第4話 隠された謎文書
文字数 2,979文字
「ちょい待ち! 俺にも見せろ」
急いで奏真の傍らに行くと、剥がしかけの紙と紙の間を覗いた。すると、確かに何かが入っている。なんだ、あれ。折りたたんだ紙?
この史料、今までに何度か見たけど、その時には裏表紙の内側にこんな捲れなんて無かった。最近糊がはがれた……のか?
「なんか、紙っぽいよな? どうする? 引っ張り出してみる?」
聞いてくる奏真に、『そうだな』と頷いた俺は、引き出しから持ってきた作業用のピンセットを隙間に差し込むと、折りたたまれている紙を破らないようそーっと摘まんだ。
「旬、ゆっくりだぞ、ゆっくり。脆くなってるかもしんないし」
「分かってるって」
返しながら、少しずつ少しずつ慎重に紙を引っ張り出す。
ヤバい、緊張で手が震える。
数分かけて何とか紙を外に取り出したあと、今度はそれを、更に慎重に開いてゆく。
破らないように、破らないように……。
ゆっくりゆっくり息を殺しながら開いていくと、中には何やら文が書かれていた。
《乙より預かりし錠に、ひとつ面白きものあり。昔の刀工によって作られし物なれど、その類の場では見たことなき作りなり。聞けばこの錠だけは、この作りにしてもらうよう、別の刀工に頼んだとの由。
確かに、容易く開けられては困る代物ゆえ納得いくが、依頼と言えど、これほど見事な技には言葉もなし。いかな刀工か知り得たきものなり》
「手紙……とかじゃなさそうだな。史料の一ページにしようと思ってたものが、間違って挟まっちゃった感じかな? ……あ、でも、それならわざわざ折りたたまないか。何でこんなところに入ってたんだろ」
うーんと考え込む奏真の横で、俺は無言で何度も文を目で追った。
乙より、預かった錠……
その類の場所では見たことのない作りの面白い錠……
何だろう、何かが見えそうで見えない、まるで霧か靄の中にいるような変な感じがする。
乙っていうのは、お客のことなのかな?
今まで読んだ史料の中で、客のことをこんな風に呼んだものは一つもなかったけど、何でこれは、こんな書き方をしてるんだろう?
相手の名前を伏せる必要があったから? それとも純粋に〈乙〉っていう名前なのか?
「それにしても、この〈乙〉っていうの気になるよな? 相手の名前を伏せた呼び方なのか、ほんとに〈乙〉っていう名前なのか……」
俺と同じ違和感を覚えた様子の奏真が、こっちを見る。
「どうだろうな。どっちの可能性も考えられるから何とも言えないけど、一つだけ確かなのは、紙が折りたたまれた状態でここに挟まってたってことは、製本過程のトラブルじゃないってことだ」
そう、これは明らかに隠してあったものだ。
「つまり、意図的にここに挟んで裏表紙を重ね閉じにしたってことか。隠すために」
裏表紙の剥がれた重ね部分を指で摘まみながらそう聞き返してきた奏真に、俺はこくりと頷いた。
「おそらくな」
初めからそのつもりでここに挟んだんだろう。
ただ、何で隠す必要があったのかが分からない。
内容的には隠す必要性のあるものじゃないから、隠したかったのは相手の名前――だったのかも知れないし、もしくは、〈その類の場では見たことのない作りの面白き錠〉の方だったのかもしれない。何にせよ、ここから出てきたってことは、自分以外の誰の目にも触れさせたくなかったからなのは確かだ。
「何か、ヤバいもん見つけちゃったな」
ぼそっと奏真が呟いた矢先、両手に盆を持った親父が戻ってきた。
「お待たせ。コーヒーと、チョコレートパイがあったから持ってきたよ。ん? どうした? 二人とも難しい顔して。それは?」
「あ、おじさん! おじさん! なんかヤバいもん見つけちゃったんですよ! これ、最後の巻の裏表紙が二枚重ねになってて、その間から出てきたんです。隠してあったっぽくて」
俺の持つ紙を指さしそう説明した奏真に、
「え? 裏表紙の間?」
と聞き返してきた親父は、手にしていたコーヒーと菓子を手早く作業台に置くと、俺の手元の紙を覗き込んだ。
「……乙から預かった物で、その類の場所では見たことのない作りの面白い錠……か」
言いながら作業椅子に腰を下ろすと、『どんな錠なんだろうな』と加えた。
「からくり錠だったとか、かな」
横から口をはさんだ奏真を見返し『たぶん、そんなところだろうね』と答えた親父は、『それにしても、丁寧に折りたたんで隠してあったってことは、よほど表に出したくない物だったんだろうね』と関心を示すようにいう。
「うん、俺もそう思う」
初代は、何を隠したかったんだろう。乙か、錠か……。それとも他に理由があったんだろうか?
「乙っていうのが誰のことか分かれば、この謎は解けるんだろうけどね」
ぽつりと口にした親父の言葉に、俺も奏真も頷いた。
親父の言う通り、〈乙〉が誰なのかが分かれば、この文章の内容も、どうして隠してあったのかも、一気に解決する。でも、その初めの一歩である〈乙〉の謎が解けない。
これはもう、お手上げに近いな。
「んー……、これは、解明にかなりの時間が要るね。ひとまず今は、この紙のことは横に置いといて、先に朽木神社のことを片付けようか」
言って、俺と奏真の腕をポンと叩いた親父は、『朽木神社さんも待ってることだし、早く手がかりを見つけ出さないと』と笑んだ後、小休止になっていた史料の読み返しを始める。それに納得した俺たちもまた、史料を開き読み返しを始めた。
読み返しを始めて三十分ほどしたころ、ふと親父が手元を止めた。
ん?
「何か見つけた?」
「いや、そうじゃなくてね、例の朽木神社で保管されてた手紙、もう一度見せてもらえるかな」
そう言うと親父が、作業台に置いてある手紙の方に手を伸ばした。
「え? ああ、うん、いいけど」
俺の頷きとともに手紙を掴んだ親父が、真剣な目で文章を追う。そして全部読み終えてから、『やっぱり違和感があるな』と語ちた。
「違和感?」
聞き返した奏真は、首を捻る。それを一瞥してから俺は口を開いた。
「さっきの、初代は本当に朽木神社の人に何かを預けたんだろうか――ってやつ?」
「うん、やっぱりどうしてもしっくりこないんだよ。――さっきも言ったように、手紙は朽木神社に保管されていたワケだから、まったく朽木神社と無関係な人ではないんだろうけど、手紙はあって〈物〉だけが見つからないっていうのが、どうにもなぁ……」
手紙を作業台に置いた親父は、ふぅっと息を吐く。
「おじさん、それ、どういうことですか?」
すかさず聞き返した奏真の目が、真っすぐ親父を見つめた。
「ん? いやね、もしこの手紙を預かった人物が、当時、朽木神社の宮司さんか誰かだったのなら、大切な物を預かった以上、子孫にも伝え継がれていったはずだ。しかもそれが、いつ誰が取りに来るかも分からないような代物であるなら尚のことね。だけど旬の話を聞く限り、古賀さんは預かった物が何なのかすら知らなかったし、この手紙も書殿で初めて見つけたようだった。――つまり、初めからその預かった〈物〉は朽木神社には存在しなくて、手紙のことも子孫には一切伝えられていなかったんじゃないかな」
言いながらコーヒーカップを掴んで一口啜った親父に、俺は奏真と顔を見合わせたあと、息をのんだ。
初めから朽木神社には、預かった物が存在しなかった――かもしれない……?
急いで奏真の傍らに行くと、剥がしかけの紙と紙の間を覗いた。すると、確かに何かが入っている。なんだ、あれ。折りたたんだ紙?
この史料、今までに何度か見たけど、その時には裏表紙の内側にこんな捲れなんて無かった。最近糊がはがれた……のか?
「なんか、紙っぽいよな? どうする? 引っ張り出してみる?」
聞いてくる奏真に、『そうだな』と頷いた俺は、引き出しから持ってきた作業用のピンセットを隙間に差し込むと、折りたたまれている紙を破らないようそーっと摘まんだ。
「旬、ゆっくりだぞ、ゆっくり。脆くなってるかもしんないし」
「分かってるって」
返しながら、少しずつ少しずつ慎重に紙を引っ張り出す。
ヤバい、緊張で手が震える。
数分かけて何とか紙を外に取り出したあと、今度はそれを、更に慎重に開いてゆく。
破らないように、破らないように……。
ゆっくりゆっくり息を殺しながら開いていくと、中には何やら文が書かれていた。
《乙より預かりし錠に、ひとつ面白きものあり。昔の刀工によって作られし物なれど、その類の場では見たことなき作りなり。聞けばこの錠だけは、この作りにしてもらうよう、別の刀工に頼んだとの由。
確かに、容易く開けられては困る代物ゆえ納得いくが、依頼と言えど、これほど見事な技には言葉もなし。いかな刀工か知り得たきものなり》
「手紙……とかじゃなさそうだな。史料の一ページにしようと思ってたものが、間違って挟まっちゃった感じかな? ……あ、でも、それならわざわざ折りたたまないか。何でこんなところに入ってたんだろ」
うーんと考え込む奏真の横で、俺は無言で何度も文を目で追った。
乙より、預かった錠……
その類の場所では見たことのない作りの面白い錠……
何だろう、何かが見えそうで見えない、まるで霧か靄の中にいるような変な感じがする。
乙っていうのは、お客のことなのかな?
今まで読んだ史料の中で、客のことをこんな風に呼んだものは一つもなかったけど、何でこれは、こんな書き方をしてるんだろう?
相手の名前を伏せる必要があったから? それとも純粋に〈乙〉っていう名前なのか?
「それにしても、この〈乙〉っていうの気になるよな? 相手の名前を伏せた呼び方なのか、ほんとに〈乙〉っていう名前なのか……」
俺と同じ違和感を覚えた様子の奏真が、こっちを見る。
「どうだろうな。どっちの可能性も考えられるから何とも言えないけど、一つだけ確かなのは、紙が折りたたまれた状態でここに挟まってたってことは、製本過程のトラブルじゃないってことだ」
そう、これは明らかに隠してあったものだ。
「つまり、意図的にここに挟んで裏表紙を重ね閉じにしたってことか。隠すために」
裏表紙の剥がれた重ね部分を指で摘まみながらそう聞き返してきた奏真に、俺はこくりと頷いた。
「おそらくな」
初めからそのつもりでここに挟んだんだろう。
ただ、何で隠す必要があったのかが分からない。
内容的には隠す必要性のあるものじゃないから、隠したかったのは相手の名前――だったのかも知れないし、もしくは、〈その類の場では見たことのない作りの面白き錠〉の方だったのかもしれない。何にせよ、ここから出てきたってことは、自分以外の誰の目にも触れさせたくなかったからなのは確かだ。
「何か、ヤバいもん見つけちゃったな」
ぼそっと奏真が呟いた矢先、両手に盆を持った親父が戻ってきた。
「お待たせ。コーヒーと、チョコレートパイがあったから持ってきたよ。ん? どうした? 二人とも難しい顔して。それは?」
「あ、おじさん! おじさん! なんかヤバいもん見つけちゃったんですよ! これ、最後の巻の裏表紙が二枚重ねになってて、その間から出てきたんです。隠してあったっぽくて」
俺の持つ紙を指さしそう説明した奏真に、
「え? 裏表紙の間?」
と聞き返してきた親父は、手にしていたコーヒーと菓子を手早く作業台に置くと、俺の手元の紙を覗き込んだ。
「……乙から預かった物で、その類の場所では見たことのない作りの面白い錠……か」
言いながら作業椅子に腰を下ろすと、『どんな錠なんだろうな』と加えた。
「からくり錠だったとか、かな」
横から口をはさんだ奏真を見返し『たぶん、そんなところだろうね』と答えた親父は、『それにしても、丁寧に折りたたんで隠してあったってことは、よほど表に出したくない物だったんだろうね』と関心を示すようにいう。
「うん、俺もそう思う」
初代は、何を隠したかったんだろう。乙か、錠か……。それとも他に理由があったんだろうか?
「乙っていうのが誰のことか分かれば、この謎は解けるんだろうけどね」
ぽつりと口にした親父の言葉に、俺も奏真も頷いた。
親父の言う通り、〈乙〉が誰なのかが分かれば、この文章の内容も、どうして隠してあったのかも、一気に解決する。でも、その初めの一歩である〈乙〉の謎が解けない。
これはもう、お手上げに近いな。
「んー……、これは、解明にかなりの時間が要るね。ひとまず今は、この紙のことは横に置いといて、先に朽木神社のことを片付けようか」
言って、俺と奏真の腕をポンと叩いた親父は、『朽木神社さんも待ってることだし、早く手がかりを見つけ出さないと』と笑んだ後、小休止になっていた史料の読み返しを始める。それに納得した俺たちもまた、史料を開き読み返しを始めた。
読み返しを始めて三十分ほどしたころ、ふと親父が手元を止めた。
ん?
「何か見つけた?」
「いや、そうじゃなくてね、例の朽木神社で保管されてた手紙、もう一度見せてもらえるかな」
そう言うと親父が、作業台に置いてある手紙の方に手を伸ばした。
「え? ああ、うん、いいけど」
俺の頷きとともに手紙を掴んだ親父が、真剣な目で文章を追う。そして全部読み終えてから、『やっぱり違和感があるな』と語ちた。
「違和感?」
聞き返した奏真は、首を捻る。それを一瞥してから俺は口を開いた。
「さっきの、初代は本当に朽木神社の人に何かを預けたんだろうか――ってやつ?」
「うん、やっぱりどうしてもしっくりこないんだよ。――さっきも言ったように、手紙は朽木神社に保管されていたワケだから、まったく朽木神社と無関係な人ではないんだろうけど、手紙はあって〈物〉だけが見つからないっていうのが、どうにもなぁ……」
手紙を作業台に置いた親父は、ふぅっと息を吐く。
「おじさん、それ、どういうことですか?」
すかさず聞き返した奏真の目が、真っすぐ親父を見つめた。
「ん? いやね、もしこの手紙を預かった人物が、当時、朽木神社の宮司さんか誰かだったのなら、大切な物を預かった以上、子孫にも伝え継がれていったはずだ。しかもそれが、いつ誰が取りに来るかも分からないような代物であるなら尚のことね。だけど旬の話を聞く限り、古賀さんは預かった物が何なのかすら知らなかったし、この手紙も書殿で初めて見つけたようだった。――つまり、初めからその預かった〈物〉は朽木神社には存在しなくて、手紙のことも子孫には一切伝えられていなかったんじゃないかな」
言いながらコーヒーカップを掴んで一口啜った親父に、俺は奏真と顔を見合わせたあと、息をのんだ。
初めから朽木神社には、預かった物が存在しなかった――かもしれない……?