52 〈創星譜〉

文字数 7,693文字

 わたしはすぐには口を開くこともできなかった。ただ立ちすくんで、彼の目を穿(うが)つように見据えた。向こうもまた、こちらをひたむきに見つめている。その顔つきは、至って真剣そのものだ。
「ルータは?」彼は唇から指を離してたずねた。
「少し外してるだけ。すぐ戻るわ」わたしは(かす)れ声でこたえた。「……ねぇ。あなた、いったい――」
「来たようだ」
 青年の言うとおり、詰所の方から二人ぶんの足音が近付いてくる。わたしは二人を驚かせないよう、ドアの外で彼らを出迎えた。そして手短に事情を説明した。
 ベッド脇のテーブルにコーヒーカップを置くと、ルータとイサクは共に険しい表情を浮かべ、突然の訪問者に迫った。わたしもそれに加わり、三人で一人を包囲した。
 わたしは顕術で病室のドアを閉じた。
「なにしに来たの」イサクが相手を下から()めつけた。「もう面会時間は終わってるよ」
 今夜もテンシュテットはいつもの革ジャケットを着ていた。ただし顔の下半分はマフラーに覆われ、上半分は鳥打(とりうち)帽のつばで隠されている。麗しの金髪と端正な(おもて)が見えないだけで、だいぶ素朴な風体(ふうてい)に見える。まるで、この辺の下町で生まれ育った生粋(きっすい)の地元民みたい。
「きみたちの手助けをしに来た」
 青年は帽子のつばを押し上げて目もとを露わにしながら、繰り返した。
「手助けだって?」ルータは目を点にする。そして首をかしげる。「いったい、なんの? きみはなにを言ってるんだ?」
 ぐいっとマフラーを摺り下げて、テンシュテットはもどかしげに告げる。
「きみたちがおじいさんを連れて出ていくなら、今夜しかないと思ったんだ」
 点にした目はそのままで、ルータは当惑の笑みを零す。
「いや、だから、なんでそうな――」
「僕は知ってるんだよ」青年は声は抑えたまま、息だけを荒げた。「きみたちの一族がこの世を去る時に、どうなるかを」
 わたしは息を呑んだ。
 頭のなかで巨大な星が爆ぜ、心臓がばくんと跳ねた。
「貴様」
 低い声で一言発するなり、イサクが右手をゆらりと持ち上げた。
 我に返ったルータが、すかさずそれを押し留める。
「待て」彼は歯を食い縛る。「待ってくれ、イサク」
「こいつはいったい何者なの!」ぎろりと兄を一瞥し、彼女は()える。「……まさか、ルータ兄ぃ。話したのか。あたしたちの秘密を」
「違うんだ!」テンシュテットはもげるほど強く首を振る。「違うんだ、イサクさん。ルータはなにも喋ってない」
「だったらなぜ……!」振り上げた手を降ろすことなく、イサクは容赦のない敵意を放つ。「……もしかして。じいちゃんを狙ってきたのか。そうなのか!」
「だから、違うったら!」耳の縁まで真っ赤にして、青年はさらに首を打ち振る。
 わたしは半歩身を引き、背後からそっとイサクを抱き締めた。そして全員の顔を静かに見回した。
「一度落ち着こう、みんな」わたしは言った。
 妹の腕から力が抜けていくのを感じたルータが、そろりと手を離した。
 それから深呼吸をたっぷり三度繰り返して、鉄みたいに重い息を吐きながら言った。
理由(わけ)を話してくれるかい、テン」
 青年はごくりと喉仏を震わせ、うなずいた。


 

は現在、王都中枢にある禁書庫の奥深くに保管されている――と彼は話し始めた。
 しかしその名が示すとおり、そこは王国内でも最も厳しく立ち入りが制限されている領域であり、そもそもそんな場所が存在していることすら、大多数の王国民たちは知りもしない。
 その場所の存在と、そこに収められているものの実態を把握している者は、中枢のなかにも数えるほどしかいない。そして僕はその一人なんだ、とテンシュテットは告白した。あとは、僕が把握している範囲では、僕の父や、亡くなった祖父を含む〈想河騎士団〉の代々の幹部たち、そして、〈長老連〉とトーメ国王陛下くらいのものだ。
 それが公海(こうかい)上の――つまりいずれの国家にも属さない法規領海外の――小島(しょうとう)で発見されたのは、かれこれ30年も前のことだ。
 偶然それを見つけて回収したのは、複数の国々から出資を受けて活動する民間の海洋調査船団だった。当時の状況の詳細については、今となってはあやふやな部分も少なくないのだけれど、ともかくそれは発見現場から最も近く、また最大の支援国でもあったホルンフェルス王国に、持ち帰られる運びとなった。
 多国籍からなる船員たちの目に触れたことから、それの発見に関する情報は大陸各地に伝わった。王都の国立図書館の資料室で、今でもその当時の新聞を閲覧することができる。そこには、おおむね出来事の内実に沿った正確な描写で、それ――即ち、

――に関する記事が掲載されている。
 だが残念なことに、こうした考古学上の新しい発見や話題の多くは、人々の好奇心を一時的には刺激しても、またたくまに日常の慌ただしさのなかで忘れ去られてしまうものだ。たいして世間の耳目(じもく)を集めないうちに、その発掘品に関する報道もまた、早々(はやばや)と終息してしまった。それから後は、夢想と浪漫(ろまん)を追求する好事家(こうずか)や学者たちが、ときどき思い出したように話の種にする程度のこと……。
 しかしそういった状況の裏側で、調査船団に名を連ねる国々は(ひそ)かに智力(ちりょく)を結集し、

――発掘された古代の遺物――の解読に全力で取りかかっていた。
 回収した当初のなりゆき上、ホルンフェルス王国が主導することになったその解読作業が完了したのは、それから実に、25年以上も後のことだっ――
「ねぇ」イサクが(とげ)のある声で割って入った。「さっきからいったいなんの話をしてるの。いいからとっとと……」
 さっと片手を挙げて、ルータが妹を制した。そして今いちど青年を直視する。
「ちょっと待ってくれよ、テン。その発掘物とやらが見つけ出されたのは、今から30年前だと言ったね」
 青年はうなずく。
「そして、その解析調査が終わったのが、そこから約25年後。……それってつまり、現時点から(さかのぼ)ると、ほんの4、5年前ってことか」
 さらに青年はうなずく。
 わたしは眉間に作っていた深い谷をぱっと平地にならして、小さく息を呑んだ。
「あれ。その時期って、なんだか……」
「カセドラの名が初めて歴史に登場した時期と、ほぼ重なる」ルータの両目がわずかに見開かれる。「……まさか」
 とどめを刺すように、青年は鋭くうなずく。そして注意深く口を開く。
「勘がいいね。そう、きみの予想どおりだ。その謎に包まれた古代の遺物には、〈顕導力学(けんどうりきがく)〉と今の世に呼ばれる未知の科学の概念と基礎理論、そして〈カセドラ〉の名を冠せられることになる人造躯体(くたい)の設計図――つまり〈青写真(あおじゃしん)〉――の情報が、記録されていた」
 こちら側の三人は、呆気にとられて互いの目を見あわせた。どの青の瞳も、当惑と驚きで満たされている。
 どわっと風が吹きつけて、窓がびしびしと鳴った。隙間風に(あお)られて、まるで幽霊がいたずらでもしているみたいに、カーテンがはらりと揺れる。老師の枕もとの灯火(ともしび)も、それと一緒にかすかに震える。
「テン」ルータが気を取り直して呼びかける。「さっきから言ってる、

っていうのはいったい……」
「〈創星譜(そうせいふ)〉」青年は丁寧な発音で告げる。「僕らはそう呼んでる。聞いたこと……ないよね?」
 三人で一斉に首を振る。
「初耳」イサクが上下の歯を噛み合わせたままつぶやく。
「それが当然だよ」青年は言う。「だって各国の政府上層が、未来永劫に渡って一般には公開しないという秘密協定を結んでいるんだから」
「……あんな、人にそっくりなかたちをした巨大兵器なんていう途方もないもの、いったいどこから降って湧いた発明なんだろうって、ずっと疑問に思ってたけど」わたしは片手をぺたりと自分の頬に押しつけた。「まさかそんなところに起源があったなんて……」
「で、それが今なんの関係があるの」もどかしげに壁の時計と祖父の寝顔を見やって、イサクが嘆息する。「あの下品なでかぶつがどうやって造られるようになったかなんて、どうでもいいことだ。ちゃちな科学云々(うんぬん)だって、人間どもだけで勝手にごちゃごちゃやってればいい。あたしはそんなこと知りたくもない。あたしが知りたいのは――」
「もう一つあったんだ」
 唐突に、覚悟のこもった声で青年がさえぎった。
 時を(つむ)ぐ糸がぷっつりと切れてしまったかのような不思議な静寂が、一瞬広がった。
「どういうことだい」しばらくしてルータがたずねた。じわりと眉根にしわを寄せながら。「なにが、もう一つあったって?」
「だから、〈創星譜〉が、だよ」
 少々語気を強めて、テンシュテットは即答した。
「説明してくれ」ルータもすぐに切り返した。


「言葉どおりの意味だ」揺らめくロウソクの火をちらりと眺めて、青年は語りだす。「30年前に発見された時点で、実は〈創星譜〉は二つあったんだ。あれは、おおまかに描写すると、こう、両腕で抱えるくらいの大きさの、板切れみたいに平べったい菱形(ひしがた)の物質なんだけど、それが、そっくりおなじようなものが二つ、見つかっていたんだよ。僕らは、それらをそれぞれ〈第一巻〉と〈第二巻〉って分けて呼んでる。顕導力学やカセドラの青写真の情報が刻印されていたのは、〈第二巻〉の方だ」
 ルータとイサクが互いによく似た仕草で腕組みをした。そしてさらに両者そっくりに顔をしかめて、続きを待つ。
「さっき話したとおり、この〈第二巻〉は複数の国々から研究者や学者たちが召集されて、共同で解読に取り組んだ古代遺物だ。これも、初めて上陸した地であるホルンフェルス王国の禁書庫の一画に保管されている」
「これ、も?」わたしは首をかしげた。
 青年は短くうなずく。「僕が最初に、王国上層のごくわずかな者にしか存在を知らされていない極秘の保管物がある、と言ったでしょう」
 三人でうなずく。
「それはむしろ、〈第一巻〉のことを言っていたんだ」説明しながら、青年はかすかに身震いする。「〈第一巻〉は、禁書庫内において〈第二巻〉が保管されている階層よりさらに深く(くだ)った先に――というか、文字どおりの最深部に――秘蔵されている。記録によると、この〈第一巻〉を単独で発見したという多国籍船団の乗組員は、ホルンフェルス王国出身の人間だったらしい。そしてその人物は、ほかの乗員や調査員たちに知られる前に、みずからが忠誠を誓う祖国の王のためだけに献上することを思い立ち、人目を忍んでそれを私的に持ち帰ったのだと伝えられている」
「え」ルータがぽかんと口を開けた。「となると、もしかしてその創星譜の第一巻っていうのは、いろんな国の人たちが集まって研究に当たった第二巻とはちがって……」
「そう、そうなんだ」青年は勢いこんで肯定する。「王国のごく一部の人間だけが、〈第一巻〉の存在を認知している。他国には一切、その実在は明かされていない。創星譜のことを知る諸国の要人たちは、〈創星譜〉といえばあの〈創星譜〉しかないと思いこんでる。でも実際は、ちがうんだ。彼らが知っているのは〈第二巻〉の方だけだ。本当は、もう一つ、あったんだ……」
 ここでどっと深い息を吐いて、テンシュテットは病室の壁に背中をつけた。
「コーヒー、飲むかい」ルータがたずねる。「冷めかけてるけど」
「いや、いい。ありがとう」
 青年は力なく微笑する。顔色は、胸が痛くなるほど真っ青だ。いつもの薔薇色の血潮は、決して口外してはならない機密を漏らしてしまったことの衝撃で、ことごとく消沈してしまっている。
「で、その〈第一巻〉とかいうやつの解析は?」しかしイサクは容赦なく詰問(きつもん)する。「そっちの方も進めてきたんだろ? もう調べ終えたのか?」
 ぎゅっと一度まばたきをして、青年は顔を上げる。
「いや、〈第一巻〉の方は、まだ五分の一ほどしか進んでないんだ。30年かかっても、なお……」
「逆に言えば、五分の一は明らかになったってことね」わたしは確認する。
 壁から背をはがして姿勢をまっすぐにすると、青年はどうにか覇気を奮い起こしてうなずいた。
「……もしかして、そこに書いてあったのか」大地の裏側から伝わる地響きのような声で、イサクが問いかける。「あたしたちのことが」
 かろうじて肯定ととれる方角に向けて、青年は浅く首を倒した。そして、まるで天体望遠鏡でものぞきこむみたいにして、わたしたち三人と、クレー老師の顔をまじまじと見つめた。
「でも、きみたちの一族のことが、なにもかもわかったってわけじゃない。依然として、〈アクア族〉の起源や歴史について記されているとおぼしき箇所は、読み解かれないままだ。今のところ判明しているのは、生物種としてのアクア族がいかなる存在であるか、ということについて記された部分だけだ。……僕は正直、わが目を疑ったよ」彼はゆらゆらとかぶりを振る。「だって、きみたちはあまりにも……あまりにも、僕らと、人間と、おなじすぎる。こうしてるだけだと、違いなんかなにも見分けられない。それなのに、きみたちは……きみたちの体は、最期を迎えたあと、僕らのように朽ちたりはせずに……」
 はっと空気を押し出すような息を吐いて、イサクが一笑した。
「驚いた! ねぇルータ兄ぃ、リディア。この人、ほんとにあたしたちが最後に行き着く姿を知ってるんだ。……まったく、なんてことまで書いてあるんだろう、そのろくでもない骨董品とやらには」
「やっぱり、本当のことなんだね」瞳孔から光線を放つようなまなざしを、テンシュテットはルータに向けて放つ。「きみたちアクア族の肉体は、その生涯を終えたあと、膨大な発顕因子が凝縮された結晶体に――いわばアリアナイトのごときものに――変化する……」
「そうだ」ルータもまた両眼(りょうめ)から光を撃ち返す。「でも正確には、アリアナイトとは似て非なるものだ。それは……なんと言うか、あまりにも、通常のアリアナイトとは性質が異なっているからね」
「……それであなたはここへ来たのね」わたしは深々と吐息をついた。「わたしたちが、このままここで老師を看取(みと)るはずがないと考えて……」
 青年の頬に血の色が戻ってくる。ようやく正しく理解されたという手応えが、彼に大きな安堵をもたらしている。彼はその理解を得るためだけに、今この瞬間、一人の王国政府要人として、とんでもなく危険な橋を渡りきったところなのだ。
「動けない人を抱えて誰にも怪しまれずに姿をくらます、なんていう冒険をやり遂げるには、手助けはいくらあっても足りないだろうって、そう思ったんだ」青年は言う。そしてマフラーをきつく巻き直す。「上手くやれるかどうかわからないけれど、僕にできるかぎりのことはやらせてもらうつもりだよ」
 わたしはふっとほほえんだ。それと同時に、ずっと硬くこわばっていたルータの両肩も、まるで関節が外れたみたいにすとんとほぐれた。
「ありがとう、テン」彼は言った。「心づよいよ」
「ちょっと待った」友人どうし熱い視線を交わしあう二人の横から、イサクが再び遠慮なく冷や水を浴びせた。「ねぇ、あなた、ここに来るまでに尾行されたりなんかしてないよね」
 胸を張って青年はうなずく。「大丈夫。今夜は王国大使館が主催するパーティが開かれていて、この街に滞在している王国政府関係者はみんな、公務の一環としてそれに出席してるから」
「きみは行かなくていいの?」ルータが首をひねる。
「もう行ってきたよ」青年はにやりと笑う。「行って、みんなに顔を見せて、挨拶して、乾杯して、探索隊員たち全員が会場に来ているのを確認してから、こっそり抜け出してきた」
「無茶するのね」わたしは眉をひそめた。「そんなことして平気なの?」
「なに、どうってことないよ。あとで謝ればいいんだ」青年は何食わぬ顔をして言う。
「……なら、まぁ、ひとまず安心か。少なくとも、今のところは……」イサクがぶつぶつとつぶやく。そして急に思いついたみたいに、ぱっと前髪を振りあげて訊く。「ところで、あのレーヴェンイェルムとかいう、あなたのご同輩。あいつも、あたしたち一族のことを知ってるわけ?」
 テンシュテットはあごを引いて首を振る。「ううん。あいつには、みんなのことは――つまりアクア族に関する情報は――伝えられていない」
 彼はそう言いはしたけれど、その語り口にはどことなく引っかかるところがあるように、わたしには感じられた。わたしはその言外の意図を明らかにするよう、鋭い視線で彼に要求した。彼は率直にそれに応じた。
「あいつに知らされているのは、創星譜〈第二巻〉の存在とその概要、そして……」青年はふいにルータの目をのぞきこむ。「そして、今朝きみに話しそびれたこと……」
「根拠、とかって言ってたね」ルータは言う。「ずっと気にかかっていたんだ。たしか、きみとレーヴェンイェルムにしか知らされていない、なにかの根拠があると」
「そう。それだ」青年は首肯する。「その、根拠だ。それはまさに、創星譜の〈第一巻〉に刻印されていた情報がもとになってるんだ」
「つまり、現在の段階で解読できている部分に含まれる情報、というわけね」わたしは言う。
「あたしたちの秘密がわかっただけじゃなかったのか」イサクが首をかしげる。「その、五分の一の内で明らかになったこととやらは」
 ぎりぎりと歯車が軋むように、青年の頭が上下に動かされた。その(まなこ)は、いまだに戦々恐々とした(かげ)りを帯びている。けれどもはや、頬は血色を失わない。覚悟の熱は、その身に果敢(かかん)に留まりつづけている。彼は喉の奥から、決然と言葉を引き上げていく。
「今回の妖精郷探索隊が編成される際に、僕以外の人間では、隊の副長を務めることになったヤッシャに対してだけ、特例中の特例として、〈第一巻〉で解読された機密情報のうちの一部分が、国王陛下のご判断によって伝えられた」
 わたしたち三人は食らいつくように青年の口もとを凝視した。呼吸さえ、ほとんど止めて。
「それは?」ルータがささやくように問う。
「〈テルル〉は実在する」青年は言った。そしてわずかに唇を(ゆが)めて、小さく笑みをこぼす。「あれは、おとぎ話の産物なんかじゃないんだよ。古代の叡智が、言葉を尽くして確証を伝えている。神話に(うた)われる原初の楽園、妖精郷〈テルル〉は、今この時にも、たしかにこの世界のどこかに隠されている。それは、どんなことがあっても、どれほどの年月が経とうとも、決して消えたり無くなったりすることなく、いつまでも、この大地の行く末を見守りつづけているのだという……」
 街の空に、あのおなじみの時計塔の鐘の()が鳴り響いた。
 言葉を失い、ただ立ち尽くすわたしたちの肩を、その音はそっと叩くようだった。まるで、宿命的な知らせを運んできた(つつし)み深い使者のように。
 話はここまでだった。
 時が満ちたことを、わたしたちの誰もが、唐突な啓示を授けられたように直観的に、体感的に、理解した。
 全員で口をつぐみ、瞬時に目配せを交わしあった。打ち明けられた尋常ならざる秘密の数々(かずかず)を、今この場では胸中深くに仕舞いこんでおくに留めて、わたしたちはいよいよ決意した。
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登場人物紹介

◆リディア


≫『独唱編』シリーズの主人公/語り部。人に見えて人に非ざる、ある謎深き一族の末裔。数少ない同族の生き残りであるルータたちと共に、広大な森の奥地に隠遁している。絵を描くことがなにより好き。

◆ルータ


≫リディアとおなじく、現生人類とは異なる神話的な一族の末裔。穏やかで飾らない人柄だが、責任感は誰より強い。大変な読書家。

◆イサク


≫ルータの実妹。リディアとは物心つく前からの親友どうし。かなりの人間嫌いで普段の言動も素っ気ないが、動物や自然を愛する心はとても深い。共に暮らす祖父の身を常に案じている。

◆テンシュテット・レノックス


≫ホルンフェルス王国の名家レノックス家の長子。〈想河騎士団〉副団長の立場にあるが、国王の命を受けてある調査隊の長を兼任する。子供のように穢れなき心の持ち主で、古代神話の謎を解明するのが積年の夢。

◆ヤッシャ・レーヴェンイェルム


≫ホルンフェルス王国軍人。平時は一個精鋭歩兵部隊を指揮するが、現在はある調査隊の副長を兼務する。家柄も発顕因子も持たない身でありながら、その傑出した実力と戦歴の故に国王の寵愛さえ受ける。

◆〈アルマンド〉


≫三年ほど前にホルンフェルス王国が建造に成功した、史上初の完成体カセドラ。同国軍の主力量産型巨兵として、また現世界最強の巨兵として、広くその名を知られている。

◆〈ラルゲット〉


≫コランダム公国が隣国ホルンフェルス王国の〈アルマンド〉に対抗すべく製造した、主力量産型カセドラ。運用が開始されてからまだ日が浅い。

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