第9話  母子関係優先の壁

文字数 5,033文字

 その頃、翌年春に満60歳の定年を控えていた達也は、それまで勤めてきた会社の再雇用制度を選択することなく、そのまま退職する考えを固めていた。離婚裁判という重荷を背負って仕事を続けることが精神的に耐えがたいものになってきたことと、なんとしても親権を勝ち取るために裁判所に対して麻奈美の監護養育体制が日常的に整っていることを示すためである。
 裁判はエリカにも代理人がついて仕切り直しとなり、審理がやり直されることになったのだが、担当する裁判官の方も上席の宮本から若い高木に代わっていた。審理は双方が主張の書面を出し合うという形式どおりの攻防がしばらく続いていたが、高木は家事調査官による調査を早期に実施したい腹積もりのようであった。調査官の調査はお互いが別居している中で実施されることが普通であるので、今回のように両親が同居している状態で子どもとそれぞれの親との関わりの度合いを調査するというのはそれほど事例がある訳ではない。
 そのためか高木は、驚いたことに無理やり別居状態をつくることを提案してきた。三ヶ月ほどの期間に分けて両親それぞれが長女と一緒に暮らし、その状態で調査官にそれぞれの環境下での生活の様子を観察させようというものである。この提案には達也が強硬に反対した。別居期間中の双方の生活費のほとんどは達也が負担することになるのであるし、いかに生計能力を欠いたエリカでも三ヶ月程度であればなんとか取り繕うことだってできる。第一、実験台に供される麻奈美が可哀そうである。
 高木の提案にあったように多くの場合、離婚寸前には夫婦が別居状態にあることが当たり前のように考えられているが、それには日本が戦前の家父長制の時代から固執し続けてきた単独親権制度の下での子どもの親権争いが深くかかわっている。母親が別居を企てるときは一緒に子どもを連れて家を出るのが常套手段であり、そのまま離婚調停や裁判に持ち込んだ場合、親権を巡る争いでは子どもと暮らしている側が圧倒的に有利になる。家庭裁判所が好んで用いる、監護の継続性という判断基準である。
 そのため多くの弁護士は母親側から離婚相談を受けると、まず子どもを連れて別居することを指南する。とにかく既成事実をつくるためである。こうなると父親が親権を勝ち取るのは不可能に近い状況が生まれてしまう。それだけにとどまらずその後の面会交流も拒まれ、そのまま父親が我が子とは会えなくなってしまうというおぞましい事例がこの国には数多く存在する。
 一方的な子どもの連れ去りが、明確な犯罪行為と見なされる欧米先進国では日本とは大きく異なり、夫婦の離婚問題と子どもの権利は切り離して扱うべきであるとの認識が遍く共有されている。両親の離婚を機に片方の親と会えなくなってしまうなどという状況は、子どもにとって精神的虐待にも等しいものであると考えられているのである。また、多くの先進国では早くから離婚後共同親権が認められており、離婚後の単独親権制度を採用している日本は先進国の中で極めてまれな存在である。
 そしてこの国にあっては、子どもの人権をないがしろにするような親子の生き別れを容認しているのがほかならぬ家庭裁判所であることを達也も聞かされてはいたが、それを象徴するかのような高木の提案であった。結局、達也の強い反対によって現状を変えず同居したままでの調査が実施されることとなった。
 達也は、この家庭調査も裁判を進めるうえでの必要な手順に過ぎず、それ以上のものではないだろうとさほど重視はしていなかったし、花沢からも普段通りで、との助言しかなかった。ところが調査官による調査こそが、裁判所における審判の行方をほぼ決定づけるほどの重要な意味合いを持つということを、その後いやというほど思い知らされることになる。その点、相手弁護士の金谷は十分につぼを心得て対策を講じていた。調査官による家庭調査の当日には、エリカの日本語が不完全であることを理由としてボランティアの女性通訳人を伴わせる手はずを整えていたのである。これがただの第三者的な通訳ではなく、金谷が明確な目的をもって送り込んだ、言わば離婚請負人とでも称すべき刺客であったことは、後になって解ることである。
 というのも、この通訳人の代筆によって誇張、脚色されたエリカの陳述書では、達也側が参考資料として提出した日記の中にフィリピン人に対する偏見、蔑視をうかがわせる表現があり、それこそが婚姻破綻の最たる原因であるとの主張がなされ、それが後の判決文にも引用されるほどの影響を与えることになるのである。
 調査官は、二度の離婚調停にも同席していた相沢がそのまま担当した。調査実施当日、相沢が予定時刻通りに姿を現す前に通訳人は達也宅に到着していた。普段ならば散乱している玄関の履物も、この日はエリカによってきちんと揃えられている。金谷の助言に従った演出であろう。
 面接はリビングルームで行われ、最初に麻奈美がエリカと接する母子の様子が調査官によって観察された。もちろんくだんの通訳人も同席しているが、席をはずしている達也にはその様子が解らない。次に麻奈美だけが一人残り、幼児用父母イメージカード(通称くまちゃんカード)により、お遊びの雰囲気の中で調査官との面接が行われた。
 その後に呼ばれた達也は、リビングで特に意識はせずに麻奈美の椅子から少し間をあけて座り、
「麻奈美、一緒にお絵かきをしよう。」
普段通り声をかける。その父子が接する様子も調査官によって注意深く観察されていた。
 最後に達也の母マサ子が呼ばれ、主に麻奈美とのかかわりなどについて日常の様子が聴取されたが、これだけは調査官に訴えようとした、過去にあったエリカによる暴言行為については無視されたようである。
 相沢は一時間ほど滞在したのち、次の調査先である麻奈美が通う保育所に向かった。保育所では達也も朝夕の送迎などで顔を見知っている所長や担当保育士が、エリカの怠慢によって欠席が目立つ麻奈美の通園状況などについて説明してくれるだろう。
 達也はその前年から麻奈美を単なる託児的意味合いの一時保育から、小学校入学に備えた全日保育に切り替えさせていたが、約束であったその保育料二万五千円は、エリカの銀行口座から引き落とされたことは一度もなく、達也がすべて尻拭いしている。エリカの都合で欠席が多いということは、その教育費も無駄にしていることに他ならない。

 ただ達也にとって気がかりだったのは、子どもとの密着度合いで比較すればどうしても母親有利になってしまうという花沢の語っていた家裁の常識である。ネット上に氾濫している子どもの親権を巡る争いに関する情報でも、裁判で父親が幼児の親権を獲得することは極めて困難であるなどと、まことしやかな体験談として語られているではないか。
 果たして達也の抱いていた不安は、現実のものとなる。三週間後、裁判官あてに提出された調査報告書では調査官の意見として、
「調査結果を総合すると、長女は被告に対してより強い愛着心を抱いていると認められる。このことは、本件において親権者を指定するに当たり、重要な要素と考える。」
と結論付けられていたのである。
 報告書には、一見、客観的と評価できる詳細な観察結果が列記されているが、そこからどうしてこのような結論めいた意見が導き出されるのか、達也にはどうしてもその判断過程が理解できなかった。
 その調査報告を受けた金谷の対応は素早かった。2020年3月、家庭裁判所に「子の監護者の指定申立書」を提出したのである。これにより法廷での争いは本来の「離婚訴訟」と「子の監護者の指定」を巡る二本立てで進められることとなり、ますます泥沼化の様相を呈してきた。
 子の監護権とは親権の一部を成すもので、離婚成立前に親権者を両親のどちらにするか定まっていないような場合でも、別居の蓋然性が高いことを理由としてその指定を受けることにより、いわば裁判所のお墨付きを得て公然と別居を強行できるのである。
 一旦、監護者として指定された側の親は、特別な事情でもない限りそのまま親権者に指定されるのがほとんどである。このことからすれば、金谷は別居を促すためというよりも事実上の親権を獲得するために、その前段としての監護権を確保する作戦に出たことは明らかであった。
 その金谷の思惑通り高木は申立から一ヶ月後、あっさりとエリカを監護者と定めるとの審判を下したのである。これで麻奈美の親権を巡る争いは新たな局面を迎え、達也側は完全に窮地に立たされることになった。

 家庭裁判所で下された審判を不服とする場合、二週間以内に高等裁判所に抗告する途は残されているが、それはわずかな可能性に賭けた手段である。かといって花沢に、この局面を覆すだけの打開策があるようにも見えなかった。
「この状況下で親権を失いたくないのであれば、訴訟を取り下げて離婚回避の和解に持ち込むほかにないと思われます。」
 追い詰められた達也が、思い余って本来の依頼人とは別に、セカンドオピニオンとしてメール上で相談した東京のある弁護士は冷静に現状を分析した。
 ただし、それとても相手側には取り下げに同意してもらう必要がある。要はエリカを説得できるかどうかであるが、ここまでこじれた状況で達也一人の力では到底無理ではないかと思われた。達也の方から仕掛けた裁判であるからエリカにしてみれば何と虫のいい話か、としか聞こえないだろう。しかし麻奈美を手もとで育てたいと思うのであればこの際、恥だのプライドだの、なりふりをかまっている場合ではない。
 そう考えた達也は話し合いの仲裁として、二人の結婚前からの理解者であり、達也夫婦が何かと世話になってきた早田貴子に入ってもらうことにした。裁判が始まってからも、エリカは幾度となく貴子の家を訪れ相談していたようでもあったからだ。
 話し合いの前日、達也は深刻な相談の前準備として、エリカを麻奈美と一緒に仙台市民の水がめ、釜房ダム周辺に整備された「みちのく湖畔公園」へのピクニックに誘った。ここは、麻奈美が歩き始めた頃から何度も遊びに連れてきているなじみの場所である。ちょうど桜の季節であった。麻奈美は勝手を知った庭のように広い公園の中を縦横無尽に走りまわり、エリカも久しぶりとなる親子水入らずの行楽を楽しんでいるかのように見えた。達也はエリカの閉ざした心が少しはほぐれてくれればと思いたかった。
 そして高裁への抗告期限前日、貴子の自宅で離婚訴訟取り下げに向けた話し合いに臨んだ達也は、エリカに語りかけた。
「離婚はこの先、いつでもできるが今ここでお互いに取り下げなければ裁判は自動的に進行してしまう。どちらが親権者になったとしても犠牲になるのは幼い麻奈美しかない。
 裁判に持ち込んだことを水に流してとは言わないが、二人で麻奈美のためにもう一度やり直すことを考えてもらえないだろうか。」
 もとより説得に整合性があるはずもなく、腹の中では不本意な思いではあったが、達也は誠意をもって語りかけたつもりだった。間に入った貴子も、エリカが別居して暮らすには経済面で不安があることはよく知っていたので、あくまでも第三者の立場でと前置きしながらも、達也と同様の語り口で助言をしてくれた。
 三時間以上に及ぶ話合いの中でエリカも穏やかな表情を見せるようになり、心もだいぶ和らいできたように見えた。話し合いの意味は理解できなくとも、両親の間の日頃の刺々しさが和らいでいることを直感的に感じ取ったのか、麻奈美は帰りの車の中では安心したような可愛い寝顔を見せて寝入っていた。その様子を運転しながらルームミラー越しに見ていた達也は、精神的な負担をかけた麻奈美に対して申し訳ないとの気持ちで一杯であったが、とりあえず、これで明日の家裁の審理では和解できるのではないかとの希望的観測に依っていた。
 しかし、翌日の裁判所で金谷弁護士に付き添われたエリカの口から洩れた言葉は、達也の淡い期待を打ち砕いた。
「やはり、離婚は取りやめたくない。」
 勝てる裁判の取り下げに反対する金谷から諭されたこともあったのだろうが、一度離れた心を引き戻そうと説得するには、あまりにも時間が足りなかったのである。
 エリカの意志を確認した花沢は、裁判官に告げるしかなかった。
「即時抗告いたします。」

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