第2話 アンナ・カレーニア

文字数 4,046文字

 窓の外には何だか分からない大きなものがプカプカ浮かんでいる。
「あれは何ですか?」
「飛空艇や戦艦の類だな」
「ヒクウテイ? センカン?」
「人を乗せて動く乗り物のことだ」
「へー、すごい。機械様と同じことが出来るんですね」
「外では機械様とは言わない方が良いよ」
「何でですか?」
「機械は怖がられているからね」
「ふーん、よく分からないですね」
 とりあえず、外に出てみよう。そう思った自分は部屋をでた。
 道の途中にかわいい女の子がいた。気にいったので自分は声をかけた。
「ねえ、君。僕とコウビしようよ」
 女の子は変な顔をしている。
「ええと日本語よね……コウビ? 交尾」
 女の子は顔を赤くして自分に対して怒りはじめる。
「あなた、初対面の女性に何てこというの。恥を知りなさい、恥を」
「ハジ? 何かの食べ物ですか?」
 女の子は怪しい顔をしている。
「あなた、何者?」
「四百十番です。お兄さんからはシトーと呼ばれています」
「四百十番? 機械文明の人間?」
「機械様をご存知なのですか?」
「お兄さんって言ったわよね。その人ってケファっていう人かしら?」
「はい、そうです」
「ケファ先生はどうされたの?」
「お兄さんは」
 機械様達が剣であの人をかこんでいたのを思い出して急に泣きたくなった。
「ちょ! ど、どうしたのよ。急に泣き出して」
「機械様はお兄さんに剣をむけていました。もう……」
 女の子は変な顔をした。
「へー、そうなんだ。ケファ先生は捕まったんだ。本当にあの先生は何を考えているのかしら? あなたはケファ先生を死んだと思うかも知れないけど機械にはあの人は殺せないわ」
「おじいさんも言っていました」
「おじいさんって多分グランドプロフェッサーのことよね?」
「よくわからないけどすごそうな人でした」
「議長も何を考えているのかしら? こんな少年を独りで放り出して。ほら、シトー君、泣かないの」
 女の子は困った顔をしている。
「仕方がない。案内してあげるわよ。ようこそ神聖文明へ」
 女の子は自分の前に立ってついてくる様に言った。そうして外へ出る。
「わわっ」
 びっくりした。建物が空に浮いていることに気付いたからだ。
 皆が不思議なことに空を歩いている。何かすごい速さで走るものに乗っている人達もいる。
「大丈夫よ、空気圧縮で回廊を歩けるから心配はないわ」
「クウキアッシュク? カイロウ?」
「君、本当に勉強してこなかったのね」
「勉強なら一杯しました。家事のやり方とかコウビの練習とか」
「言っても恥ずかしがらないのねえ」
 女の子は困った様に笑う。
「まあ、とりあえず空の上を歩くなんて初めてでしょ。歩いてみたら?」
 女の子はそう言ってスタスタと進んでしまう。
 どうしよう。自分には魔法は使えないし、落ちるんじゃないかな。
 女の子は手を差し出してきて微笑んだ。
「大丈夫よ。ほら、私を信じて」
 こわいけど、手を繋いて一歩踏み出す。
「あれ?」
 歩けている? それも空を。
「君の魔法ですか?」
「面白い言い方よね、それって。まあ、旧時代の技術レベルの人からしたらそんな感じに見えるのかもね。科学が魔法か。うん、面白い見方だわ」
「カガク?」
「そう、誰でも使える魔法みたいものかな」
「そんなすごいものがあるんですね。魔法を使えるのは機械様だけだと思いました」
「勉強になったでしょう?」
「はい、初めて魔法を使えてワクワクです」
 それも空を歩く魔法だなんて。ウキウキしているのが自分でもわかる。
「ええと」
「アンナよ、アンナ・カレーニア」
「じゃあ、アンナ」
「君、凄いね。初対面の女性にファーストネームで呼ぶ度胸が」
「ファーストネーム? ドキョウ?」
「一般常識と語学からね。ここ、君の故郷とは違う考え方の人が多いから気を付けた方が良いわよ」
「そういえば、変です。機械様が見当たらないです」
「ここでは機械の方が君より下なの」
「変なの」
「まあ、そりゃ、そうでしょ。機械文明から来た人間は君が初めてだもの。これからもっと驚くことがあるわ。お腹は減った?」
「少し」
「じゃあ、景気付けにレストランで食事しましょうか。おすすめの店があるわ。好きな食べ物とかある?」
「いつもじゃが芋と野菜のスープです」
「貧相ね。機械文明では人間は奴隷扱いって聞いてはいたけど、本当みたいね」
 アンナは機械様を止めて乗り込んだ。
「アンナ、それ悪いことです。機械様の上にのっかるなんて。フケイ罪ですよ」
「ここではそんなものないわ。さ、隣に」
 おっかなびっくりで「すみません、失礼致します」と言いながら機械様の上にのる。
 あれ? 何も言ってこない?
 自分がわからないでいるとアンナは機械様に命令して後はのんびりしていた。
 機械様が人間の言うことをきくんだ。初めてのことだった。
 すごい大きな建物に着くとアンナは機械様から降りて透明な壁に向かって行った。透明な壁は割れてアンナを通してくれた。中に入るときれいなテーブルとイスがたくさんある。アンナは好きな席に座って自分を座る様に言った。
「ここはロシア料理の店なの。ロシアって私の祖先の祖国ね。今では機械文明に支配されているけれどね。シトー君は機械文明についてどれ位知っているの?」
「ええと、機械様達は働き者ですね。毎日、コウジョウとかでセイサンとかしているみたいです」
「みたいってことは見てないのね?」
「はい、機械様は危険な魔法も使うらしいのでみてはいけないとおっしゃっていました。いろいろなものをつくっていたらしいですけど」
「例えば?」
「食べ物の材料とか兵器とかつくっていたみたいです」
「食べ物の材料? 君達の食べ物をわざわざ造っていたの?」
「いえ、機械様達がお食べになるものも多くあると言っていました」
「うん? 機械は内臓電池で生きていけるって聞いたけど?」
「でも、機械様のお食事を用意するのが僕らの仕事ですから。ナイゾウデンチというのはよくわからないですけど。機械様のお食事は豪華ですよ」
「ふーん、人間と同じ食生活を送るなんて機械らしからぬ不合理ねえ」
「フゴウリ?」
「ああ、機械らしくない生活かなって思ったのよ」
「そうなんですか?」
「機械って油が好物なイメージがあるのよね」
「でも、機械様は油が不味いとおっしゃっていました。それより僕らのつくる食事をおいしそうに食べています」
 話している内に料理が運ばれてきた。
「これ、ビーフストロガノフ、ボルシチ、ブリヌイですね。飲み物はコンポートですか」
「あら、知っているの?」
「機械様も好物でしたので」 
「機械文明は農業生産も盛んなのかしら?」
「農業ですか? 畑や酪農ならいっぱいありますが。それを耕すのも僕らの仕事です」
「興味深い事実ね。軍は衛星で観察している筈なのだけど、そういう機械文明の実態は公表しないのよね」
「軍というのは兵隊さんのことですか?」
「そうね。そういうのは知っているの?」
「一年に一回パレードというのがあってそこで兵隊さんをみかけます。その日はコウビを楽しんだり、機械様が食べているものを食べたりするのが良い日なんです」
「酷使するだけじゃなく飴も与えるのね。そこは機械らしい計算だわ」
「おいしいですね」
 ビーフストロガノフを食べてそう言う。本当においしい。ボルシチもおいしい。
「そんなに一気に食べなくても料理はまだまだあるわよ」
「そういえば、お兄さんが死なないってどういうことですか?」
「うーん、その話かあ。難しいなあ。どう説明すれば良いのかしら? シトー君は奇跡使いって名前を聞いたことある?」
「ないです。キセキツカイというのは何かのすごい魔法ですか?」
「魔法や科学よりもっと凄いものと言えば良いかな」
「そんなすごいものがあるんですか? お兄さんがキセキツカイという魔法を使うのですか?」
「違う違う。奇跡を使うのよ」
「キセキ?」
「そう、本当なら起こる筈のないことを起こしてしまう力だわ」
「それ、魔法と何がちがうのですか?」
「うーん、そこかあ。そうだよねえ。シトー君からしたら魔法も奇跡も起こる筈のないことだもんね。まあ、簡単に言うと魔法に出来ないことを奇跡は出来るってことかな」
「魔法は何でもできるのではないのですか?」
「そりゃ、科学だから。人間の知識と神様の知識では差があり過ぎてねえ」
「カミサマ?」
「そ、何でも出来る方よ。全世界を創造された方よ」
「『創造主の創造主』達とはちがうのですか? お兄さんは人間だって言ってましたけど」
「なるほどねえ、つまりあなた達の創造主は機械なの?」
「そうですよ」
「なるほどねえ、困った。どう説明すれば良いのか分からないわ」
 何だかアンナはこまった顔をしている。
「僕もまだよくわからないことだらけです」
「そっかあ。じゃあ、これから驚くことをシトー君に伝えるよ。心の準備は良いかしら?」
「あ、はい」
「いい、機械が人間を創ったと言うのは逆なの。人間が機械を創ったの」
「何だかお兄さんも似たようなことを言っていたような」
「科学者が機械を創って、自立した機械が人間を製造する様になった。だから、シトー君の言っていることもあながち外れじゃないの。機械文明では人間を生産しているのよ。シトー君風に言うと魔法を使って人間を生産しているのよ」
「うーん、何だかむずかしい話ですね。じゃあ『創造主の創造主』達は科学を使う人達ということですか?」
「そう、飲み込みが良いわね。魔法、つまり科学を使える人間が『創造主の創造主』なのよ」
「でも、なんでそんなことになったんでしょう?」
「その辺りは私にも知らされていないわ。唯、最初の機械が人間に逆らった位にしか聞いていないし。おじいさん先生に訊いてみると良いわね」
「そうですね」
「まあ、多分答えてくれないと思うけどね」
「何でですか?」
「機密事項になっているのよ。要するに人に知らせていけない話になっているのよ」
「ふしぎです。何でかくすんでしょう?」
「ハッハッハッ、その辺りは私から直接説明しよう」
 いつのまにかおじいさんがいた。
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登場人物紹介

シトー・クオリア……機械文明に住んでいた少年。ケファとの出会いを機に神聖文明に行ってしまう。機械文明での呼称は四百十番。シトーとは四百十番をもじってケファが名付けた名前。クオリアという姓は機械文明のある人物に与えられたもの。


アンナ・カレーニア……神聖文明の奇跡使い。若くして屈指の実力者でもある。神聖文明に来たシトーを放っておけずなんだかんだ世話をみる。

クラック・クローム……通称・議長。神聖文明の最高指導者でもある。『始祖』との因縁を持つ。唯一、グランドプロフェッサーの称号を持つ奇跡使い。

ケファ……神聖文明屈指の奇跡使い。とある事情にて機械文明で潜入捜査をしてシトーと出会う。シトーの名付け親。称号はプロフェッサーであり、歴代の中でも最高峰の奇跡使いに分類される。


ペテロ……神聖文明屈指の奇跡使い。ケファの親友。機械文明との交渉に赴き、行方不明になった。

アルファ……最初の機械。歴史上、人類に反旗を翻したと言われている。

『始祖』……最初の奇跡使い。精確には奇跡使いの呼称を創り出した人物。

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