施設警備員

文字数 1,919文字

 しせつけいびいん

施設警備員

 私の友人に、30を過ぎても職を転々としているフリーターがいる。


 仮に芦屋(あしや)と呼ぶことにしよう。


 ここで話すのは、彼に聞いた不思議な話の一つだ。

よう! 久しぶり! わりーけど金貸してくれ!

 久々に会った芦屋は会うなりそう言った。


 バイトを辞めてしまって金が無いという。



 先週まで、とあるビルの夜間警備の仕事をしていたが辞めてしまったのだそうだ。

 22時から翌朝の7時まで、一人で警備をする。


 とは言え基本的にはエアコンの効いたモニタールームで監視カメラの映像をチェックし、日に数回の巡回をするだけの仕事で、テレビやマンガも読み放題で仮眠も出来るらしい。

あれは良いバイトだったんだけどな~
 そんなに良いバイトだったなら、なぜやめたのかと聞く私に、芦屋は声を潜める。
出たんだよ

 よくある話だろ?

 そう言って話してくれたのは、次のような話だった。



  ◇  ◇  ◇



 その日も芦屋はのんびりと漫画週刊誌を読み、バラエティ番組を見て、お菓子を食べていた。



 時間は深夜1時。



 そろそろ2回目の巡回の時間だ。


 彼は懐中電灯とマスターキーを手に持つと、非常灯の灯る廊下をゆっくりと歩き始めた。

ぺた……ぺた……
なんの音だ?
 裸足で廊下を歩くような音が聞こえてくる。
今日は残業の人居ないはずだよな……

 不審者を発見した場合、マンガや小説なら自分で取り押さえる所だろうが、実際はそんなことはない。



 普通に警察に通報することになる。



 ただ、それにしても、本当に不審者なのかどうかは確かめなければならないので、芦屋は音のした方へライトを向けた。

あっ

 懐中電灯の光に驚きの声を上げ、そこに立って居たのはスーツ姿の女性。


 見たことはないが、胸にかかっている入退室カードを見る限り、この会社の社員のようだった。

あ、警備のものです。

どうしました?

 女性は芦屋の方を眩しそうに見る。

 彼の制服を確認してホッとした様子だった。

実は、屋上にスマホを忘れてしまって……
 お弁当を屋上で食べた後、スマホを置き忘れたと言うその女性を連れて、芦屋はエレベーターに乗った。

ごめんなさい。

スマホが無いのに気づいたのが電車に乗ってからだったの。

いや、構わないけど

 若い女性と話をすることなど殆ど無い芦屋は喜んでいた。


 その女性の顔がタイプだったということもある。


 時間を潰すだけのアルバイトにもちょうど飽きていたところだったのだ。

あれだね、彼氏から連絡でも来るの?

こんな時間だし、普通スマホは明日にするでしょ?

いえ、彼氏とかは居ないんですけど、どうしても気になっちゃって……
(よっしゃ! 彼氏なし!)

さっき電車って言ってたよね?


もう終電もないだろうし、どうする? 何なら朝までカラオケでも何でも付き合うよ?

付き合う……一緒に……?
そう! 一緒に!
……
チンッ

 軽やかな音がなり、屋上へ続く最上階にエレベーターは止まった。



 黙り込んだ彼女の顔に「ちょっと急ぎすぎたかな」と心配になった芦屋は、とりあえず笑顔のまま彼女を連れてエレベーターを降り、屋上へと向かう階段を登っていった。

 きしむドアを開けて二人は屋上に出る。



 生暖かい湿気を含んだ風が、まとわりつくように吹き付けてきたのを芦屋は何故か強く覚えているという。

スマホさ、鳴らしてみようか?

番号教えて!

はい。090-……
ピピピピピピ……
お、あっちだ。
ピピピピ……
あ、あれじゃね?
 柵の一部が壊れ、立入禁止のテープが張ってある壁の端に、何かが置いてあるのを見つけて、芦屋はそこへ向けて歩き出す。

あれ?

スマホじゃないな、なんだこれ……靴?

 そこにあったのは、綺麗に揃えて置かれたパンプスだった。
(靴?

 なんだ?

 自殺?

 あ、そう言えば、裸足……)

ぺた……ぺた……
 裸足で歩くような足音に、芦屋は振り返る。
ぺた……ぺた……
一緒に……
ぺた……ぺた……ぺた……ぺた……



  ◇  ◇  ◇


……と言う訳で、気がついたら朝でさ。警備員室で気を失ってた所を警備会社の人に見つかってめっちゃ怒られたよ。

で、そのまま辞めてきたって訳。

 それはどう考えても芦屋が居眠りして夢を見ただけっていうオチじゃないのか?



 そうツッコむ私の言葉を予想していたように、芦屋はニヤリと笑った。

それがさ、俺のスマホに、彼女の番号が残ってるんだ。


どうする? 信用しないなら、お前ここで掛けてみるか?

 あの番号に電話をかけたら誰にかかったのだろうか?


 ただの芦屋の友達にかかったかもしれない。使われていない番号にかかったかもしれない。


 しかし、もし、死者の電話にかかったとしたら。

 結局私は電話をかけることは出来ず、芦屋に数枚の紙幣を渡して別れた。
――終
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登場人物紹介

芦屋

「私」の古くからの友人。

30を過ぎても定職につくこともなく暮らしている。

時々少し不思議だったり怖い話を持ってきては、「私」に金の無心をしている。

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