マンダレー③ 「砂の絵と結婚式」
文字数 1,103文字
その後、マンダレーから車で40分の場所にある
"アマラプラ”という町へ連れて行ってもらった。
そこには、1.2Kmある世界最長の木造の橋にして、160年以上の歴史を誇る"ウーベイン橋"があった。
その橋の上で私は、地べたに座って砂で絵を描く不思議な人に出会った。
黒い紙の上に砂をのせ、目の前でその紙を上下左右に揺らす。用紙には接着剤のようなものが塗られていたり穴が開いていたかもしれないが、絵筆や水などはいっさい使っていなかった。
とにかく私の記憶では、黒い紙を両手で持ち、寄せては返す波のように黒い紙を動かしているうちに砂で描いた幻想的な絵が瞬く間に完成した。
目の前の絵は、海と橋と、そこで散歩する人がひとり。魔法仕掛けのような砂の絵に私は心を奪われた。
日本円で500円~1000円ほどだったと思う。
私は、なけなしのお小遣いでその砂の絵を買った。
つい最近まで実家の部屋にその絵は飾られていたが、ここ数年めっきり見かけなくなってしまった。今度帰省したら、魔法仕掛けの砂の絵を何としてでも見つけ出さなければ。
また、このアマラプラでふたりの美男美女カップルと親しくなった。男性のほうはトム・ハンクス似で背が高く、女性のほうもまたスラッとした背丈で理知的な雰囲気漂う黒髪だった。
どういう経緯で町を案内してくれることになったかまでは覚えていないが、ミャンマー人というのは総じて外国人に対して親切だ。
この日に撮った写真を振り返るとちょっと笑える。なにしろ私のカメラのフィルムには、サングラスをかけた彼と、その彼女の写真ばかり残っており、まるでふたりのフォトウェディング専用カメラマンにでも自分はなったのかとツッコミをいれたくなる。
きっと、私はふたりの写真を撮るのが純粋に楽しかったのだろう。
どの写真も我ながら百点満点だった。
ウーベイン橋観光の後、ふたりに案内されてある民家へと移動した。
道中、「結婚式があるらしい」としか兄が訳してくれなかったので、てっきりこのふたりの結婚式なのかと思っていたが、実際は全く知らない人の挙式だった。
解放された庭の白いテーブルにはご馳走が並んでいた。わけもわからず参加した私と兄だったが、誰もよその国の闖入者ふたりを白い目で見る者はいなかった。
それどころか隣に立っていた女性が、「拍手するのよ」といわんばかりにジェスチャーでこの後の流れについて教えてくれた。
ほどなくして部屋の奥から現れた若い新郎新婦さん。私と兄は、現地の人たちと一緒に盛大な拍手を送った。
まさか異国の地で、名前も年齢も職業も知らない男女の大切な日に立ち会えようとは夢にも思わなかった。
"アマラプラ”という町へ連れて行ってもらった。
そこには、1.2Kmある世界最長の木造の橋にして、160年以上の歴史を誇る"ウーベイン橋"があった。
その橋の上で私は、地べたに座って砂で絵を描く不思議な人に出会った。
黒い紙の上に砂をのせ、目の前でその紙を上下左右に揺らす。用紙には接着剤のようなものが塗られていたり穴が開いていたかもしれないが、絵筆や水などはいっさい使っていなかった。
とにかく私の記憶では、黒い紙を両手で持ち、寄せては返す波のように黒い紙を動かしているうちに砂で描いた幻想的な絵が瞬く間に完成した。
目の前の絵は、海と橋と、そこで散歩する人がひとり。魔法仕掛けのような砂の絵に私は心を奪われた。
日本円で500円~1000円ほどだったと思う。
私は、なけなしのお小遣いでその砂の絵を買った。
つい最近まで実家の部屋にその絵は飾られていたが、ここ数年めっきり見かけなくなってしまった。今度帰省したら、魔法仕掛けの砂の絵を何としてでも見つけ出さなければ。
また、このアマラプラでふたりの美男美女カップルと親しくなった。男性のほうはトム・ハンクス似で背が高く、女性のほうもまたスラッとした背丈で理知的な雰囲気漂う黒髪だった。
どういう経緯で町を案内してくれることになったかまでは覚えていないが、ミャンマー人というのは総じて外国人に対して親切だ。
この日に撮った写真を振り返るとちょっと笑える。なにしろ私のカメラのフィルムには、サングラスをかけた彼と、その彼女の写真ばかり残っており、まるでふたりのフォトウェディング専用カメラマンにでも自分はなったのかとツッコミをいれたくなる。
きっと、私はふたりの写真を撮るのが純粋に楽しかったのだろう。
どの写真も我ながら百点満点だった。
ウーベイン橋観光の後、ふたりに案内されてある民家へと移動した。
道中、「結婚式があるらしい」としか兄が訳してくれなかったので、てっきりこのふたりの結婚式なのかと思っていたが、実際は全く知らない人の挙式だった。
解放された庭の白いテーブルにはご馳走が並んでいた。わけもわからず参加した私と兄だったが、誰もよその国の闖入者ふたりを白い目で見る者はいなかった。
それどころか隣に立っていた女性が、「拍手するのよ」といわんばかりにジェスチャーでこの後の流れについて教えてくれた。
ほどなくして部屋の奥から現れた若い新郎新婦さん。私と兄は、現地の人たちと一緒に盛大な拍手を送った。
まさか異国の地で、名前も年齢も職業も知らない男女の大切な日に立ち会えようとは夢にも思わなかった。