第43話 コテージにて①

文字数 1,870文字

 車は、山小屋風のコテージが点在する場所に着いた。
 まだ工事中なのか、重機が放置されている。
 建設途中のコテージも多数あった。

一輝(かずき)さんと町長はここにキャンプ場を作る計画を立てていました。町の人たちからは反対されたんですけど、一輝さんが押し切ったんです」

 だが鷲宮一輝(わしみやかずき)が亡くなり、その計画も頓挫したらしい。

「コータは私と一緒に本家に住んでいたんですが、一輝さんが亡くなった後、家を出てしまって……昔、佐伯の父と一緒に暮らしたこの土地に戻ってきてしまったんです……もう家はないのに、ここに住み出したんです……」



 コータが住処として使っているコテージの中は、きれいに片付いていた。
 衣服もきちんとハンガーにかけられて、クローゼットに収まっている。
 机にはノートが何冊もあった。
 見てもいいかと真理子に断わり、正語(しょうご)はノートを開いてみた。

 漫画が描いてある。
 絵は達者だが、字は判読し難いひどいくせ字だ。

 真理子はトレイにお茶を載せて戻ってきた。

「きれいにしてますね。弟さんは几帳面なんですね」

「全然です。私が片付けてます」と真理子はグラスに入った冷たい緑茶を正語に手渡した。

 正語は背の低いベッドに座り、お茶を口にしながら、部屋を見回す。
 部屋はチエックインしたてのホテルのように無個性だ。
 この部屋の主がどんな人物なのか、示してくれるような物は何もなかった。

「コータ君の荷物のほとんどは、まだ本家にあるんですか?」

「そうです」

 真理子はベッドの近くに敷かれたラグの上で正座をしている。うつむき、毛玉を取っていた。

「一輝さんが亡くなった時、すぐに警察に届けるべきでしたね。弟さんの無罪を信じるなら尚更です」

 取り返しがつかない事だが、言わずにはいられなかった。

「……警察に連絡したら、コータは絶対に有罪にされてしまいます……話も聞いてもらえません。佐伯の父がそうでした。無実の罪で刑務所に入り、そのまま亡くなりました……」

「佐伯さんは、何をしたんです?」

「一輝さんの弟を誘拐したことにされてしまいました」

「……秀一君を……誘拐したんですか?」

「秀ちゃんとコータは仲が良かったんです。遊びに来て、泊まっていっただけなのに……」

 よくそんなことぐらいで一人の人間を刑務所に収監できたなと、正語は驚いた。

「智和さんには、警察関係のお知り合いが多いそうです」と真理子は顔を上げて正語を見た。「……でも」

 正語と目が合うと真理子はまた、下を向いて毛玉を取り始めた。

「……智和さんのお知り合いでも、九我さんみたいに、話をきいて下さる方で良かったです……」

 大福持参で家にやってきて、父親と酒を酌み交わしていく智和が、コネを使って無実の男を獄中死させたなど、思いたくない。
 だが当然、人には様々な顔があるものだ。

「どうして智和さんは、そんなに佐伯さんを憎むんですか? 何かあったんですか?」

「佐伯の父は、私の母のことで鷲宮の人間を恨んでいたようで……お酒を飲んで暴れたことが何度もあったんです。ある日、本家と『西手』の区別がつかなかったのか、刃物を持って『西手』に押し入ったんです。智和さんが奥さんの輝子(てるこ)さんを守ろうとして怪我をして、その血を見た輝子さんは妊娠中だったんですが、ショックで流産してしまいました」

 ——その後智和、輝子夫妻には何年も子供が出来なかった。

 辛い不妊治療の結果、十年以上過ぎてようやく第二子の秀一が生まれたということらしい。

「智和さんは、父がコータを本家に住まわせることにしたのも、納得いかなかったようです」

 高太郎と真理子の母親の不倫が発覚し、町中から非難された真理子の母親が神社で首を吊った後、真理子は本家に引き取られ、智和の策略(かどうかはわからないが)で佐伯が刑務所に送られた後、コータは本家に住むようになったということのようだ。

 そして兄弟仲は悪くなり、あれだけ近くに住みながら今では音信不通だと真理子は言った。

 正語はお茶を飲み干した。

「この後どうします? 他を探しますか? ここでしばらくコータ君が戻るのを待ちますか?」

 手を伸ばして、ご馳走様ですと真理子の脇に置かれたトレイの上にグラスを置いた。

「……あのぅ……九我さん……お願いがあるんですが……」
 
 正座したまま真理子は胸で手を組んで、頭を下げた。

「なんです」

「……私の『やりたいことリスト』の三番目……協力してもらえませんか……」

「私で、お力になれるのでしたら」

 真理子はさらに深く頭を下げた。

「……私……今すぐ処女をやめたいんです……どうか、お願いします……」
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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