ホーム

文字数 1,527文字




「送ってくれて、ありがとう」
「実家には寄らないで良かったの?」
「うん、今日中に東京に戻らないと……この列車逃すと乗り換えの連絡が悪いのよ」
「そうか……」
「母にはさっき電話しておいたから……」
 
 雪が激しくなって来た。
 駅に近づいて来るディーゼル列車は、もうヘッドライトを点けている。
 浩にとっては見慣れた風景だ。
 六年前の絵美にもそうだったはず、しかし、今は近づいて来る列車をじっと見つめている。
 そう言えば、あの頃は、絵美は母親を『お母さん』と呼んでいたっけ……。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 絵美は高校の同級生。
 雪深いこの地方では通える高校が限られる。
 浩と絵美が通った高校は一学年が一クラス、半数以上が就職するが、ずば抜けて勉強ができた絵美は東京の大学に進学、そのまま東京で就職した。

 クラス会は一年おきに開き、今回が三回目になるが、絵美が出席したのは初めてだ。

 同級生の中で、今でもこの町に留まっているのは浩ただ一人。
 しかし、他も最寄りの地方都市に出ただけのこと、東京へ出たのは絵美ただ一人だった。
 それをこれ見よがしに見せびらかすわけではないが、自然と身についた大都会の香りは、同級生たち、とりわけ女子を惹き付け、絵美は同窓会の花形だった。

 しかし、同窓会がお開きになった時、絵美が身につけたのは、高校時代のダッフルコートとウールのマフラー、そして毛糸の手袋だった。

「うん、薄いコートとスカーフ、皮の手袋で来ちゃったんだけど、こっちの寒さと雪を甘く見てたな、しばらく離れてて忘れちゃったみたい」
 
 洒落たスーツの上からそれを着込む時、『それ、ちょっとミスマッチだね』と言う女子の言葉に、絵美は笑いながらそう答えた。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 昨日の内にこちらに帰ってきて実家に泊まったが、実家には寄らずに東京に戻ると言う絵美を、俺は駅までクルマで送ってやった。
 積もる話はまだまだあったはずだったが、クルマの中で絵美はなにやら物思いにふけっている様子。
 会話は乗り継ぎの話だけだった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あったかいな」
 ホームで列車を待つ間、絵美はポツリと呟いた。
「え?」
「コートとマフラーと手袋……あったかい」
「うん、それ位は着込まないとな」
「そうだね、そんな事も忘れてた……」
 口元まで巻いていたマフラーをずらしてそう言った時、絵美の顔に笑顔はなかった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ホームに列車が滑り込んで来る……。

「ねえ、また同窓会あるかな……」
「ああ、俺、幹事だから……一年おきにやってるよ」
「うん、わかった……今度は再来年ね」
「良かったら来年もやろうか?」
「そうしてくれると嬉しいな……きっと来るから」
「わかった……じゃあ、気をつけてな」
「うん、浩も元気でね」
「丈夫なだけが取り柄だよ、じゃあな、また来年」
「うん」

 絵美はかすかな笑みを浮かべて列車に乗り込んだが、扉が閉まってしまうと、その笑みは消えてしまった。

 列車がホームから離れるまで、絵美はガラスに顔をくっつけるようにこちらを見ていた。
 俺は小さく手を振りながら、絵美を乗せた列車が降りしきる雪の中に消えてしまうまで見送った。
「……また来年……長い冬になるな……」
 俺はそう呟きながらホームを後にした。

(終)
 
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