第1話

文字数 1,997文字

 山田は書類の山と格闘していた。ない。紙の中を探すが、ない。

「ちくしょう」

 山田の前の席の桜子が陽子に言った。
「仕事の出来ない人は、書類を探してばっかなんだって」

 山田は血走った目を桜子に向ける。そしてふと、探しものを見つけた。

「あった〜」

 山田はホッとして、海外ドラマを見た。

 ここは小さな出版社で、いつも山田は映画やドラマを見ながら仕事をしている。
 
 ドラマでは、少女が念力で追っ手のアメ車を空高く持ち上げ、追っ手の手前の道路の真ん中に落す。
「おーっ。かっこいい!」

 桜子は陽子と目を合わせて
「ばっかじゃない」と言った。

 その時、編集長の時任(ときとう)が入って来た。

「やばい、やばい。
 マジの締め切り日とうに過ぎてしまった。
 助けてくれ!」

「はあ」
 山田は気のない返事をした。みんな自分のことで目一杯なのだ。

 編集長「それに、私のペン、ペンはどこいった?」

 山田「ペンペンなら冷蔵庫にいると思いますけど」

 時任は一瞬、嬉しそうに冷蔵庫の方に行きかけて気付いた。
「それはペンギンだろう!アニメの!」

 山田「まあ、そうっすね」

「じゃあ、私達、時間だから帰ります!」
 桜子達は、編集長にだけ可愛らしく挨拶すると出ていった。廊下でエレベーターを待つ間の会話が聞こえてきた。
「二丁目にすっごく面白いバー見つけたのよ。まじやばいから」

 山田「けっ、オカマバーなんか行ってんじゃねえよ!」

 山田はそう言うと、先程見つけ出した大束の紙の表紙を見た。

「なになに、応募の40作品を読んで大賞1、佳作3を選んで下さい?
 3人のキャラを入れること:地雷系、ボーイッシュ、フェミニンだと?」
 ため息が出た。あまり良い作品はないだろう。
 窓の外では新宿のビル群が夜空の半分を明るく照らしていた。

 2
 それから3時間後、山田は仕事を終えかかっていた。
 やっぱり、ろくでもないものばかりだった。
 それでも佳作候補を三つ選ぶと簡単な書評をつけて、メールで大手出版社に送った。
「ふーっ」
 やっと終わった。

 山田は編集長に誘われないうちに
「ちょっと野暮用がありますんで、失礼します」
 と言って、直ぐ廊下に出た。背中に編集長の視線を感じる。
 
  3
 山田は新宿歌舞伎町のガールズバーにいた。
「やまちゃん、いつものやってよ」
 山田はハイハイ、と気乗りのしない様子で、シャンディガフの中にティッシュの広告紙をちぎって小さく丸めたものを10個くらい入れると、グラスの前で指をぐるぐる回した。すると、シャンディガフの中の色とりどりの紙の玉が回り出した。
「キャー、凄い!…凄い手品ね〜」

 山田は笑った。これは手品ではない。彼は念力使い、サイコキネシストなのだ。

 といっても、車を放り投げたりはできない。彼の能力は水溶液の中限定なのだ。しかも、小さいものに限る。
 子供の頃からある能力だ。しかしその特殊な制限ゆえ、注目されることはなかったし、彼も忘れてしまっていた。

その時、なぜか、流水の中でペンギンをグルグル回すイメージが浮かんできた。

 4
 次の日、山田は水族館に来ていた。
 大きな水槽の前に立つ。
 他の人から見えないように、人差し指をグルグルと回した。
 すると、一匹の5cmくらいの魚が同じ所をグルグル回りだした。

 次にペンギンのいる水槽に来た。
 同じ様にした。
 ペンギンはグルグル回った。
 すると、彼は凄い空腹を感じた。
 もしかしたら、念力に必要なエネルギーを自分の体で使っている?
 そうなると、やり過ぎは危険だ。あっと言う間に死ぬかもしれない。

 彼は子供の頃、プールで能力を使い、気絶したことを思い出した。あれは動かした分と同じエネルギーが、血中糖分、肝臓のグリコーゲン、体内の脂肪組織で瞬間的に消滅してしまった、ということだったのだ。
  子供の頃の山田はこの能力が怖くなって使うのを止めた。思い出したのは大学に入ってからだ。
  山田は水槽を見ながら、「もし念力が使えることが世の中にバレたら、ドラマのように怖い人達に拉致されるのだろうか?」とつぶやいた。
 
  隣の知らない女の子の声が聞こえてきた。
「先月の残業代、すっごく多かったの」

 山田は舌打ちした。
「俺なんか、何時間残業しても月に3万円で打ち止めだ」
 その時、残業とぐるぐる回るペンギンが頭の中で結びついた。
 そうだ。この手がある。

 5
 次の日、山田は編集長と水族館にいた。
 山田「いいですか、良く見て下さい。ペンギンを回します」
 ペンギンは山田の指の通りに回った。

 山田「私は念力が使えるんです。ペンギンも回せます。先日、さる機関から呼ばれました。編集の仕事は続けます。一般人を装う必要がありますから。でも、残業は出来ません。機関の仕事がありますから」
 グウ、と山田の腹が鳴った。

 編集長は山田の残業分を桜子と陽子にどうやってやらせようかと、考え始めていた。

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