ラブラダ

文字数 1,961文字

 ユリスとアリアの生まれ故郷、フェルムーン星帝国(せいていこく)では、人々は10歳になると己の血を使った血人形──ラブラダを作り生きている。それは肉体を支配されたかつての歴史の爪痕であり、文化であった。

 明日はユリスとアリアの10歳の誕生日であるが、二人の頭は一つの身体に繋がっていたので、およそ他の子供達の倍の血液が必要だった。無論、産まれた時点で予測出来た事態であったため、両親は二人のために医者を呼び、己の血液型をそれぞれ事前に確認した。父親が同じ型で、充分な量の血液を持っていたので、ユリスとアリアの大きなベッドの隣にある、赤い人工革のソファでいつでもその血を娘達に渡せるようにと待機していた。幸いにも二人のラブラダは魔法使いのおばばの手により滞りなく作られ、立ちくらみはするものの、それも3日ほど安静にしているうちにすっかり良くなった。安全を考慮して他の子供達より一回り小さなラブラダになったが、ユリスとアリアは生まれて初めて経験する、一人ひとつずつの身体に大変満足していた。

 ラブラダは、血液の持ち主の依代となる。ユリスとアリアの場合、一つの体に流れる血液から二つのラブラダが作られた。依代として乗り移っていない間も血液が循環していられるよう魂を同期させる必要があるのだが、他の子供達と違い、二人は同じ身体から分けられた血液であったため、なかなか上手くいかないようだった。ユリスのラブラダを作ろうとするとアリアの意識が混じり、逆もまた然り。そもそもラブラダを二つに分ける必要はなかったのかもしれないとおばばや両親が気付いたが、二人のはしゃぎように水を刺すことも出来ず、そのまま2つの血袋はそれぞれ複雑な意識のもと同期された。

 二人がラブラダの扱いにも慣れ、一つの身体の時には実現出来なかったであろう、別の時間を歩み始めた頃。ユリスはディアルゴという少年に対して特別熱い思いを抱えていた。ラブラダを介して二人の仲はあっという間に深まり、間接的にとはいえ、

にまで至ったユリスは、意識の中に時折混じるアリアを少し疎ましく思い始めていた。

 一方、アリアもユリスの幸福を良く思わなかった。10年連れ添ったユリスを奪ったディアルゴが許せない。心も体も物理的に繋がっている自分よりも大事な人が出来るという不安は、アリアの心にどうしようもない傷を残していった。妨害こそしなかったものの、嫉妬に燃え狂うアリアの心の声はユリスに聞こえていただろう。アリアは泣きながら、ユリスを取り戻す方法を考えていた。そのうちに、身体が二つに分かれてしまった事が一番の原因であると気付いたアリアは、ユリスのラブラダと再び一つになる事を望むようになった。

 ユリスは頭を抱えた。二人で一つの体を共有していた頃には起こり得なかった問題かもしれない。本体の生命維持のための食事を摂りながらユリスはアリアに語りかけた。この身体においてでさえ、自分たちは二人の人間であって、各々が自由であるはずだ、と。二人きりでいる自由も素晴らしいものであるが、一人一人が他人と分け合う自由も、同様に素晴らしいものだ、と。アリアもそれは理解した上で、それでも二人きりでいる自由が欲しいと涙ながらに語るので、ユリスは頭を抱えた。

 そうして血の逃避行が始まった。ユリスとディアルゴのラブラダはアリアの眠っている時間帯を見計らって屋敷から離れ、街中を駆け回り、道中に愛を確かめ合って、さらに逃げ続けた。アリアは目覚める度に見知らぬ土地にいるユリスを、ラブラダの身体で必死に追い掛けていた。アリアを振り切ろうと、思い切って飛び出した街の外には、一つの体で静かに暮らしていた二人が見たことのない虫の群れや青くきらめく海、広い広いひまわり畑が広がっていた。ラブラダを通して目に写る全てが新鮮で、存外面白かったもので、逃避行はいつしか3人の冒険譚となっていった。アリアがユリスに追い付く頃には各々すっかりと打ち解けて、全員が全員を愛していた。それに、やはり相手に気兼ねなく、自由に動き回ることが出来る一人分の身体も持っておきたいという理由から、ラブラダを合体したいというアリアの暴走も徐々に収まっていったのだった。

 数年後。ユリスとアリアは家を出た。2つの頭に1つの身体も、自立の時を迎えたのだ。2体のラブラダも随分と強固な絆で結ばれており、そしてこれからは新たにもう一人の人生が加わる。これほど愉快なことはない。二人は首から提げた籠の中の、ラブラダ越しに顔を合わせ軽やかに微笑んだ。通りの向こうから見知らぬ男が手を振る。その大きな声と人の良さそうな顔が、彼がディアルゴである事を二人に悟らせた。少し変わった三人はいつまでも幸せに暮らしたとさ。
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