第5話

文字数 3,637文字



その男の名は
おまけ①「視」



 おまけ②【 視 】



























 「まったくもっとうつけ者よ」

 「一体、あのようなうつけを持って、我等はどうしていけば良いのか」

 「これでもう終わりだな」

 「それにしても、最近あのうつけの世話係をしている龍海とかいう男、あ奴は武士なのか?」

 「うつけの世話はうつけの仕事よ」

 一室に響く笑い声に、たまたまそこを通りかかっていた男がいた。

 その男こそ、この城の新しい城主となった、瑠堂、という男だ。

 「瑠堂様、どちらに行かれていたのですか」

 「俺もう嫌だよー。みんなして、俺の悪口言ってたし。まじ最悪。なんなのあいつら。クビにしてやる!」

 戻ってきたかと思えば、瑠堂はうつ伏せに寝転がり、足をバタバタと子供のように暴れていた。

 「瑠堂様、お食事が冷めてしまいます」

 「いらない!俺、今日は食欲ないし!てか、そういう地味なのいらねえっつの!何度も言っただろ!?お前、本当に使えねえな!!」

 用意された食事を、台ごと持ちあげると、それは見事に近くにいた龍海の顔にかかった。

 ごとり、と台と食事が床に落ちると、龍海は静かに淡々と、汚れてしまったソレらを拾い集めて行く。

 するとそのとき、瑠堂が龍海の手の上に足を置き、体重を乗せて来た。

 「俺を誰だと思ったんだ?こんなクソ不味い飯を用意させたお前なんぞ、切腹させられるんだぞ」

 「申し訳ございません」

 「ふざけんじゃねえぞ。俺のことを称えることも出来ねえ馬鹿共は、みんな牢屋にぶち込んでやるからな。もちろん、お前だって」

 ぐりぐり、とさらに足に力を込めると、瑠堂はニヤリと笑う。

 次の瞬間、瑠堂は思い切り足をあげたかと思うと、床にはりついたままの龍海の手を力強く踏みつけた。

 その痛みに、少しだけ顔を歪めた龍海だが、声をあげることはなかった。

 この城の城主になった瑠堂という男は、前城主の父親と比べてしまうと、愚かで我儘で癇癪を起こす、子供のような奴だ。

 瑠堂が城主になってからというもの、城の経営は傾き、従順にしていた家臣たちも、次々に辞めて行くか反逆で捕まっていた。

 龍海はあまり目立つ方ではなかったが、剣の腕が良く、出世していく事を疎く輩は当然のことながらいた。

 そしてなぜか、瑠堂のお目付け役を仰せつかり、今のような状況となっている。

 踏まれた手に包帯をして、瑠堂のもとへ戻ろうとしたとき、何やら騒がしいことに気付いた。

 どうしたのかと覗いてみると、そこには家臣に斬りかかろうとしている瑠堂の姿があった。

 「も、申し訳・・・!!」

 「俺の言う事が聞けないなら、殺されて当然なんだよ!!」

 「瑠堂様がご乱心に・・・!!」

 ふり上げられた刀に、尻もちをついている家臣は両手で自分を守ろうとしているが、まず無理だろう。

 振り下ろされたその刀は、家臣にあたることなく、カチカチと、刃と柄の部分が小刻みにぶつかる音が聞こえる。

 「何の真似だ、龍海」

 瑠堂のすぐ後ろに龍海がいて、右手だけで刀を持っている瑠堂の手を強く掴み、降り下ろそうとしている力とは反対の力で、なんとか制止した。

 それでもまだ瑠堂の降り下ろそうとしている力は強く、反対の力で制止している龍海の手には刀が当たって血が滲んでいた。

 「反省しているようですし、今日のところは様子をみるということでも遅くはないかと」

 「俺に指図するのか」

 「滅相もございません。ただ、瑠堂様ともあろうお方が、ご自身で汚すほどの相手ではないかと」

 「・・・・・・ちっ」

 その場を適当に収拾させると、龍海は瑠堂が向かったであろう瑠堂の部屋まで向かう。

 だらん、としている瑠堂は、龍海のことをちらっと見たかと思うと、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 「お前さぁ、何様のつもり?」

 「いち家臣にございます」

 「家臣の分際で、俺に刃向かったわけ?」

 「致し方ない状況でしたので」

 「へえ・・・。じゃあさ、今ここで切腹して見せろよ」

 「・・・・・・」

 そう言うと、瑠堂は小刀を龍海の前に投げた。

 「本当に悪いと思ってんなら、今ここで腹切って詫びろよ」

 「・・・・・・」

 「ま、そこまでの度胸はねえだろうけど」

 「承知しました」

 龍海は、目の前にあるその小刀を手に取ると、腹の部分が出るようにぐっと開けさせ、小刀を両手で逆手に持つ。

 そして、自分の腹に向かって小刀を突き刺す。







 ぽた、ぽた・・・

 静かに落ちて行く水滴は、赤かった。

 まるで畳に吸い込まれるようにして落ちて行く赤い滴は、鮮やかなだ。

 「どういう心算だ」

 「それは、こちらの台詞でございます」

 腹に向かって一直線に向かっていた刃は、その手前で血に染まっていた。

 その刃を、瑠堂が掴んでいたからだ。

 龍海は柄に入れていた力を抜くと、それが分かったのか、瑠堂も力を抜く。

 小刀を鞘に収めると、身なりを整え、瑠堂の手の処置をする。

 「普通、あんなことで切腹しねぇよ」

 「瑠堂様のご命令でしたので」

 「命令だって、出来ねえことくらいあるだろうよ」

 「瑠堂様に忠誠を尽くすと誓ってこちらへ参りましたので。瑠堂様に切腹を命じられればそれに応えるべきかと」

 「馬鹿じゃねえの」

 「お互い様かと」

 処置が終わったところで、まだ痛むのか、瑠堂は険しい顔をしていた。

 龍海は、胡坐をかいている瑠堂の前に、ぴしっと背筋を伸ばして正座をする。

 「瑠堂様は、いつまでそのようなうつけを演じ続けるお心算でございますか」

 「・・・はあ?」

 龍海の言葉に、瑠堂は一瞬動きを止めるが、顔の前で手を振りながら否定する。

 「何言ってんだよ。もしかして、お前を助けたくらいでそんなこと思ってるのか?てんで可笑しい」

 「・・・・・・」

 「それにしても、痛いもんだな。怪我したのなんて、小さい頃竹馬やって転んだとき以来だな」

 「瑠堂様、失礼ながら申し上げます」

 「なんだ」

 すう、と目を細めた瑠堂は、一向に怯む様子のない龍海を見る。

 「瑠堂様が本物のうつけであれば、自らが怪我を負ってまで、たかが家臣の切腹をお止めにはならないかと」

 「だから」

 「私は瑠堂様に仕えております。そして、信頼しております。何があっても瑠堂様をお守りし、瑠堂様が想う国を作りたいと思っております」

 「・・・・・・」

 「どういう企みがあってこのようなことをしているかは存じませんが、今日までの様子を見る限り、このことは御父上様でさえ知らないご様子。家臣たちも誰一人として。瑠堂様のお世話をさせていただく以上、誠心誠意、尽くさせていただきたいと思っております。今後も瑠堂様の御傍にいる私としましては、真実を話していただきとうございます」

 「・・・・・・」

 すっかり黙ってしまった瑠堂は、さらっとした髪の毛を軽くかき乱した。

 はあ、と息を吐いたかと思うと、両膝にそれぞれ手をつく。

 「わかったよ」

 少し不機嫌そうな声は、徐々に明るく、穢れない澄んだものに変わった。

 「嫌な予感はしてたんだよ。お前にはバレる気がして」

 「これだけの人数を騙せているのであれば、上出来かと」

 「いいか、これから話すことは、絶対に誰にも言うなよ」

 「わかっております」 

 「それから」

 「なんでしょう」

 急に立ち上がったかと思うと、瑠堂は龍海の近くに寄ってきて、そこに両膝を曲げて目線を合わせて来た。

 「お前も全部話せよ」

 「何のことでしょう」

 「惚けんなよ。隠してることあるだろ。こう見えて、人の嘘を見抜くのは得意なんだ」

 「さようでございますか。では、私の秘密も全て、お話いたしましょう」

 「よし来た」







 あれからどのくらい経っただろうか。

 瑠堂が演技をしていたことが分かり、信頼出来る家臣たちも戻ってきて、城はすぐに復興できた。

 瑠堂と龍海の信頼関係というのか、上下関係というのか、それらは手に取るようにわかってきた。

 「瑠堂様、仕事が溜まってます」

 「今やるよー。でももうダメ。女の子がいないと俺やる気元気ゼロ」

 「女性がいたらいたで全く仕事をしないじゃないですか。だからこうして、缶詰め状態にしてもらったんです」

 「やだよ。なんで龍海と2人っきりなの」

 「こっちだって大迷惑です。仕事は溜まるわ書類にご飯粒つけるわ味噌汁こぼすわ女性の紅つけるわ落書きするわで、どれだけの時間を要したと思いますか?それだけの時間を無駄にしたと思いますか?それだけの無駄な労力を費やしたと思いますか?いつもいつも女の子女の子と言いますけど、女性から瑠堂様に会いたいと言われたことがありますか?ありませんよね?それはつまりどういうことか、察しのよい瑠堂様ならおわかりになりますよね?おわかりにならないのであれば、今から10時間ほどかけてじっくりと説明させていただくことになりますが」

 「ごめんなさい」

 瑠堂と龍海の関係は、これからも変わらない。

 そして、2人の間でしか知り得ない互いの秘密もまた、ひっそりと、眠り続ける。

 「龍海、怖い」


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