第1話

文字数 9,020文字

 私、松長友紀(マツナガユキ)
 小学四年生になって、数ヶ月。
 好きな事は、ピアノと、雑貨を見たり、文房具を買ったり、お洒落をしたり。
 嫌いな事は、体力を使うこと。
 買っている雑誌は、おまじないのと、お洋服の。
 好きな食べ物は、ケーキとチョコレート、とにかく甘いもの。
 嫌いな食べ物は、不味いもの。
 好きな人は、松下朋玄(マツシタトモハル)君。
 嫌いな人は、怖い人に乱暴な人、それから……親友の田上浅葱(タガミアサギ)ちゃん。

 自分で言うのもなんだけれど!
 本屋さんに並んでいる雑誌に掲載されている同世代の読者モデルより、可愛いと思う。
 私もね、何度か応募をしてみたの。
 実は、一次予選は通過しているんだ。
 でも、それ以上先に進めない。
 それはきっと、私が大人しくて、自己主張が出来ないからなのよね。
 もっと人と話すのが得意だったら、表紙を飾るカリスマ小学生になれるのに。
 でも、日本には“高嶺の花”っていう言葉があるでしょう?
 そういうことなの。

 と、まぁ。
 そんな私だから、釣り合う友達なんてあんまりいなかった。
 だって私、男の子たちにもてるんだもん。
 それで、みんなに敬遠されるんだもん。
 苛めに遭ったこともある、でも、それは私が美少女だから仕方がないの。
 そういう運命なの。
 漫画だって、小説だって、アニメだってドラマだって、映画だってそうでしょう?
 現実もそうなの。
 女はね、自分より秀でている相手を、集団で蹴落とすのよ。
 そうしないと、生きていけないの。
 憐れね。
 虐められる私、とっても可哀想!
 でもそれは、美少女の証!
 けれど、釣り合う親友も出来たし、私に相応しい人もいて片思い中だから毎日が楽しい。

 それは、ある日の事。

「日曜さ、四人で社会の宿題やらない?」

 と、朋玄君が言い出したから私は控え目に頷いた。
 チャイムが鳴って、肩を叩かれたから振り返ったの。そしたら楽しそうな笑顔を浮かべて、そう言ったの。胸が、とくん、ってなった。

「げぇ、めんどくせー。お前ら三人でやってくれよ、俺は嫌だ」

 私の隣の席の実君が、物凄く嫌そうに叫んだから、反射的に浅葱ちゃんを見た。

「駄目だよ実。班ごとの宿題だから、四人揃ってやらないと」
「俺の貴重な日曜をどうする気だ、そんなことに使いたくない」
「三人でやるのは構わないけど、発表の時に実が先生に当てられたらどうするわけ? 上手く発表出来る自信があるなら、ご自由に」
「……あー、あー! はいはい、はいはい。わかりましたー、俺も参加しますー。あー! めんどくせーっ!」

 朋玄君と、実君の言い争い。
 他の子たちが遠巻きに見ているほど、とても緊張感があって怖くて、中に入れない。
 この二人、あんまり仲が良くないみたいなの。
 朋玄君は、かっこいいし、頭も良くて、勉強も出来る優等生。
 密かに憧れている女の子が多い事を、私も知ってる。
 そして勿論、私が気になっている男の子でもある。
 とにかく、女の子に優しいんだ。
 あんまり人と話すことが出来ない私だけど、朋玄君は気遣ってくれるから、好き。
 少女漫画登場する、かっこいい王子様みたい!
 でもね、実君は。
 私は……正直苦手。
 すぐ人を叩く乱暴者だし、言葉使いがすこぶる悪いし、頭もよくないし。
 人の悪口も大声で言うし、髪もぼさぼさ、お洒落じゃない。
 けれど、そんな二人のおうちは、隣同士。
 朋玄君はお金持ちで、大きい家に住んでるの。
 完璧でしょう?
 でもね、実君のおうちは、新しいけど普通のおうち。
 ずっと住んでた朋玄君と違って、実君は引越ししてきたんだよね。
 神様は、残酷ね。
 私は、嬉しそうに溜息を吐いて笑った親友の浅葱ちゃんを見ていた。
 浅葱ちゃん。
 私の、親友。
 スポーツ万能、優等生、お洒落さん、モテ子、ある意味カリスマ美少女小学生。
 誰からも好かれ、羨まれて、告白されるような、そんな可愛い女の子。
 そして胸も大きい。
 なのに、腰や太腿は細い。
 そんな浅葱ちゃんが、好きな男子。
 それこそが、その乱暴でガサツで怖くて頭の悪くて、かっこよくない実君。
 信じられない! 
 親友の私だけが知っている、浅葱ちゃんの秘密。
 何処がいいのか私には判らないけれど、とても好きなんだって。
 教えて貰ったときは、開いた口が塞がらなくて聞き直した。
 だって、不釣合い。
 全然、似合わない。
 でも、おかげで私は自分の恋を諦めなくてよかった。
 すっごく仲がいいから、浅葱ちゃんも朋玄君を好きだとばかり思っていた。
 だから、応援してるの。
 実君と浅葱ちゃんがくっつけば、朋玄君を狙いやすいでしょう?
 朋玄君は、多分浅葱ちゃんが好きなんだよね……。
 でも、仲の悪い実君と浅葱ちゃんが付き合えば、諦めると思うんだ。
 天は、私に味方した。
 こんな親友と張り合う気なんて、私にはないから。
 勝てない、勝てるわけがない。
 早く、実君と付き合ってね、浅葱ちゃん。
 さっさと告白すればいいのに、全然動かないから、少し嫌い。
 可愛いのに、動かないから嫌い。
 親友だけど、嫌い。
 ……だって私、浅葱ちゃんには勝てないもの。
 でも、一人ぼっちの私に優しく話しかけてきてくれて、話も合うから親友なの。
 交換日記もしてるの、だって親友だから。
 二人でお菓子を食べに行ったり、写真を撮ったり、お互いの家で雑誌を見たり、服を買いに行ったりするの。
 親友だから。
 そう、私と浅葱ちゃんは親友なの。

「誰の家でやる?」

 椅子を蹴り飛ばし去っていた実君にはお構いなしで、朋玄君は隣の浅葱ちゃんにそう相談した。
 私、朋玄君の家がいいな。
 行ってみたいな。
 自分の家はお片付けや掃除にお菓子を用意するのが面倒だし、浅葱ちゃんの家はいつも行ってるから真新しいものもないし。ついでに、素敵な物が多く並んでいてイライラするし。
 実君の部屋は汚そうだから、絶対嫌。
 朋玄君のおうちは、綺麗そうだし、部屋を見てみたい。
 もしかしたら、私の写真が飾ってあるかもしれないでしょ?
 うふふっ!

「俺の家にしよう、言い出したの俺だし」

 相変わらず朋玄君は、浅葱ちゃんに話しかけている。
 ようやく私を見て、「どうかな」と意見を求めてくれたから頷いた。
 そうして、私は親友を見つめる。
 軽く俯いて困ったようにしている浅葱ちゃんに、心底苛々する。
 多分、実君の家に行きたいんだと思う。
 けど、提案したところで実君は嫌がるよね。
 だから言えないんだ。
 浅葱ちゃんは、朋玄君の言葉に戸惑いながら頷いた。
 はっきり、言えばいいのに。
 マドンナの言う事なら、男子は誰でも聞いてくれるから。
 彼女を見ながら思った。
 私、親友の浅葱ちゃんがやっぱり好きじゃない。
 親友だけど。

 日曜日、浅葱ちゃんの家まで自転車で出掛けた。
 そこから実君のおうちへ行く。
 そう、朋玄君のおうちで開かれる筈だったのに、突然、実君の家になった。
 だから、金曜日。
 実君はキレて、教室で荒れていた。
 隣の席の私は、本当に怖かった。
 八つ当たりされる場所だもの、私は恐ろしくて小さくなっていた。
 あの後ね、浅葱ちゃんは朋玄君に「実君の家に行きたい」って言ったんだって。
 信じられない!
 実君に直接言えばよかったのにねー、朋玄君を通して、っていうのが気に入らない。
 実君も同じ思いだったんじゃないかな? 
 馬鹿ね、浅葱ちゃん。
 でも、日曜日に朋玄君に会えるし、男女各二人でデートみたいだから。
 私はこの間買って貰ったばかりのワンピースを来て、張り切って出掛けた。
 何時も購読してる雑誌に掲載されていたワンピースで、お母さんに無理を言って買って貰ったの。
 胸元に黒にリボンがついてて、裾が三重のフリルになってる真っ白なワンピース。
 黒のニットボレロを羽織って、お気に入りのピンクの鞄を持って、頭にリボンをつけた。
 行く前に、浅葱ちゃんとケーキを買いに行くの。
 ふふ、楽しみ。

「浅葱ちゃーん!」
「はーい! お母さん、行って来ます」

 ドアが開いて、浅葱ちゃんが出てきた。
 私が買っているお洋服のお洒落雑誌でモデルをしている子より、断然可愛い。
 とにかく胸があるし、手足もすらっ、としてる。
 可愛い服にした私と違って、浅葱ちゃんは大人っぽい服だった。
 白色のレースがついたキャミソールの上に、透けてる黄色の肩が見えるニットを着て、超ミニデニムのぴったりしたスカートをはいてる。
 鞄は黒の光沢のあるおっきなので、似たような素材の黒で光沢のある、ヒールが高いミュールを履いてた。

「おはよう、友紀! わぁ、可愛いワンピースだね、とっても似合う」

 眩しい笑顔でそう言われたけれど、私、急に自分のワンピースが色褪せた。
 勝てない。
 アサギちゃんは、可愛いけれど、色っぽい。
 どうやっても、勝てない。
 これじゃ、間抜けな引き立て役にしかなれない。
 これだから嫌いなの、浅葱ちゃんのこと。

「そうかな。浅葱ちゃんも、とても似合ってるね」

 引き攣った笑いになってないよね? とりあえずそう言ってみる。
 悔しいけど。

「ありがとう! このニットね、凄いんだよ! この間五百円で売ってたの! なんか、ここの縫製が少し変なんだって」

 五百円? とてもそんな値段に見えない。
 縫製が失敗しているらしい箇所を見せてきたけれど、そんなの言われないと分からない。
 私の高いブランドのワンピース、急に……嫌いになった。
 これ、幾らしたと思ってるの……。
 一緒にお買い物に行くと、浅葱ちゃんは安くて良い物をいつも探し出すし、色々センスが良い。
 手を繋いで歩き出そうとした浅葱ちゃんに、私は唇を噛み締めて一言。
 だって、だって、このままだと。

「待って、浅葱ちゃん!」
「え?」

 私は、浅葱ちゃんを呼び止めて立ち止まって、それで。

「ボトム、スカートじゃないほうが可愛いと思う。濃い目のスキニー持ってるよね」
「そっか。うん、友紀がそう言うならそうだね! ありがとう。ちょっと変えて来るから、少し上がって待ってて」
「外でいいよ、急がなくていいから着替えておいで。実君に会えるんだから、ね?」

 嬉しそうに笑った浅葱ちゃんに、私も笑う。
 だって。
 あんな服装で床に体操座りしたら、パンツが見える。
 そうなると、きっと二人は正面から見たいはず。
 そうなったら、冗談じゃない!
 私、惨めよね。
 阻止しなきゃ、何が何でも。
 だから、あのスカートでとても可愛いのだけど、魅惑の生脚を隠してもらう為にアドバイスしてみた。
 それに。
 あんな服装で、床に広げた大きなペーパーに書き込みしたら。
 どうしたってパンツが見える。
 それで後ろに二人がいたら、もう釘付けよ。
 冗談じゃない!
 こんなに可愛いワンピースを着て来たのに、あんなB級品の服に負けるなんて、プライドが許さない。
 何より、実君はどうでもいいけど、朋玄君が。
 あんなカッコしてたら女でも目が行くわよっ、チッ!
 私は、浅葱ちゃんよりも可愛い立場でいなければならないの。
 お淑やかで、病弱なちょっと存在感のない、不思議な美少女。
 そういうスタンスを、維持しなければいけないの。
 でないと、惨め。
 そうして浅葱ちゃんは、私が言った通りスキニージーンズにはき替えた。 
 全く、浅葱ちゃんがアホな程お人好しでよかった!
 二人でケーキを買って、実君の家へ急ぐ。
 自転車を漕ぐ姿を見て、思ったんだけど……。
 私が提案しておいて、アレなんだけど……。
 驚くほど脚のラインが綺麗で、さっきの格好よりも大人っぽく見えて、ムカついた。
 けれど、今日!
 女の子らしくて男受けする服装なのは、わ・た・し!
 このワンピは“男の子受けする、ゲキかわワンピ”の二位なんだから!
 どっちかっていうと、浅葱ちゃんの服装は“友達受けする、クールコーデ”って感じ。
 勝った。
 私は、勝った。
 勝ったけど、勝ったはずだけど。

「うおおおおお、ホントに浅葱ちゃん来たー!」

 玄関に、男子がずらり、と並んでいた実君の家。
 驚いて浅葱ちゃんと後ずさったら、朋玄君が飛び出てきた。

「兄貴、帰れよ! 俺達、勉強するんだ」
「高校生の兄が、勉強くらい教えてやるよ。あ、浅葱ちゃん初めまして、朋玄の兄の松下朱理です。男子校に通っています、これ友達です」

 浅葱ちゃんは、差し伸べられたのでとりあえず握手を交わしている。
 朋玄君の、お兄さん?
 高校生なんだ、目元と眉が似てるかな、大人っぽい。

「浅葱、友紀、こっち、こっち!」

 朋玄君が私達の手を掴んで、実君の家の中へと連れて行ってくれた。
 玄関からは文句を言う声が聞こえてたけど、施錠して、朋玄君は引き攣った笑みを浮かべる。

「ごめんな、兄貴にバレてさ。あの人達、浅葱のファンクラブ会員らしいんだ。待ち伏せしてたんだよね」

 ファンクラブ?
 暇な高校生、きっとモテない男達の集団ね。
 浅葱ちゃんがどういう反応をしているのか気になったから、軽く見てみたら。
 それどころではないみたい。
 実君の家の玄関に居るのだから、浅葱ちゃんにとって外の人達はどうでもいいんだ。
 玄関に無造作に置かれている実君の汚いスニーカーを見て、嬉しそうに笑ったり。
 狭いしお世辞にも綺麗と言えない家を見渡して、頬を初めたり。
 私には、彼女の心がさっぱり分からない。
 それで、肝心の実君は、といえば。
 ドスドス、と廊下が軋む音がして、頭を掻きながらよれよれのTシャツにジーパン姿で登場した。
 機嫌悪そう、怖い。

「おい、朋玄! 外の集団何だよ!? 警察呼ぶぞ、コラ」

 呼んでもよいと思う。
 自分の家に知らない男達が屯っていたら、絶対私は警察を呼ぶわ。

「浅葱ファンクラブの兄貴を筆頭とする高校生の集団。放置でよいよ」
「ちっ、これだから」

 実君は、一瞬浅葱ちゃんを見た。
 ……私、前から思ってたんだけど。
 実君、浅葱ちゃんのこと嫌い?
 それは困る、実君に浅葱ちゃんがフられたら、朋玄君が慰めに入る。
 そしたら、くっついちゃう!
 最悪!
 実君は凄く機嫌が悪そうで、そっと浅葱ちゃんはケーキを差し出した。
 ケーキの箱を見て、実君は少しだけ、嬉しそうに口を歪ませた気がした。
 とりあえず、ケーキを食べてから研究文を書く事になった。
 実君は市販の大きなペットボトルから、懸命にコップに紅茶を入れてくれた。

「あっま! あっま! おまえら、いつもこんな甘いもん食ってるのか!? 信じられねぇ、俺甘いの駄目なんだよ」
「ご、ごめんなさい。えーっと、えと。わ、私のケーキのほうが甘くないかもしれないから、交換を」

 二口くらい食べて、実君はお皿に派手にフォークを置いた。
 甘い? これが? 味覚が変なんじゃないの?
 浅葱ちゃんはうろたえて、何を思ったのか自分の食べていたケーキを差し出した。
 赤面して実君はそれを拒否する。
 まぁ、そうだよね。
 直接口をつけてないけど、浅葱ちゃんが食べてたケーキだものね。
 普通は恥ずかしいよね。
 間接キスになるよね、フォークは違っても。

「気にしなくていいよ、浅葱。実は辛党なんだ。でも、そのケーキ美味しそうだから少し貰ってもいい?」

 浅葱ちゃんの隣に居た朋玄君は、気遣ってか浅葱ちゃんのケーキを食べる。
 唖然、と私も実君も見てた。
 朋玄君はさり気無い気配りが出来る、優しい男の子で。
 まれにキザだけど、そこが良いって、子もいる。
 今日も清潔そうな真っ白のポロシャツにジーパンで、シンプルなんだけど、ベルトがとてもお洒落。
 髪もさらさら、実君とは全然違う。
 駄目よ、浅葱ちゃん。
 実君から朋玄君に心変わりしたら、許さないんだから!
 何処からどう見ても、朋玄君のほうがイケメン。
 浅葱ちゃんは男の趣味がとにかく悪いのだけど、そのままでいて欲しい。
 そうしたら、全女子から睨まれなくてもいいと思うんだ。

「その服、可愛いね」

 朋玄君のその声に、コップを潰す勢いだった私は瞳を輝かせて顔を上げた。
 けど、その言葉の相手は私ではなく。

「この黄色いの? 五百円なの」

 浅葱ちゃんだった。
 嬉しそうに、五百円のお洋服自慢を始める浅葱ちゃん。
 言わなきゃいいのに、ね。
 お金持ちなんだし、そんな安い服の自慢をしなくても、って私思うの。
 私のこの服、三万円なんだけど。

「五百円? へぇ、見えないね」
「あのね、ほら、あそこの大通りの」
「えーっと、あぁ、あの辺りにあるお店なんだ?」

 五百円というワンコインの服で会話が弾む二人を、私は眺めていた。
 実君は渋々ケーキを完食し、漫画を読んでいる。
 えっ、何これ。
 私、帰りたい。

 ケーキを食べ終わってようやく、今日集まった目的を思い出す。
 社会の授業で、班毎に研究文を発表する。
 大きな紙を貰って、そこに絵を描いたり、文を書いたり。
 黒板に貼って、説明をするの。
 テーマは、“近々出来る河口堰”について。
 河口堰によって引き起こされるであろう、良い事・悪い事を発表するのね。
 でもね、最悪よ。
 実君の機嫌は悪くなる一方だし、朋玄君は浅葱ちゃんに付きっ切りだし。
 浅葱ちゃん、早く実君のご機嫌をとってよ。
 私が、朋玄君と会話出来ない。
 折角会えたのに、意味がない。
 苛々する。
 思わず手にしていたマジックを強く握り締めて、俯いて歯軋りした。
 悔しい。

 だから、私。
 親友の浅葱ちゃんが、嫌い、です。
 なら。
 どうして一緒に居るのかって?
 そんなの、決まってるじゃない。
 『いつか、見返してやるため』よ。
 勝とう、なんて思ってないわ。
 引き立て役になんて、ならないわ。
 『上手く、利用する』のよ。
 浅葱ちゃんが、実君と付き合えば。
 ……朋玄君は私が絶対に、手に入れるの。
 そしたらね、一般的にお似合いなのはどっちだと思う?
 私と朋玄君よね。
 浅葱ちゃんと実君じゃ、不釣合いなの。
 私はそこで、優越感に浸れるわ。
 誰も傷つかないけど、私は癒される。
 今までの苦労が、報われる。
 とても、楽しみなの。
 私、その時を待っているの。
 想像してみて、浅葱ちゃんと実君が二人で歩いてたらきっと周囲はこう言うわ。
「あの女の子、可愛いけど趣味が悪いよね」
 って! うふふっ!
 私。
 ……それが楽しみで仕方ないの。
 そしてね、私と朋玄君を見てね、周囲はこう言うの。
「あら、可愛らしい恋人達ね」
 って! うふふふふふっ!
 私。
 それも楽しみで仕方ないの。
 だからね、早く浅葱ちゃん。
 実君とくっついてね、お願いよ。
 その為になら私、断然協力してあげるんだから!
 あぁでも、実君は浅葱ちゃんが嫌いみたい。
 こっぴどくフられる姿も見てみたい!
 あぁ、それも見たい!

 実君を抜いたほぼ三人で完成させた、その課題。
 夕方、お別れをして私は帰宅した。
 今日は外食だとお母さんが言うので、お気に入りのワンピをそのまま着て家族行きつけの和食屋さんへ出かける。
 その後、お父さんに頼んで本屋さんに寄ってもらった。
 今日は、私が毎号買っている、おまじない雑誌の発売日。
 ティーンズ雑誌置き場へ真っ直ぐ向かって、迷うことなくそれを手にした。
 ふと見ると、隣に雑誌を大量に抱えた女の人が立っていた。
 高校生? 中学生?
 着ている服は、私が大好きなブランド達で、背は私と同じくらい。
 その人は、ぶつぶつ言いながら次から次へと雑誌を手に取って何かを探してた。
 何してんの?
 私は好きなアイドルの情報を見ようと思って、おまじないの本を抱えて、とあるアイドル雑誌を読み始める。
 買っちゃおうかな、かっこいー。
 朋玄君も、こういうのに応募したら良い線行くと思うんだけど、なっ。
 今度、推薦しちゃおうかな。
 そしたら、それで会話出来るし。
 あ、でも、朋玄君が上の方まで行ったら、アイドルが彼氏になるのかな?
 それはそれで、楽しいよね。
 素敵、アイドルとの秘密の恋。
 ファンにもナイショだけど、忙しくても朋玄君なら必ず私の元へ帰ってくるわ。
 スリルがあって、わくわくしちゃう。
 コンサートはいつもアリーナで、もしかしたら私もアイドルデビューとかしちゃえるかもしれないし!
 他のかっこいいアイドルの男の子たちとも会えちゃう! やーん、どーしよーっ!

「嫌いなら、嫌いだと言ってみればいいのに」

 ふと、そんな声が聴こえた。
 思わず顔をあげると、さっきの雑誌を大量に抱えた人が喋ったみたい。
 誰に話してるの? 気持ち悪い。
 無視。
 大きい独り言、止めて欲しい。

「後悔しないのなら、良いけれど。でも、私は貴女が好きじゃない」

 え、何この人、私に言ってるの?
 煩い独り言、こわーい。
 私は、思い切り睨みつけて、離れて雑誌をまた読み始める。

「貴女は、満足してたけれど。でも、多くのものを失ったよ。言ってみればいいのに、嫌いだって。我慢して付き合うの、大変でしょ?」

 なんなの、この人。
 雑誌に目を落としたまま、喋り続けるこの女。
 私は、雑誌を丁寧に棚に戻すと鼻で笑って睨みつけて、レジへ向かった。

「奈留ー! まだ雑誌見てたわけ? 早く買いなよ」
「ちょっと待って、綾ちゃんっ! えーっと、情報によると今月出ている雑誌はあと一冊あるわけで」
「買いすぎ」

 私の脇を、ストレートロングの長身のお姉さんが通り抜けて、あの独り言女に話しかけている。
 奈留、という名前らしい。
 憶えてやった。
 睨みつけたら、奈留とかいう女は、ようやく私を見て。

「忠告は、してみたよ」

 と、真顔で言ってきたから、私。
 思わず手にしていたおまじないの雑誌を、爪を立てて握り締めた。
 何、あの女。
 やっぱり私に言っていたの? 何様のつもりなの? 
 頭悪そう、馬鹿みたい。
 一体私の何を知っているというの?
 最悪。
 苛々する。
 今日は、本当に、良い事がない。
 早く、家に帰って雑誌を読まなくちゃ。
 みずがめ座は、今月の運勢どんな感じかな?

 帰宅後、私は自慢の可愛い部屋で雑誌を読んでいるのにイライラが止まらなかった。
 あの奈留って女の声が、こだましてる。
 うるさい、うるさい、うるさい。

 誰にも迷惑をかけてないわ。
 私、何か悪い事してる?
 してないと思う、大丈夫。
 私だって、自分を主張する権利はあるでしょう?
 本当は、嫌いだったの、ずっと。
 だから、何だっていうの?
 私一人くらい、彼女の事を嫌いでも罰は当たらないわ。
 そう思うでしょ?

 親友が嫌いでも、いいじゃない。
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登場人物紹介

松長友紀:この話での主人公。小学四年生。

見た目に反して、大変性格が悪い。

田上浅葱:友紀の親友。才色兼備な美少女。本編の主人公。

門脇実:浅葱が密かに想いを寄せている、ガサツな少年。

松下朋玄:由紀が密かに想いを寄せている、イケメン小学生。優等生で、頭も良い。気障なのがたまにキズ。

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