雨のち花嫁

文字数 1,036文字

 てるてる坊主を作るのは何十年振りだろうか。
 私は買っておいたクラフト紙をわしゃわしゃと鳴らしながら、発泡スチロールの球を一個取って包んだ。
 明日は、朝7時には身支度を済ませて玄関に集合とのことだが、もうすぐ深夜1時になろうというのに私はこんなことをしている。

 もうすぐ30歳になる姉が結婚を切り出したのは1年前の話で、その頃には逗子の結婚式場を予約していたらしい。両親も突然のことで面を喰らっていたが、姉は昔から言い出したら曲がらない人だから誰も反対はしなかった。
 相手は小さな出版社で編集をしている人と聞いていた。姉が彼を家に連れてきたとき、その肩書き通りの出立ちに驚いた。チェックのワイシャツに、少しだけカジュアルなチノパン、それにポケットのないスタイリッシュなリュックを背負ってきた。丸めの眼鏡の奥に光る目が思慮深そうで、勢いだけで中央から突破していく姉とは真逆のタイプに見えた。街中で別々に歩いている姿を見たら、とても夫婦だとは思わないだろう。それでも二人でいると夫婦に見えるから不思議だ。
 
 姉の結婚の話を聞いた翌月に、私は4年半付き合っていた彼氏と別れた。
 彼氏に何か悪いところがあったかと言われると、正直よくわからない。ただ、良いところがあったかと言われてもよくわからない。それでも姉と姉の彼が一緒にいる姿をみたときに、私は当時の彼氏と結ばれることはないと本能的に悟ったのだと思う。
 
 ふと、てるてる坊主を作る手を止めると、外の雨音が聞こえてきた。雨どいが詰まりかけているのか、水の塊が落ちていく音が時折してくる。
 ヨーロッパでは6月はいい気候で、さらに女神ユノと掛けてジューンブライドと呼び始めたそうだ。日本はご覧の通りおよそ結婚式に適した時期ではないが、姉はジューンブライドに憧れていたらしい。さらにガーデンウエディングも譲れず、ある種の博打のように6月のガーデンウエディングに決まったそうだ。姉のいないところでは、ずっと母が「やめておけばいいのに」と言っていたが、いかんせん姉が頑固者だから諦めていた。

 私はせっかくなら晴れてほしいし、姉には快晴が似合うと思う。そんなことを考えながら、5匹目のてるてる坊主を仕上げて並べた。こうして並ぶと、どこかのアイドルグループみたいだ。

 カーテンレールにぶら下げて、私は彼らに手を合わせた。
「どうか明日、午前中だけでもいいので、晴れにしてください!」
 返事をするように、遠くでオートバイが走り去っていった。
 
 

 
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