施設警備員
文字数 1,919文字
施設警備員
仮に芦屋(あしや)と呼ぶことにしよう。
ここで話すのは、彼に聞いた不思議な話の一つだ。
久々に会った芦屋は会うなりそう言った。
バイトを辞めてしまって金が無いという。
先週まで、とあるビルの夜間警備の仕事をしていたが辞めてしまったのだそうだ。
22時から翌朝の7時まで、一人で警備をする。
とは言え基本的にはエアコンの効いたモニタールームで監視カメラの映像をチェックし、日に数回の巡回をするだけの仕事で、テレビやマンガも読み放題で仮眠も出来るらしい。
よくある話だろ?
そう言って話してくれたのは、次のような話だった。
◇ ◇ ◇
その日も芦屋はのんびりと漫画週刊誌を読み、バラエティ番組を見て、お菓子を食べていた。
時間は深夜1時。
そろそろ2回目の巡回の時間だ。
彼は懐中電灯とマスターキーを手に持つと、非常灯の灯る廊下をゆっくりと歩き始めた。
不審者を発見した場合、マンガや小説なら自分で取り押さえる所だろうが、実際はそんなことはない。
普通に警察に通報することになる。
ただ、それにしても、本当に不審者なのかどうかは確かめなければならないので、芦屋は音のした方へライトを向けた。
懐中電灯の光に驚きの声を上げ、そこに立って居たのはスーツ姿の女性。
見たことはないが、胸にかかっている入退室カードを見る限り、この会社の社員のようだった。
女性は芦屋の方を眩しそうに見る。
彼の制服を確認してホッとした様子だった。
若い女性と話をすることなど殆ど無い芦屋は喜んでいた。
その女性の顔がタイプだったということもある。
時間を潰すだけのアルバイトにもちょうど飽きていたところだったのだ。
軽やかな音がなり、屋上へ続く最上階にエレベーターは止まった。
黙り込んだ彼女の顔に「ちょっと急ぎすぎたかな」と心配になった芦屋は、とりあえず笑顔のまま彼女を連れてエレベーターを降り、屋上へと向かう階段を登っていった。
きしむドアを開けて二人は屋上に出る。
生暖かい湿気を含んだ風が、まとわりつくように吹き付けてきたのを芦屋は何故か強く覚えているという。
◇ ◇ ◇
それはどう考えても芦屋が居眠りして夢を見ただけっていうオチじゃないのか?
そうツッコむ私の言葉を予想していたように、芦屋はニヤリと笑った。
あの番号に電話をかけたら誰にかかったのだろうか?
ただの芦屋の友達にかかったかもしれない。使われていない番号にかかったかもしれない。
しかし、もし、死者の電話にかかったとしたら。