4-17

文字数 2,795文字

 遼一が髪をざっと乾かして部屋に戻ると、悟の姿が見えなかった。ソファの足下にかばんが置かれてあるのをを横目で確認して、遼一は冷蔵庫を開けた。ペリエを開け、その半分をグラスに注いだ。
「悟ー、のど乾いてないか」
 遼一は声を張った。返事はなかった。
 中身を一気に飲み干して、遼一はバーカウンターに無造作にグラスを置いた。
「悟?」
 遼一は次の間と寝室をつなぐ扉を開けた。扉は完全には閉まっていなかった。指で軽く押すだけで、音もなく扉はスーと開いた。
「悟……疲れたか?」
 担任の大塚からもらった電話では、悟はかなり参っているようだった。遼一はクイーンサイズのベッドの縁に腰かけた。スプリングが心地よくその体重を受け止めた。
 シーツの隙間から悟の頭の先が見えていた。その髪を、遼一はそっと撫でた。悟はびくりと大きく震えた。震えながら遼一の手をつかんだ。
 細い指は意外な力で、遼一の身体を引き寄せた。その勢いで上掛がめくれ、桃色の肌が現れた。悟はその身に何もつけず、裸のまま大きなベッドで遼一を待っていた。震えながら、悟の手はもどかしげに遼一の肩からバスローブを払った。
 遼一は逆らわず、悟の身体の上に倒れ込んだ。悟の指が遼一の髪に絡む。悟の若い肌は、吐息は熱かった。その熱は遼一の欲望を煽った。優しくしてやりたい気持ちとめちゃくちゃにしてやりたい衝動が、同時に遼一の胸に燃えた。遼一は悟の桃色の裸身をくまなく指で、唇で、舌と歯で責めた。悟が快楽と苦痛に陶酔するさまは、遼一をさらに駆り立てた。執拗に加えられる感覚にこらえきれず悟は痙攣した。悲鳴にも似たあえぎが白い歯の隙間から何度も漏れた。この声。その身を反らして、膝を震わせ、遼一の与えた快楽にさらわれる幼い小鳥。
 悟は快楽の海に溺れて脱力した。そうさせた自分の効果に遼一は満足し、残しておいた悟のもうひとつの快楽に踏み込んだ。悟の放出した快楽を、大切にとっておいた楽園の扉に塗り込んだ。悟の咽からまた叫びがもれた。苦痛を訴えるようなその叫びが、その実遼一のさらなる侵食を誘っていることを遼一は知っていた。その証拠に、悟の腰が淫らにくねった。その太腿は遼一を拒みもせず、受け容れるように緩く開いた。
 遼一は悟の楽園の扉を、時間をかけてゆっくりと開いた。悟が大きく崩れるところをすでに遼一は知っていた。指で楽園を出たり入ったりしながら、遼一は注意深く悟の快楽を導いた。決定的なその場所を避け、ときにはわざとそこをかすめて、悟の身体中を欲望で満たす。もう一秒も待てないところまで悟を焦らして追い詰めた。焦らされきって、悟は泣いた。
「遼一さんお願い、もう……」
 遼一は悟の瞳にあふれる欲望の光をのぞきこんだ。それは嘘など入り込む余地のない、動物の純情だった。悟も自分の瞳にこれを見つけてくれればいいと遼一は思った。
 遼一は悟の腰に枕をあてがい、楽園の奥へ身体を深く沈み込ませた。
 九月に初めて抱いてから、こんなに長く触れずにいたことはなかった。獣のようにベッドの上を転がって、悟の楽園をより深くえぐった。いつもの煎餅布団の上と違い、わずかな動きが弾けて快楽を増幅した。理性は遙か後方へ吹き飛び、悟は泣き叫びながら遼一の腰を離さず、遼一は悟をより大きく叫ばせることしか考えられなかった。悟が泣けば泣くほど、その身体は遼一の器官をむさぼるように大きく震えた。遼一のコントロールを失った動きは悟を、そして遼一自身を昇りつめさせた。

「こら、さー、寝るな。今眠ったら朝になっちまうぞ。腹減ってるんじゃないのか」
「ん……」
「メシ食おう、メシ」
「んー」
 遼一が揺り起こしても、悟はなおも眠そうにベッドで丸まっていた。
「ほら、もうすぐ七時だ。俺は腹減ったぞ。メニュー取ってくるから。眠るなよ」
 遼一は悟の目許にチュッとキスをして立ち上がった。悟の払い落とした白いタオル地のバスローブを拾って肩にかけ、次の間からルームサービスのメニューを持ってきた。
「さー、何食いたい?」
 悟は遼一の突き出したメニューに、目をパチクリさせた。
「遼一さん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何が」
 部屋は充分暖かいが、受験生が万一風邪を引くなんてことがあってはいけない。遼一は椅子の背に行儀よくかけられたもう一枚のローブを取り、ベッドの悟の身体の上に投げかけた。窓に向けて置かれたテーブルと椅子のセットは猫足に刺繍で、骨董品のようだった。
 遼一がバスルームにいた間、悟は悟なりに考えたのだろう。どうしたらもっとも遼一を自分に夢中にさせることができるか、選択肢を吟味したに違いない。そうして寝室のベッドで、一糸まとわぬ姿で遼一を待つことにしたのだ。この椅子の背のバスローブに、遼一はそれを感じとった。羞恥をこらえてローブを脱ぎ、ベッドに潜り込んで――。その様子が目に浮かぶ。
「オードブル、こりゃ酒のつまみだな。洋食、和食、中華、何でもあるぞ」
 遼一はベッドに腰かけ、悟が見やすいように身体の横でメニューをめくった。悟は遼一がかけてやったローブに腕を通しながら、遼一の手許をのぞき込んで、言った。
「……何か、ずいぶん、高価くない?」
 悟は首を振った。
「何も部屋で食べなくったって」
 遼一は鼻歌交じりにページを行きつ戻りつした。
「莫迦。学生服着た中学生連れてホテルの中をうろうろ歩けるかよ。着替え、ないんだから」
 悟はベッドに腕を突き、遼一に食ってかかった。
「じゃあ、コンビニで何か買ってくるとかさ。いくらなんでも贅沢すぎるよ」
「悟」
 遼一は悟の顔をのぞき込んだ。
「俺がお前のために贅沢するのの、どこが悪い」
「だって……」
「いいの。俺にとって、お前はそのくらい価値があるって、それだけ」
 悟は真っ赤になって黙り込んだ。遼一は視線を再びメニューに戻した。
「大体お前が悪いんだぞ。俺の気持ちを疑って、思いあまって俺を振ろうなんてするから。だから俺は俺の気持ちを、躍起になって見せつけなきゃならなくなる」
 悟は照れくさいのか嬉しいのかひと言も発せず、ひび割れた唇をかんだ。
「それが嫌なら、最初からああだこうだ文句言うなよな」
 悟は「ごめん」と言って、ページをめくる遼一の指を握った。タオル地にくるまれた、細い身体が遼一に寄りかかった。
「俺はもう手加減しないよ。年の差ハンデを取っ払って、全力でお前を甘やかすから。それがお前の人格形成に悪影響があろうが何だろうが、一切考慮しない」
「遼一さん……」
「覚悟するんだな。さあ、まず手始めに、さーの食いたいものは何でも注文するぞ。早く決めろ」
 悟は恐る恐る、魚介のトマトソースパスタにフリッタータを選んだ。遼一はそれにフライドチキンとサラダ、果物盛り合わせを加えて注文した。料理に合わせてビールかワインでも頼もうかと思ったが、止めた。冷蔵庫のペリエを追加することにした。
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