上
文字数 5,417文字
「ねぇねぇ。」
「ん、なんぞな、宗近氏」
「このピンナップのピンクミーフィットちゃん、激萌え」
「んん。なんですと?」
「ですから、ピンクミーフィットちゃんのプリン乳と夕焼けヒップ、マジ神」
「トゥース!!」
「!?」
「宗近氏。お宅はまだ、ピンクミーフィットちゃんなんて初見さん御用達の女史の尻を追っかけているのですか」
「池田氏、いやいや。違います、違いますぞ。尻ではなく、夕焼けヒップですぞ。ほんのり赤みがかった夕焼けヒップ。美しき我が女神。我が太陽神」
「カーッ!!… …情けない。男に生まれたならば黒光り照子様一択でしょうが!」
「黒光り照子ちゃんは、ちょっと…。あのメガ宇宙乳が忍ともかんとも…」
「ちょっと!!」
「はい!?」
「今、なんとおっしゃられた?!」
「え!すみません!」
「ですから、今、なんとおっしゃられた?!」
「え、ですから、私は黒光り照子ちゃんはちょっと、メガ宇宙乳が苦手ですと…」
「違う!!その後!!」
「え。その後?… …ですから、メガ宇宙乳が、…忍ともかんとも…」
「忍ともかんとも…。…グフッ。忍者ハットリくんここで出ますか…」
「グフッ。いや、ついつい…。」
「グフッ。忍ともかんとも…。ニンニン」
「ブ、ブホゥッ!!ちょ、ちょっと、池田氏、やめてくだされ!!」
「ブホォッ!!ニンニン。ニンニキニキニキ…。グフフフ…」
「ブホォッ!ちょ、ちょっと!… ニンニキニキニキ…グ、グフフフ…」
「ニンニン。… …グフフ…」
「グフフ…」
二人のオタッキーは今、半ドンの専門学校終わりで、いつもの某 アニメイ某 に来ていた。
一旦通し番号で紹介しますと、オタッキーAの名前は宗近孝治 21歳(童貞)。もう一人のオタッキーBの名前は池田豊 21歳(童貞)。で、ここに姿が見当たらないがもう一人、オタッキーC森本洋平 21歳(童貞)がいる。
とりあえずAとB二人は今、ある特定の層に大人気の美少女深夜アニメ『クライングチェリー・ミナミ』にご執心であった。
クライングチェリー・ミナミは、美少女戦士5人が地球を守るため悪の組織そよかぜと戦うという物語だ。ただし、美少女戦士たちはこの上なく非力で、すぐに悪の組織から派遣された怪人たちに蹂躙されてしまう。そして、ここが最大の見せ場であるが、その度に美少女戦士たちの衣服が破られ引き裂かれ、どんどんあられもない姿になっていくのだった。そして、蹂躙されつくした後、彼女らは一様に一筋の涙を流す。それが必殺破壊フルーツとなって、怪人たちを倒すのだ。主人公、南香保子 の破壊フルーツはさくらんぼだった。
現在アニメ雑誌ではクライングチェリー・ミナミの特集がわんさか掲載されており、そこには雑誌でしか見る事のできない美少女戦士たちのあられもないピンナップが多数。本日もオタッキーたち3人は新刊発売を機に某 アニメイ某 に遠征と相成ったのである。
「そういえば、森本氏はどこに行かれたのかしらん。ぶふぅ。」
オタッキーB池田が、雑誌を片手に辺りを見回す。彼は若干肥満気味だ。その身体も手の平も少し汗ばんでいるから汗拭きタオルは欠かせない。
「どこですかね。今週何か発売の円盤 ありましたっけ?」
オタッキーA宗近は一応返答するが、相変わらずピンクミーフィットちゃんの麗しのプリン乳と夕焼けヒップから目を離す事ができない。彼は細身で眼鏡掛けだ。あ、ていうか、オタッキー3人共漏れなく眼鏡掛けだ。
オタッキーB池田は、何かと世話焼きである。というより性分なのだろうか。心配というと言いすぎだが、行方不明の森本のことがなんとなく気になってしまう。宗近が隣でピンクミーフィットちゃんに心奪われているところを後目に、池田は遠方を見ながら森本を探す。
「池田眼 …」
そう心で呟きながら、池田は平日だがそれなりに人の多い店内をまんべんなく見渡した。すると、店の玄関を挟んだ向かいの店舗で、なにやら熱心に物色している森本を見つけた。
「あ、森本氏、あっちの店舗にいますぞ。」
森本を見つけた池田は、雑誌を置いて向こうの店舗に行こうとする。それに気が付いた宗近は、はっとピンクミーフィットちゃんから目を離し池田に抗議する。
「えー、見つけたなら、いいじゃないですか。もうちょっとこっちに居ましょうよ」
まだまだピンナップへの未練が終わらないようだ。
「もうかれこれ、一時間は堪能したじゃないですか。そろそろ他のところに行きましょう。じゃないと、いつまでもダラダラしちゃうでしょ。この前なんか閉店までここに居たし」
前回の反省を思い返して、池田は宗近を諫める。
「あー、あれは確かにちょっと居すぎでしたねぇ。ずっと立ちっぱなしでピンクミーフィットちゃんとミナミちゃんを交互にガン見してたら、いつの間にか外は暗くなっているし、疲れて仕舞には気を失いそうになりましたよ」
口に手の平を当てながら宗近が言う。宗近は少し出っ歯であるが、本人はそれを気にしているようだ。池田はなんとなくそれに気付いているが、いちいち指摘なんかしない。それぞれに色んな事情がある。
「そうでしょ。だから、とりあえず今日は哀水菓子 は終わりだよ。森本のところに行きましょう」
「了解です!」
「森本氏!」
「… ……」
「おーい、よう!」
池田が横から森本の頭に片手チョップする。宗近がその後ろから小走りでニーンと参上仕る。
「ああ、池田氏、宗近氏」
「キミはなーにを、没頭しているのでござるか。」
森本が持ってる物に目を落としながら、池田が言った。隣から宗近も顔を覗かせる。
「うん、私の大好きなアイドルのCDなんです。中古で安くて」
森本が眉間にシワを寄せながら、なぜか悩まし気に言う。
「大好きなアイドルなのに、確保してなかったんですか?」
「そうなんです。関西限定で売られた自主CDってやつで。こっちでは手に入らない物だったんです。まぁ言っても超マイナーアイドルなんですけどね。」
「マイナーって、如何ほど?!」
「ユーチューブで25回再生」
「あぁ、それはご愁傷様…」
池田の隣で、宗近が気の毒そうに手を合わせる。
「最近はアイドルも競争が激しいからね。もう解散しちゃったんです」
「じゃあ、廃盤じゃないですか。買うべきなんじゃないですか?」
「そうなんですが…」
「何か懸念でも?」
「私の推しだった子が、不祥事やっちゃって、まぁ男関係なんですけどね。それで解散って流れで」
「あぁ、それはダメだわ。処女以外生きる価値なし!…南無妙法蓮華経…」
手を合わせていた宗近が更に念仏も唱え始める。池田もアチャーといった顔をしておでこに手を当てる。
「そいつぁ、不可 ないや」
「でしょー。でもね、このCDさえ買えば、全部揃うんですけどね」
「なら、買お」
「はやっ!やっぱり買うべきでしょうか」
「これでコンプリなんですよね?それなら、買うっきゃないでしょ。私たちオタクは一度集め始めた物はコンプリしなければならない。それはある日、おぎゃあとオタクとして生まれ落ちたその日から、その手に円盤 を手にしたその日から、我々の義務、いや最早使命であると言っても過言ではないのです。」
「そう、過言ではない!… …南無妙法蓮華経…」
オタッキーAとBは、コンプリに関しては譲れない信念と誇りを胸に抱いていた。
「コンプリ達成の前には、押しが処女であろうがなかろうが、そんなことは小さな問題じゃないですか?!コンプリさえできれば、そんな不祥事くらい、男の度量で引き受けてあげましょうよ!」
池田が森本の手を両手で握りながら熱弁を展開する。
「…そう、そうですよね!うん。そうですよね。買います!買うことにします!これでコンプリできますもんね。本当だ。良かった、私は一体さっきまで、何を考えていたんだろう。些細な推しの男問題ごときで、私たちにとってのコンプリの大切さを危うく忘れてしまうところでした。本当に危なかった…。池田氏、恩に着ります!」
「礼なんか良いから、ユー。早く買ってきちゃいなよ!」
池田はウィンクしながら右手でグッとした。
「買ってきます!」
憑き物のとれたような晴ればれとした顔をしながら、森本は奥のレジに颯爽と向かい、会計をしにいった。
オタッキー3人組は、今日もいつも通りのルートでいつもと変わらない会話をする。
3人はコンピューター系の専門学校に通っているが、その中で気が合った仲間だった。細かい趣味趣向は違うものの、性格気質が合うようで、自然とつるむようになったのである。
「森本氏、良かったでござるね。」
一生懸命CDジャケットを確認している森本を見ながら、宗近が言う。
「さっきから、なんでずっと忍者語なんですか?なんか新しいアニメありましたっけ?」
先ほどのオタッキーAtoBのやりとりを知らない森本が、自分だけ置き去りになっているのを少し不満そうにしていた。AtoBはそういう森本を見て増長し、更に輪をかけて忍者語に専念していくにつけ、もうついていけないと言った風に、森本は取り合わなくなった。
忍者語で先ほどの哀水菓子 について議論を交わす隣で、森本は引き続きCDの歌詞を取り出し、熱心に目を通している。しかし、あまりにも歌詞に没頭するあまり、歩く方がおざなりになってしまった。と、丁度角を曲がった辺りで、前を歩いてきた通行人にぶつかってしまう。
相手にの身体に正面からぶつかってしまった森本は、衝撃で脇の道路に転び、持っていたCDと歌詞カードを道に投げ出してしまった。
「うわっ!… …イタタ…」
目の前にはぶつかった相手が立ち止まりオタッキー3人を凝っと見ていた。
オタッキー3人は足元から順に相手を見上げていった。目の前にはジーパンにスカジャン、茶髪にこれでもかと顔面にピアスを開けた、如何にも凶悪そうな男が立っていた。3人は発作的に目を地面に反らした。
「おい」
男が誰ともなく声を掛ける。だが対人スキルのほとんど無い3人はその問いかけに答えることができない。
「お前ら、何やってくれてんの?」
男が顔面をぐっと池田の方に突き出してきた。池田はあまりの恐怖に更に縮こまる。まるで肉食動物に睨まれた草食動物のように、まったく身動きができない。それでもなんとか、一言絞り出す。
「す、すみません…」
その言葉が終わらないうちに、男はかぶせて言葉を出してきた。声には威圧する温度が籠っていた。
「なんで、前もまともに見て歩けないの?お前ら。バカなの?小学校ちゃんと行ったか?クソが」
道端に転んだ森本も転んだ態勢のまま、ただ男を見上げているだけだった。宗近に至っては目をつぶって現実逃避を始めている。
「俺はなぁ、お前らみたいな、パソコンの画面ばっかり見て現実見ようとしねぇ奴見てると、マジで虫唾が走るんだよ!現実も見れねぇから、こうやって前も見えねぇで道でぶつかったりするんだ。お前らみたいな奴はマジクソだぜ。息してるんじゃねぇよ!」
男はそう言いながら、池田の胸倉を強くつかんで何度か揺さぶった。三人の中では一番体重の重い池田の身体がオモチャのように揺れた。その間も池田は目を合わすことができず、揺れながら、終始地面を見つめていた。顔には愛想笑いのような奇妙な表情を浮かべていた。
それから男は、一人づつ物色するように眺めた後、道に転んでいる森本を見ながら、その傍らに唾を吐いた。そして、次の瞬間、道端に落ちていたCDを踏みつけて歩いていった。
「あぁ!!」
森本の悲痛な声が響いた。しかし、池田と宗近はその声にも反応することができず、ただ突っ立っていた。
周りにはその間に何人も通行人がいたが、我関せずといった感じで誰も関わってくることはなかった。
それから、10分ほど3人はその態勢のままだった。
周りの通行人は、今では先ほどと変わらない流れを形成しており、オタッキー3人に起こった出来事など誰も知らないようだった。
その中で、池田がやっと口を開いた。
「… …私たちって、そんなに悪いことやってますかね。」
うつ向いている池田を、宗近と森本は見た。
それから、池田は道に座っている森本に手を差し伸べた。森本は、特にどこもケガをしたわけではなかったが、その手を受け取り立ち上がった。
「まぁ、私がぼっーっとしてたのが悪いんですし…。」
森本の顔は暗たんとしていた。口ではそういったものの、やはりどこか釈然としない気持ちがあった。宗近はただ、二人のやりとりを聞いていた。
「でもやっぱり、ここまで、言われることはないと思います。」
池田はやっぱりなおも地面を見つめながら、口惜しそうに言葉を吐いた。両方の拳は強く握られていた。
「ん、なんぞな、宗近氏」
「このピンナップのピンクミーフィットちゃん、激萌え」
「んん。なんですと?」
「ですから、ピンクミーフィットちゃんのプリン乳と夕焼けヒップ、マジ神」
「トゥース!!」
「!?」
「宗近氏。お宅はまだ、ピンクミーフィットちゃんなんて初見さん御用達の女史の尻を追っかけているのですか」
「池田氏、いやいや。違います、違いますぞ。尻ではなく、夕焼けヒップですぞ。ほんのり赤みがかった夕焼けヒップ。美しき我が女神。我が太陽神」
「カーッ!!… …情けない。男に生まれたならば黒光り照子様一択でしょうが!」
「黒光り照子ちゃんは、ちょっと…。あのメガ宇宙乳が忍ともかんとも…」
「ちょっと!!」
「はい!?」
「今、なんとおっしゃられた?!」
「え!すみません!」
「ですから、今、なんとおっしゃられた?!」
「え、ですから、私は黒光り照子ちゃんはちょっと、メガ宇宙乳が苦手ですと…」
「違う!!その後!!」
「え。その後?… …ですから、メガ宇宙乳が、…忍ともかんとも…」
「忍ともかんとも…。…グフッ。忍者ハットリくんここで出ますか…」
「グフッ。いや、ついつい…。」
「グフッ。忍ともかんとも…。ニンニン」
「ブ、ブホゥッ!!ちょ、ちょっと、池田氏、やめてくだされ!!」
「ブホォッ!!ニンニン。ニンニキニキニキ…。グフフフ…」
「ブホォッ!ちょ、ちょっと!… ニンニキニキニキ…グ、グフフフ…」
「ニンニン。… …グフフ…」
「グフフ…」
二人のオタッキーは今、半ドンの専門学校終わりで、いつもの
一旦通し番号で紹介しますと、オタッキーAの名前は
とりあえずAとB二人は今、ある特定の層に大人気の美少女深夜アニメ『クライングチェリー・ミナミ』にご執心であった。
クライングチェリー・ミナミは、美少女戦士5人が地球を守るため悪の組織そよかぜと戦うという物語だ。ただし、美少女戦士たちはこの上なく非力で、すぐに悪の組織から派遣された怪人たちに蹂躙されてしまう。そして、ここが最大の見せ場であるが、その度に美少女戦士たちの衣服が破られ引き裂かれ、どんどんあられもない姿になっていくのだった。そして、蹂躙されつくした後、彼女らは一様に一筋の涙を流す。それが必殺破壊フルーツとなって、怪人たちを倒すのだ。主人公、
現在アニメ雑誌ではクライングチェリー・ミナミの特集がわんさか掲載されており、そこには雑誌でしか見る事のできない美少女戦士たちのあられもないピンナップが多数。本日もオタッキーたち3人は新刊発売を機に
「そういえば、森本氏はどこに行かれたのかしらん。ぶふぅ。」
オタッキーB池田が、雑誌を片手に辺りを見回す。彼は若干肥満気味だ。その身体も手の平も少し汗ばんでいるから汗拭きタオルは欠かせない。
「どこですかね。今週何か発売の
オタッキーA宗近は一応返答するが、相変わらずピンクミーフィットちゃんの麗しのプリン乳と夕焼けヒップから目を離す事ができない。彼は細身で眼鏡掛けだ。あ、ていうか、オタッキー3人共漏れなく眼鏡掛けだ。
オタッキーB池田は、何かと世話焼きである。というより性分なのだろうか。心配というと言いすぎだが、行方不明の森本のことがなんとなく気になってしまう。宗近が隣でピンクミーフィットちゃんに心奪われているところを後目に、池田は遠方を見ながら森本を探す。
「
そう心で呟きながら、池田は平日だがそれなりに人の多い店内をまんべんなく見渡した。すると、店の玄関を挟んだ向かいの店舗で、なにやら熱心に物色している森本を見つけた。
「あ、森本氏、あっちの店舗にいますぞ。」
森本を見つけた池田は、雑誌を置いて向こうの店舗に行こうとする。それに気が付いた宗近は、はっとピンクミーフィットちゃんから目を離し池田に抗議する。
「えー、見つけたなら、いいじゃないですか。もうちょっとこっちに居ましょうよ」
まだまだピンナップへの未練が終わらないようだ。
「もうかれこれ、一時間は堪能したじゃないですか。そろそろ他のところに行きましょう。じゃないと、いつまでもダラダラしちゃうでしょ。この前なんか閉店までここに居たし」
前回の反省を思い返して、池田は宗近を諫める。
「あー、あれは確かにちょっと居すぎでしたねぇ。ずっと立ちっぱなしでピンクミーフィットちゃんとミナミちゃんを交互にガン見してたら、いつの間にか外は暗くなっているし、疲れて仕舞には気を失いそうになりましたよ」
口に手の平を当てながら宗近が言う。宗近は少し出っ歯であるが、本人はそれを気にしているようだ。池田はなんとなくそれに気付いているが、いちいち指摘なんかしない。それぞれに色んな事情がある。
「そうでしょ。だから、とりあえず今日は
「了解です!」
「森本氏!」
「… ……」
「おーい、よう!」
池田が横から森本の頭に片手チョップする。宗近がその後ろから小走りでニーンと参上仕る。
「ああ、池田氏、宗近氏」
「キミはなーにを、没頭しているのでござるか。」
森本が持ってる物に目を落としながら、池田が言った。隣から宗近も顔を覗かせる。
「うん、私の大好きなアイドルのCDなんです。中古で安くて」
森本が眉間にシワを寄せながら、なぜか悩まし気に言う。
「大好きなアイドルなのに、確保してなかったんですか?」
「そうなんです。関西限定で売られた自主CDってやつで。こっちでは手に入らない物だったんです。まぁ言っても超マイナーアイドルなんですけどね。」
「マイナーって、如何ほど?!」
「ユーチューブで25回再生」
「あぁ、それはご愁傷様…」
池田の隣で、宗近が気の毒そうに手を合わせる。
「最近はアイドルも競争が激しいからね。もう解散しちゃったんです」
「じゃあ、廃盤じゃないですか。買うべきなんじゃないですか?」
「そうなんですが…」
「何か懸念でも?」
「私の推しだった子が、不祥事やっちゃって、まぁ男関係なんですけどね。それで解散って流れで」
「あぁ、それはダメだわ。処女以外生きる価値なし!…南無妙法蓮華経…」
手を合わせていた宗近が更に念仏も唱え始める。池田もアチャーといった顔をしておでこに手を当てる。
「そいつぁ、
「でしょー。でもね、このCDさえ買えば、全部揃うんですけどね」
「なら、買お」
「はやっ!やっぱり買うべきでしょうか」
「これでコンプリなんですよね?それなら、買うっきゃないでしょ。私たちオタクは一度集め始めた物はコンプリしなければならない。それはある日、おぎゃあとオタクとして生まれ落ちたその日から、その手に
「そう、過言ではない!… …南無妙法蓮華経…」
オタッキーAとBは、コンプリに関しては譲れない信念と誇りを胸に抱いていた。
「コンプリ達成の前には、押しが処女であろうがなかろうが、そんなことは小さな問題じゃないですか?!コンプリさえできれば、そんな不祥事くらい、男の度量で引き受けてあげましょうよ!」
池田が森本の手を両手で握りながら熱弁を展開する。
「…そう、そうですよね!うん。そうですよね。買います!買うことにします!これでコンプリできますもんね。本当だ。良かった、私は一体さっきまで、何を考えていたんだろう。些細な推しの男問題ごときで、私たちにとってのコンプリの大切さを危うく忘れてしまうところでした。本当に危なかった…。池田氏、恩に着ります!」
「礼なんか良いから、ユー。早く買ってきちゃいなよ!」
池田はウィンクしながら右手でグッとした。
「買ってきます!」
憑き物のとれたような晴ればれとした顔をしながら、森本は奥のレジに颯爽と向かい、会計をしにいった。
オタッキー3人組は、今日もいつも通りのルートでいつもと変わらない会話をする。
3人はコンピューター系の専門学校に通っているが、その中で気が合った仲間だった。細かい趣味趣向は違うものの、性格気質が合うようで、自然とつるむようになったのである。
「森本氏、良かったでござるね。」
一生懸命CDジャケットを確認している森本を見ながら、宗近が言う。
「さっきから、なんでずっと忍者語なんですか?なんか新しいアニメありましたっけ?」
先ほどのオタッキーAtoBのやりとりを知らない森本が、自分だけ置き去りになっているのを少し不満そうにしていた。AtoBはそういう森本を見て増長し、更に輪をかけて忍者語に専念していくにつけ、もうついていけないと言った風に、森本は取り合わなくなった。
忍者語で先ほどの
相手にの身体に正面からぶつかってしまった森本は、衝撃で脇の道路に転び、持っていたCDと歌詞カードを道に投げ出してしまった。
「うわっ!… …イタタ…」
目の前にはぶつかった相手が立ち止まりオタッキー3人を凝っと見ていた。
オタッキー3人は足元から順に相手を見上げていった。目の前にはジーパンにスカジャン、茶髪にこれでもかと顔面にピアスを開けた、如何にも凶悪そうな男が立っていた。3人は発作的に目を地面に反らした。
「おい」
男が誰ともなく声を掛ける。だが対人スキルのほとんど無い3人はその問いかけに答えることができない。
「お前ら、何やってくれてんの?」
男が顔面をぐっと池田の方に突き出してきた。池田はあまりの恐怖に更に縮こまる。まるで肉食動物に睨まれた草食動物のように、まったく身動きができない。それでもなんとか、一言絞り出す。
「す、すみません…」
その言葉が終わらないうちに、男はかぶせて言葉を出してきた。声には威圧する温度が籠っていた。
「なんで、前もまともに見て歩けないの?お前ら。バカなの?小学校ちゃんと行ったか?クソが」
道端に転んだ森本も転んだ態勢のまま、ただ男を見上げているだけだった。宗近に至っては目をつぶって現実逃避を始めている。
「俺はなぁ、お前らみたいな、パソコンの画面ばっかり見て現実見ようとしねぇ奴見てると、マジで虫唾が走るんだよ!現実も見れねぇから、こうやって前も見えねぇで道でぶつかったりするんだ。お前らみたいな奴はマジクソだぜ。息してるんじゃねぇよ!」
男はそう言いながら、池田の胸倉を強くつかんで何度か揺さぶった。三人の中では一番体重の重い池田の身体がオモチャのように揺れた。その間も池田は目を合わすことができず、揺れながら、終始地面を見つめていた。顔には愛想笑いのような奇妙な表情を浮かべていた。
それから男は、一人づつ物色するように眺めた後、道に転んでいる森本を見ながら、その傍らに唾を吐いた。そして、次の瞬間、道端に落ちていたCDを踏みつけて歩いていった。
「あぁ!!」
森本の悲痛な声が響いた。しかし、池田と宗近はその声にも反応することができず、ただ突っ立っていた。
周りにはその間に何人も通行人がいたが、我関せずといった感じで誰も関わってくることはなかった。
それから、10分ほど3人はその態勢のままだった。
周りの通行人は、今では先ほどと変わらない流れを形成しており、オタッキー3人に起こった出来事など誰も知らないようだった。
その中で、池田がやっと口を開いた。
「… …私たちって、そんなに悪いことやってますかね。」
うつ向いている池田を、宗近と森本は見た。
それから、池田は道に座っている森本に手を差し伸べた。森本は、特にどこもケガをしたわけではなかったが、その手を受け取り立ち上がった。
「まぁ、私がぼっーっとしてたのが悪いんですし…。」
森本の顔は暗たんとしていた。口ではそういったものの、やはりどこか釈然としない気持ちがあった。宗近はただ、二人のやりとりを聞いていた。
「でもやっぱり、ここまで、言われることはないと思います。」
池田はやっぱりなおも地面を見つめながら、口惜しそうに言葉を吐いた。両方の拳は強く握られていた。