十六

文字数 670文字

 部屋の扉は開いていた。ミライがテレビを観ていた。夕食時にやっているアニメ番組だった。菓子袋がテーブルの上に転がっている。テツヤに気付くと立ち上がった。
「ちょっと待って、すぐ片付けるから」
 テーブルの上の空袋や脱ぎ捨てた服などを片付け始めた。酒のにおいがした。熱で目が霞み、立っているのが精一杯だった。視線を合わせようとしない。
「もう少しだけ、ここに居させてね。すぐに新しい部屋を探すから」
「出て行かないでほしい」
 声が震えた。
「無理しないで」
「無理なんかしてない」
「あなた、顔色が悪いわ」
「アニメ、観てたんだろう?」
 ミライの表情が一瞬泣き崩れそうになった。しかし、それを必死に堪えた。ベッドに横たわると、ミライが台所からグラスに水を注いで、戸棚から粉の風邪薬を出した。
「苦いわよ」
「子供じゃないんだから」
 目が紅く腫れていた。体を起こして薬と冷水を飲んだ。
「なんて甘ったれた人なの」
 その言葉を聞いて、心が楽になって行くのを感じた。目をつむった。服が汗で濡れている。額に手をやり、はっと息を飲んだ。失われて行く意識の中で、いつか幼い頃に見た、どこまでも続く故郷の真冬の水田地帯に、家々の明かりが灯る光景を思った。心地良いものが、心の中の闇を洗い流して行く。しかし、その後で必ず、揺り返しのような感情がやってくることを知っている。雪の日の情景に、二つの相反する思いが混在するようだった。或いは、一つの思いが、アンビバレントなまま、引き裂かれて行くようだった。    


                                 (了)
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