィヌテテュース様が直接ご聖託 を降 されるのは、どれくらい振りだか分からないし……」
はっ、え? ご聖託……ヴィヌテテュース様の!?
え、でもだってアレは、私がとっさにお兄様へついた、その場しのぎの嘘のはずで……。
「しかも、詳細はこちらに任せると言ってるものの、情報の共有人数も最低限に絞るようにという条件までつけてあるらしいし……こんなこと、おそらく前代未聞じゃないのか?」
な、なんか情報を制限されてるし、謎の条件も付いてる!?
それにカイくんはなんとなく、私が知ってる体で話してきてる気がするけど……え、本当にどういうことなの?
ともかく今の私には情報がなさすぎる……。
「えーっと聞きたいんだけど、その……ご聖託があったのっていつ?」
「聞いた話だと、昨日の夕方らしいな」
それじゃあ、私がお兄様と話をした丁度あとくらいに!?
まるで図ったようなタイミングだけど……これは。
いや、でも、本当にたまたまで、私がついた嘘と内容が食い違ってる可能性もまだ捨てきれない。
「それで、その内容は……?」
「……ヴィヌテテュース様からのご聖託の内容は——」
《我が、古き友
大地の大精霊をどうか助けてあげて欲しい》
―――――――――――――――――――――――――――……
【オマケ】
一方その頃アルフォンスは、まだ夢の中だった。
アル「むにゃむにゃ……次は有り合わせではない、もっといいドレスをリアに……」
「ほー、そうか……」
すると笑っていたカイくんが、すっと真顔になる。
え、ちょっと怖いんだけど……そういうのやめようよ?
「お前の中の普通がどうだか知らないがな……日が落ちるまで仕事して、ちょうど家に着いたところで呼び出しを食らったんだ、この意味が分かるか?」
「ちょうど家に着いたところなら、まだセーフ」
「黙れ」
「はい……」
「で、呼び出されて説明を聞いて、最低限の準備だけして、こっちに寄越された」
「へぇ、それは大変そうだね……」
「ああ、大変だったよ……特に出発する前に殺気立ったアーク様に出くわして、それを引き止めるのに一番苦労した……」
「え……」
お兄様が殺気立っていた……だ、誰に?
まさか私に!?
「正直、それだけで他のことは全部どうでもよくなるくらいには大変だったわ……」
カイくんは遠い目をして、どこか分からない場所を見つめている。
ひぇぇ、怖い怖い怖い……というか、カイくんはよく無事で済んだね!?
さすが私が知ってる中で、お兄様と一番親しいというか話せる関係性なだけある……。
「なんでもお前と一緒にいるのを見掛けた、獣だかケダモノだかを仕留めると、
あ……これって私じゃなくて、アルフォンス様のことだ。
いや、なぜお兄様の怒りの矛先が、私ではなくアルフォンス様に向いてるのかな……!?
それはそれで色々まずい気がするんだけども……!!
「え、えーっと、それは一体どうして?」
「それが俺と顔を合わせる前に、古いカストリヤの資料やらなんやらを漁っていたらしくてな……そこで何かしらみたらしい」
古いカストリヤの資料……もしかして、そこからアルフォンス様の呪いをかけられる前の性格や、
だとしたら、お兄様がそういう結論に至ったのも、なんとなく分からないでもない……。
我が兄、アークスティードは
私への当たりの強さだけ、なぜかおかしいが……その気高く立派な精神は認めざるおえない。
あるいは
とにかく自分にも周りにも厳しいのが、お兄様の性格である。
私自身は今更アルフォンス様の過去のことを、どうこう言うつもりはないが、お兄様の性格ではそうはいかなかったのだろう。
まずお兄様は、アルフォンス様のような身分と立場がある者に、それ相応の責任と自覚を持ち、自らを厳しく律することを求める。
それはお兄様にとって、やって当然のことであり、出来なければすなわち
おそらくアルフォンス様の行動のそれは、お兄様の許容範囲を超えてしまっていたのではないだろうか?
責任感以外のことでも、自らが必要と判断すれば、その地位や立場に釣り合わないような働きも辞さない性格のお兄様である。
まさに真逆の、自らの身分を笠に着て好き勝手に振舞う人物へ、一体どんな印象を持つのかというのは想像に
いや、それにしても、殺そうとするのはやりすぎな気はしますけどね?
そんなに嫌いなのだろうか……そうなんだろうな……。
よく考えなくても、間違いなく大嫌いなタイプなんだよなぁ……。
まぁ私は、今のアルフォンス様がそうだとは思ってませんけどね?
しかしそういう事情があったのであれば、余計にお兄様が来なくてよかった。
やはり止めてくれたカイくんには感謝しなくては……あとでちゃんと御礼を考えよっと。
…………でも、そっか。
実家にそんな史料があったのか……。
確かに実家の
「ねぇ、カイくん。私はうちで集めてる資料は大体把握してると思ったんだけどさ、そんな海外の資料を一度も見た記憶がないんだよね……」
これでも私はかなりの本好きで、自分の好みかどうかはさておき、とりあえず実家にある読めそうな本は一通り軽く目を通してるし、中身は覚えていなくともカテゴライズ的にどんなものがあるかは把握している……。
だけど、その記憶の中に、外国にまつわるものはまるでなかったように思える。
「確かお前が下手にそういうものに興味を持つと厄介だから、わざと目の届かない場所に置いてあるらしい……と俺は聞いた」
な、なんだって……!? でも、確かにちょっと不自然さは薄々感じてたけども……。
「それじゃあ、私が信用されてないみたいでは……?」
「なぜ心底不思議そうな顔をしているのか、むしろ俺の方が不思議なんだが……とりあえず今までの自分の行動を思い出してからものを言え」
「控えめに言って、
「よう、真人間。それじゃあ今年に入ってから、お前が壊した物の名前をひとつずつ挙げていってみろよ」
「え……いや、でも物ってそもそもいつか壊れるものだし……私が壊したものであっても、ある意味私のせいじゃないというか、色々な見方があると思うな……?」
「ワケの分からない言い訳はやめろ、そして静かに目を背けるな」
くっ、顔を背けたというのにカイくんからの視線が痛い……!!
私の勘が告げている、このままこの話題を続けるのは良くないと……ということで、話を逸らそう。
「そ、そう言えばカイくんは慌ててここまで来たんでしょ? そんなに慌てるなんて、まるでおおごとみたいだねー」
不自然なのは重々承知だけど、私は無理矢理最初の話題に戻す。
ね、お願いだから乗って……?
「は? いや、実際おおごとだろうよ……」
そうしてカイくんは、私が振った話題に乗ってくれたものの、どこか微妙な顔をしている。
え……なんでそんな反応?
私が戸惑っている中、カイくんが続けた言葉に、私は更に困惑した。
「何しろあのヴィヌテテュース様が直接ご
はっ、え? ご聖託……ヴィヌテテュース様の!?
え、でもだってアレは、私がとっさにお兄様へついた、その場しのぎの嘘のはずで……。
「しかも、詳細はこちらに任せると言ってるものの、情報の共有人数も最低限に絞るようにという条件までつけてあるらしいし……こんなこと、おそらく前代未聞じゃないのか?」
な、なんか情報を制限されてるし、謎の条件も付いてる!?
それにカイくんはなんとなく、私が知ってる体で話してきてる気がするけど……え、本当にどういうことなの?
ともかく今の私には情報がなさすぎる……。
「えーっと聞きたいんだけど、その……ご聖託があったのっていつ?」
「聞いた話だと、昨日の夕方らしいな」
それじゃあ、私がお兄様と話をした丁度あとくらいに!?
まるで図ったようなタイミングだけど……これは。
いや、でも、本当にたまたまで、私がついた嘘と内容が食い違ってる可能性もまだ捨てきれない。
「それで、その内容は……?」
「……ヴィヌテテュース様からのご聖託の内容は——」
《我が、古き友
大地の大精霊をどうか助けてあげて欲しい》
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【オマケ】
一方その頃アルフォンスは、まだ夢の中だった。
アル「むにゃむにゃ……次は有り合わせではない、もっといいドレスをリアに……」