第96話 断ち切れない鎖 4 ~産声~ Bパート

文字数 5,061文字


 そしていつもならこれで話が終わるはずなのに、今日の咲夜さんグループは昨日の事もあってかしつこい。
 自分の所に引きずり込んだ後、更にこっちを見ながら咲夜さんに何かを言っている。優希君の事以外にもまだ何かあるのか、今度は本当に何を言っているのか分からないくらいの声量で話し込んでいる。
 ただ優希君に告白する以上に抵抗のある事なのか、本気で嫌がっているのが傍目に見ても分かる。
 その様子を蒼ちゃんが鋭く厳しい

で見ている。
 さすがにこれ以上見ていられなくなった私は、咲夜さんグループの中へ足を運ぶ。
「あんたらさぁ。私に何かすんのは勝手だけどさぁ、嫌がっている私の友達を巻き込むのは辞めてもらえる?」
「私の友達って……咲夜とはこっちは一年の時からつるんでんだよ。三年の途中からしか喋ってもいない学校の犬と一緒にすんなよ」
 そう言って私を弾いて何かの話を続ける咲夜さんグループ。咲夜さんと昨日も話していたから何とか咲夜さんにきっかけを作って欲しかったけれど、私のやり方も上手くないのか中々うまく行かない。
 その上、気付けばもうすぐ朝礼の始まる時間。これ以上踏み込むには圧倒的に時間が足りない。
 ここでも咲夜さんの気持ちは分かっているのに、“悪意”と言う“鎖”に阻まれてあと一歩が届かない、踏み出せない。
 咲夜さんが上げようとする声を、自分たちの都合の良いように話を作り変えて消してしまう。更に時間の長さが絶対優位だと勝手に思い込んでいる咲夜さんグループ。
 でも私はそれも間違っている事、違うと言う事を朱先輩からジョハリの窓、信頼「関係」を教えてもらって、それを優希君を通してもう理解までしている。
 咲夜さんに限らずこの二つのグループの中には“共有意識”はあっても“信頼「関係」”は無い事に私は、気付いている。
 ただ、そこまで分かっていたとしても
「じゃあそろそろ朝礼を始めるぞー」
 先生が入って来たから、もう引き上げるしかなかった。


「何かあったのか?」
 いつもより教師内の空気が殺伐としているのに、静まり返っている空気にいぶかしむ先生。
「……」
 私は目配せをして先生に咲夜さんと実祝さんを気にしてもらえるように合図を送る。
「月森。何かあったのか?」
 そして昨日休んでいた事も合わせて気が付いてくれたのか、咲夜さんに声を掛ける先生。
「あの――『昨日は夕摘さんを見てましたけど、もう岡本さんには飽きたんですか?』――」
 せっかく咲夜さんが口を開きかけたのに、それすらも封殺してしまうつもりなのか、女子グループが悪意を感じるタイミングで茶々を入れて来る。
「お前なー。先生にかまって欲しいなら、もっと可愛げをみせろよー」
 そしてその茶々には冗談で返してしまう先生。

 そしてそのまま話が流れてしまう。だから女子生徒も咲夜さんグループも一息ついたのだろうけれど、
「昨日。校内で暴力騒ぎがあった。しかも一人は残念な事にこのクラスの生徒だ」
 先生の言葉に教室中に緊張が高まる。
「俺は見ての通りまだ若い。だから教師を初めてまだそんなに経っていない。だから俺が今までに見てきた生徒の数も、送り出した生徒の人数も他の先生方に比べたら少ない。でも、俺が今まで見て来た生徒で暴力は無かったぞ。お前らの中にはもう18になった者もいるだろ。学生の間は意識も薄いだろうけど世間に出たらもう自分の事は自分で責任を取って行かなくてはならない社会責任が発生するんだからな」
 朝から先生の目が潤む。昨日、先生と面談の時、話して、そして今の先生の話を聞いて、やっぱり先生は先生で生徒の事を考えてくれる良い先生なんだって、改めて思いを強くする。
「……」
 だから私は先生に頑張って欲しくて、少しでも先生に自信を持って欲しくて、先生に小さく笑顔を作る。
「……お前らが今年受験で、ものすごいプレッシャーがかかっている事は俺も通った道だから理解してる。でもそれを他人に当たっても仕方ないだろ。みんな同じプレッシャーの中でやってるんだから、一人だけスッキリとは行かないだろ。それにスッキリ出来たとしても、受験自体が消えてなくなる訳じゃ無いんだ。だったらあと半年我慢したら終わりだろ。“推薦”入試で終わらせることが出来たら正味あと四ヶ月ほどだぞ? 俺は誰一人欠ける事なく、このメンバーで卒業式を迎えたい。出来る事ならお前ら全員にこの学校を卒業して、俺が最後の担任で良かったと思って欲しい」
 先生の話を聞いて机に顔をうつむける実祝さんと、肩を震わせる咲夜さん。以降、それを厳しい

で見る蒼ちゃん。
 そして私より後ろの席にいる、女子数人は先生からしかその表情は見えていない。
 ただ万が一最悪の事を想定すると、先生に対しても一生癒えない傷が付いて残ってしまうんじゃないかと危惧する。
「だから敢えて今この場で個人名を出す事はしない。昨日の放課後の件で心当たりのある生徒は放課後に職員室まで来て欲しい。あと月森。昼休みで良いから職員室の俺の所まで来てくれ」
「……」
 肩を震わせたまま咲夜さんが首を縦に振る。
「それじゃ解散!」
 咲夜さんの首肯を確認した先生が朝礼の終わりを告げて教室を出て行く。


 先生からの目配せを感じた私は、蒼ちゃんに声を

、廊下へ出た先生を呼び止める。
「先生。咲夜さんに気付いてくれてありがとうございます」
「ああ岡本。ありがとう。岡本のその笑顔に助けられた」
 先生もまだ潤んだ瞳をわずかに残しながら、私に軽く頭を下げる。
「先生。ここは廊下なんですからそう言うのは辞めて下さいよ。いつもみたいに頼れる先生でいて下さい」
 そう言って頭を上げてもらったところで、
「昨日の放課後、その現場に居合わせて後輩二人を守ったんだってな。今朝の職員会議で名前が挙がっていて、養護教諭が感謝してたぞ」
 昨日の放課後、私からも手ならぬ足を出してしまったけれど、どう言う風の吹き回しなのかあの腹黒教師が私を持ち上げたみたいだ。
 本当ならあんな腹黒に借りを作るなんてまっぴらごめんなんだけれど、
「たまたま面談帰りに立ち寄って目撃できただけですから。だからそれを言うなら、昨日のあの時間に私との二者面談を組んでくれた先生のおかげでもありますよ」
 久々に先生の笑顔を見ることが出来た私は、あの腹黒に借りを作っても良いかなと思い直してしまう。
「……岡本が俺と同じ学年だったら――」
「――先生。ここは廊下の真ん中ですよ。私は先生にはずっと先生を続けて欲しいんです……先生の理想とする先生を目指すんですよね」
 そんな私に、先生の口から溢れてしまいそうな私への気持ちを口にしそうになる先生。私はそれを励ましながらやんわりと止める。
「……そうだな。スマン。それにしても俺の気持ちはあいつに届くかな?」
 先生が不安そうに私の足を蹴った足癖の悪い女生徒を見やる。
 そこまで先生が気にしたらしんどいと思うのだけれど、先生は不器用な上に優しすぎるのかもしれない。
 でも、この事で先生が傷つく事は無いのだ。
「先生が不安そうにする事は私は、無いと思います。先生もまたあの女生徒に機会と考える時間、それとみんなの前では悟らせることもしないと言う最大の気配りまでしたんですから、ここから先はあの女子生徒の責任です。例え18になっていなかったとしてもある程度の責任は自分で取らないといけないと思いませんか?」
 本当は学校と言う箱の中にいる以上は、先生が責任を追及されのだと思う。でも私は先生の気持ちを少しは理解できていると思うのだ。もちろん先生からしたら子供である私の意見なんて大した事も無いとは思うのだけれど、先生の生徒として言葉を紡ぐ。
「なんか岡本にそう言われるとそんな気がしてくるから不思議だな。なんか俺が新米教師だった時に受け持った生徒の事を思い出すな」
 そう言いながら過去に思いを馳せているのか遠い目をする先生。
 私がその話を聞こうとした時、
「ほら。もう授業始めるぞ」
 担当教科の先生が私に声を掛けて教室の中に入って行く。
「今度機会があったらその話を聞かせて下さいね。後お昼休み、咲夜さんの事もお願いします」
 先生の返事を聞かずに、私は午前の授業を受けるために教室へと戻った。


 そして昼休み。私が蒼ちゃんの所にお昼を誘いに行こうと思っていたら、私に聞きたい事があったのか、蒼ちゃんの方から、
「愛ちゃんに聞きたい事がいくつかあるから、お昼一緒しよ」
 まあ。朝の先生との事だと思うけれど、理由なんてなくたっていつも一緒にお昼しているのに。
「分かった。じゃあ今日は中庭の方に行こ」
 気が付けば実祝さんも、呼び出されていて咲夜さんもいない教室。私は安心して蒼ちゃんとお昼をするために中庭に足を運ぶ。

「愛ちゃん。あの先生と何かあったよね」
 そして開口一番ズバリを聞いてくる。
「別に何かがあった訳じゃ無いけれど、強いて言うなら昨日の二者面談の時にちゃんと先生と話をしたって事くらいかな」
 その時に先生の気持ちも私に対する想いも分かったけれど、蒼ちゃん相手でも直接言われた訳じゃ無い事は口には出来ない。
「あの先生の愛ちゃんを見る目。普通じゃなかったのに大丈夫なの?」
 思わずビックリするくらい咲夜さんと瓜二つな事を言う蒼ちゃん。本当なら咲夜さんの話題をこのまま出したい気持ちではあった。
でもその気持ちが本心だったとしても、私を心配してくれている蒼ちゃんに茶々を入れるような事は言えなかった。
 それよりかは今まで色々な事があって蒼ちゃんにも相談して助けてもらった手前、ある程度はちゃんと話した方が良いのかもしれない。
 だから私は二者面談の時の話、先生は先生の夢を持って先生になった事。そして夢が叶ったからと言って全てがうまく行くわけじゃないと言う事、もう一度私の相談を聞きたいと言ってくれた事……そして実祝さんと咲夜さんを担任の先生お任せした事を、順を追って蒼ちゃんに説明する。その上で
「私は今まで色々あったけれど、やっぱり私の中では頼れる先生のままだから、私は先生の気持ちも何も知らない。だから蒼ちゃんの知りたい事に多分答えられない。ごめんなさい。それと今までありがとう」
 私は蒼ちゃんに対して不義理を働いた事に頭を下げる。
 当然今までは散々蒼ちゃんにお願いをしてきて、今度は勝手に良い先生なんて言っているわけだから、蒼ちゃんから
「やっぱり愛ちゃんは愛ちゃんだねぇ」
 お小言を貰うと思っていたのだけれど、蒼ちゃんの口から出て来た言葉は、蒼ちゃんが私を赦す時にだけ出て来る言葉だった。
「蒼ちゃん怒ってないの?」
 恐る恐る頭を上げた先には“しょうがないなぁ”の視線を向けて来る蒼ちゃんがいた。
「怒るも怒らないも、愛ちゃんの優しさに怒っても……」
 言いかけた言葉を途中で止めて、何故か何かを納得したような表情を浮かべる蒼ちゃん。
「えっと。どうしたの? 蒼ちゃん」
「蒼依。空木君の気持ち、分かったかも。前の分も合わせて聞きたい事が増えたから、一回三人でお昼しよ」
 どうしたのかと思えば突然優希君の話に変わっている。
「分かったよ。なるべく早くに機会を作るね」
 そして前にも言われていたからと二つ返事をするけれど、不思議と蒼ちゃんだったら優希君と会いたいと言われても親友と彼氏が仲良くしてくれるのは嬉しい事だと純粋に思えるだけだ。
 なのに、心から信頼して大好きな朱先輩のはずなのに、どうしてその朱先輩だと、違う気持ちに、会わせたくない、仲良くしているところは見たくないと思ってしまうのか。
 直接聞くのは失礼になるからと、私が今後この事をどうやって朱先輩に聞こうかと考えていたら、
「あ! 愛先輩っ! 良かった! 中庭にいらしたんですね。お食事中すみません。今すぐ二年の所まで来てもらっても良いですか?」
 いつかの時と同じような言葉を中条さんが口にする。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
         「……雪野と彩風が暴力騒動の事で……」
             愛ちゃんを呼んだ理由は……
     「昼休み副会長とお昼をしてた時って? あの昼休みの事?」
              繋がるあの日の話
                「……」
              誰の何の想いなのか

           「やっと来たわね。ハレンチ女」

         97話 善意の第三者 4 ~ 怒りの矛先 ~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み