第1話

文字数 12,911文字



その男の名は



      登場人物



         伊勢 いせ

         播磨 はりま

         周防 すおう

         加賀 かが

         相模 さがみ

         軒猿 のきざる

         雑賀 さいか

         段蔵 だんぞう

         猪助 いのすけ

         信楽 しがらき



























 昼の光に、夜の闇の深さは分かるものか。

            ニーチェ





































 第壱窩【 陽 】



























 正義とは、権力の奴隷ではないのか。

 真実とは、偽りのまがい物ではないのか。

 誰も彼もが、光ばかりに群がっては、傷つき、横たわっている現実に跨り、涙している理想を気にも留めない。

 誰かの声が聴こえたとしても、それは空耳だと決めつけて無視をする。

 足元に縋っている虚像に、忠告と誘惑を投げかけてみても、その手を離そうとはせず、闇の中に引きずり込んで行く。







 真夜中、新月故に明るさなどないその闇の中を、黒い集団が駆けていた。

 物音ひとつ出さずに城に忍び込むと、家臣たちに見つかることもなく、静かに天井裏から部屋を覗く。

 そこには、規則正しい呼吸をして眠っている、城主の姿があった。

 黒い影は城主の枕もとに着地すると、父親よりも歳の行っていそうな城主の首元にナイフをあてがう。

 実際には、父親の顔など見たこともないが。

 その時、シワの多い城主が目を覚まし、黒い影を見て声を出そうとしたが、グッと力を込めて首に腕を回した。

 声の出せなくなった城主に恨みは全くと言って良いほどないが、あてがっていたナイフを勢いよく引いた。

 血飛沫の音は、叫び声にも届かぬほど小さなもので、城主は自分の首に腕をあてながら、黒い影の方を見ていた。

 城主からは離れ天井に上ると、目を見開いたまま亡くなった城主を見ることもなく、城から立ち去って行った。

 城主が死んでいるところが発見されたのは、翌日のことだったようだ。

 「仕事は果たした。金を貰おう」

 「そう急かすな。ほれ、お前等で分けろ」

 ガシャン、と重たそうな金属音が地面に叩きつけられると、先程まで自由に飲み食いしていた者たちが一斉に集まる。

 仕事に行った者達は、自分の取り分を誰よりも先に手にしようと、まるで餌に群がるハイエナのようだ。

 「今回も楽勝だったな」

 「当たり前だろ。俺達にかかれば、天下だって取れるぜ」

 ここは、ならず者たちが集まる村。

 伊賀とか甲賀とか、そういった大層な名もついていない、ただただ、そこに行き着き流れ着いた者たちの村。

 とはいえ、忍であることは確かで、金で動く輩が多い。

 この村には名前もなく、忍としての仕事が無いときには、畑の仕事をしたり、百姓をしたりと、農民のような暮らしをしている。

 この村で、ならず者たちをまとめているのが、村の中央に建っているそこで大酒を飲んでいる3人の男たちだ。

 1人は雑賀と言い、1人は段蔵と言い、1人は猪助という。

 そしてこの村は、5人の男たちを中心としているのだが、まずは韋駄天の播磨だ。

 播磨という男は、一見、穏やかそうで物腰も柔らかそうなのだが、5人の中では最も短気な性格をしている。

 いつもニコニコと笑みを浮かべているが、キレると死人が出るほど暴れるらしい。

 韋駄天という名のように、俊足には誰よりも自信があり、また、飛力もある。

 次に罠師の周防は、若そうに見えるが結構なおっさんで、自らのことを「ワシ」と呼ぶ。

 罠に特化した能力を持ち、大酒喰らいで忍たちの指導者でもあるのだが、冷酷で幼い子供にも容赦はしない一面がある。

 次に夕霧の加賀は、毒や薬を操る男で、自身の身体は毒耐性を持ち、医療にも通じている。

 得意としているのは偵察、諜報で、忍には向かないと思うほど、根が優しいというか、甘いところがある。

 それから日食の相模は、顔を半分以上隠している不思議な男で、昔戦に出たときの傷やら火傷やらで酷いことになっているらしい。

 怪力の持ち主だが、頭脳も持ち合わせている頼りになる男だが、少しズレているというか、呆けているところがある。

 そして最後に、無命の伊勢だ。

 この男に関しては、分かっている情報は特に少なく、正直、いつからここにいるのかも分からない。

 だが、その実力は圧倒的で、この男だけは敵に回したくないというのが、金で動かしている理由の一つだろう。

 「それにしても、まったく風魔は邪魔だな。なんとかならないのか」

 「あそこには信楽とかいう、腕のたつ忍がいると聞いている」

 「腕がたつと言っても、伊勢たちほどではなかろう?攻め落としても良いと思うがね」

 「それに、最近では忍を使う城よりも、より腕のたつ武士を雇う城が増えて来たと聞く。武士を倒すのも、なかなか骨のいる仕事だ。なんとかならぬのか」

 「この村からも、抜け忍が出るやもしれんな。誰も裏切らぬよう、しっかりと目を見張っておらねば」

 大声で話しをしている雑賀たちは、さらに話しを続ける。

 「抜け忍なんぞ、伊賀のように厳しく罰すれば良いではないか」

 「伊賀も甲賀も敵ではないわ」

 「そのような大口をたたいて良いのか?今攻められては、我々は一網打尽。優秀な忍は多けれど、みな金で尻尾を振る輩ぞ」

 「だからこそ、手放さぬように金で飼い慣らしておく必要があるのだ。私らが稼いで、こやつらを飼う、な」

 「人の欲とはおぞましいものよ」

 喉を鳴らしながら笑う男たちを他所に、金を貰った男たちは次々に散って行く。

 まだその場で酒を飲む者もいれば、家に帰って寝る者、畑仕事をする者と、それぞれの時間へと戻る。

 この村にいるのは、ほとんどが成人の男だ。

 そこに紛れこむようにして子供たちもいるが、男たちの子供というわけではない。

 身寄りのない子供、または金が無くて売られた子供を引き取り、この村で育成し、忍として生きるよう指導しているのだ。

 子供たち全員が忍になれるかというと、決してそういうことではない。

 修行中に死ぬことなんてザラにある話で、だからといって、子供1人のために葬儀をすることも泣くことも悼むこともない、無情な村と言えば、そうなのだ。

 この村に来たからには、強くなければいけない。

 誰かに助けを求めようなどと、そんな浅ましくも愚かなことを考えていると、誰も手を差し伸べないという当たり前の常識を目の当たりにしたとき、絶望に落とされる。

 傷ついていても、泣いていても、ただそこで静かに死んでいくしかないという恐怖を持った者から消えて行く世界。

 誰が死のうと生きようと、興味を持ってはいけない世界。







 「ふう・・・」

 畑仕事が一区切りついたところで、播磨は相模のもとへと向かった。

 「よう」

 「播磨か、何か用か」

 「ちっと酒でも買いに行かねえか?野菜は取れても酒にはならねえからな」

 「わかった」

 播磨は相模を連れて少し離れた街へと向かうと、そこに売っている酒を眺めた。

 自分の畑で採れた野菜と物々交換が出来たら良いと、採れたばかりの野菜を持って色々な店に声をかける。

 何件目かで、ようやく物々交換でも良いと言ってもらえた播磨と相模は、それぞれ持ってきた野菜の値打ちと同等の、いや、欲をかいてそれ以上の酒を求める。

 「勘弁しておくれよ。それじゃ、こっちの方が損しちまう」

 「そう言うな。俺んとこの野菜は美味いぞ。きっとまた喰いたくなる。そしたらあんたんとこに、真っ先に持ってきてやるよ」

 「そうは言ってもねぇ」

 「頼むよ」

 「うーん・・・。なら、こっちの酒で1本多くやるよ。それでどうだい?」

 「よし、交渉成立だ」

 播磨の交渉で、少し質は劣るが、それでもなかなか手に入らない酒を2本もらえることになった。

 1本を加賀に渡してすぐに家に帰り、だらだらと酒を飲んで過ごそうとしていると、街でこんな話を聞いた。

 「戦ですって?いやね」

 「また戦かい?ったく、どうにかなんねぇのかね」

 それを聞いた播磨と相模は、村に戻るとすぐにそのことを雑賀たちに伝えた。

 戦となれば、自分たち忍を売り込むチャンスで、大金を稼げる可能性だってある、一種のギャンブルみたいなものだ。

 命よりも金が大事、そういう教育だ。

 「戦か・・・」

 「それは良い情報だな。我等の力を示すためにも、その戦が何処で行われるものが調べる必要があるな」

 「よし、加賀に調べさせてこよう」

 それからすぐ、雑賀たちに呼ばれた加賀は、どこでいつ戦が行われるのかを調べるため、少し村を離れることになった。

 数日経って加賀が戻ってくると、伊勢たちを筆頭とする忍たちの半分ほどが呼びだされ、その話を聞くことになった。

 「戦は3日後、五条と西藤の戦だ。我々は五条につくことになっている。この機を逃すな」

 「五条は、勝てば大金を与えてくださるそうだ」

 大金、と聞いて、忍の男たちはいっせいにざわつき始める。

 自分は幾らもらえるのかとか、分配はどうなっているのかとか、そういった心配の声があがったため、雑賀は言う。

 「分け前は働き分とする。しっかりと働くことだな」

 その翌日のことだ。

 雑賀たちのもとに、1人の男がやってきて、何やら相談事をしていた。

 そんなことを知らない伊勢たちは、戦の日、五条側となって参加をすることとなる。

 「伊勢、ワシらの仕事は残ってるのか?あいつら、金を持ってる五条だと、いつになくはりきってるぞ」

 戦の真っただ中だというのに、周防は伊勢の後ろに来てそう言った。

 「はりきっているのは向こうも同じらしい」

 伊勢の言う通り、西藤側にも忍がいて、自分たちと同じくらいに強く、最早、倒しているのが敵か味方か分からないくらいだ。

 話をしている間にも、次々に忍も家臣も足軽も、足元にくたばっていく。

 「周防、どこぞに地雷をしかけた」

 「さてなぁ、どこだったか。だが、ワシとおれば罠には引っ掛からんぞ、多分」

 「多分じゃ困る。それに、播磨たちが巻き込まれたらどうする」

 「それならそれで仕方ない。それが忍としての道。味方の罠にも気付けぬなら、死んで当然よ」

 はあ、と伊勢がため息をついたところで、大きな爆発があった。

 きっと誰かが、周防が仕掛けた地雷を踏んだのだろうが、その爆発をきっかけに、いたるところで地雷が踏まれていく。

 まるで地震でも起こっているかのように、身体が揺れるのが分かる。

 「さて、ワシらも避難するか」







 地雷が収まり、伊勢と周防は戦場へと足を戻した。

 「周防、お前か。こんな派手に地雷しかけやがったのは」

 「播磨、生きてか。残念だ」

 「てめぇ・・・!!」

 「加賀と相模も生きてるみたいだな。それにしても、随分と減ったな」

 「向こうの大将も死んでるし、首持ってきた」

 平然と首を持って近づいてきた加賀の後ろからは、村から一緒にきた忍たちがぞろぞろと現れた。

 西藤の首を持って村に帰ると、その首を持って雑賀は五条へ向かい、小判の入った箱を沢山馬に乗せて戻ってきた。

 五条は至極喜んでいたらしく、これで西藤の領土は自分のものだと、今後もよろしく頼むと言われたようだ。

 しかし、村に帰ってきてから伊勢が思ったのは、村にいるはずの忍たちが、明らかに少なくなっていることだ。

 正確には何人いるのか分からないほど多いため、もしかしたら勘違いかもしれないが。

 雑賀と段蔵、そして猪助でまずは大金をわけ、それからちょこちょことした金額を伊勢たち忍に渡す。

 宴を始めた男たちの中で、伊勢は静かに酒を飲んでいた。

 「伊勢、どうした?」

 「加賀か」

 「そんな顔して酒飲んでたら、酒がまずくなるぞ。折角こんなに褒美をもらったってのに、何をそんなに沈んでんだか」

 「あの子供は、いつ来た?」

 「あ?子供?」

 伊勢の視線の先を追いかけると、そこには3歳ほどの男の子がいた。

 「さあ?どうせ売られたんだろ?俺達と同じさ」

 「周防の指導を受けるのか」

 「だろ?それがあいつの役目だ。まあ、その指導に生き残れたら、俺らと一緒に仕事が出来るんだろうけど」

 酒を飲みながら、まだ何も理解出来ていないだろうその子供を見ていた。

 それから、しばらくは忍としての仕事は何もなく、農作業をしていた。

 周防は連れて来られた子供たちの指導にあたっていて、播磨は伊勢と同じく農作業、加賀は農作業をしながら薬草の採取や包帯などの確保をし、相良は村の砦を作るのを手伝っていた。

 平凡で穏やかな日が続いたある日、宴会が行われることになった。

 全員その場に集まり、雑賀たちと酒を飲む。

 要するにこれは、抜け忍がいないか、怪しいことを考えていないかの確認であって、交流の場ではない。

 どんちゃん騒ぎをしていた時、ふと、人の気配を感じた。

 それは伊勢たちだけではなく、他の男たちも分かって、みな一様に身構える。

 すると、どこかの城の家臣か何かなのか、そういった格好をした男が、フラフラと力無く歩いてきた。

 「何事だ」

 「村の者ではないな」

 「捕えろ」

 男たちによって、その家臣はすぐに捕まってしまった。

 雑賀たちは酒を飲みながら家臣に近づくと、その顔をまじまじと見て、それから口にふくんでいた酒をぶっかける。

 「ここがどこか分かっているのか」

 「他所者が足を踏み入れて良い場所ではないのだぞ」

 「わ、わかっています!!ここは、忍たちの隠れ里でございますよね!?私は、城から逃げてきたのでございます!!」

 「城から逃げて来た?」

 その家臣が言うには、これまで城主に忠誠を尽くしてきたというのに、大事な猫を逃がしてしまっただけで腹を斬れと言われたそうだ。

 それで城から逃げて来たのだが、追手が来て、追手から逃げるために必死になって走っていたらここに辿りついたとか。

 疑いの眼差しで家臣を見ていると、家臣はこんなことも口にした。

 「じょ、城主は、この村を全滅させると言っていました!!だから、知っていたんです!この村のことを!!」

 「村を全滅だと!?」

 「いや、口から出まかせでは」

 「ほ、本当なんです!!!詳しいことも知っています!!」

 「他所者を簡単に信じるのはどうかと」

 「話だけでも聞いてみよう」

 一旦は家臣を殺すことを止め、牢屋に閉じ込めることにした。

 そこで家臣が話すには、戦を始めると嘘の話を流し、その戦に参加させ、村にいる忍が手薄になってところで攻め落とす、というものだった。

 無い話ではないが、どうしてこの村を攻める必要があるのかと聞くと、それほどまでに危険な集団だと認識されているということだった。

 自分が狙われる前に、その可能性がある種を摘んでしまおうということだ。

 「その話、本当だろうな」

 「は、はい!」

 「お前はなぜ我々にそれを報せた?いくら城主に殺されそうになったからといって、我等に加担する理由はないはずだ」

 「私は、戦など好まないのです!!出来ることなら、私が城主を説得して止めたいのですが、今はそれが出来ません!!ですから、貴方方に頼むしかないと・・・!」

 「・・・・・・」

 家臣の言葉に、その場にいた雑賀を始めとする伊勢たちも顔を見合わせる。

 この家臣が嘘を吐いているかどうかよりも問題なのは、この喧嘩を買ったところで、金が払われるかどうかというところだった。

 別に喧嘩を買う分には構わないし、自分たちは負けないだろうというところだが、無駄に働くのは嫌なのだ。

 金額によっては、その城を攻めることも出来るし、城から支払われるのであれば、この家臣だって殺す。

 家臣をひとまず牢屋に入れたまま、雑賀は段蔵と猪助を呼んで、3人で話し合う事にした。

 宴会をしていた忍たちは宴会に戻り、雑賀たちの結論に身を委ねることになった。

 「どう思う?」

 「何が」

 「さっきの男。本当のこと言っていると思うか?」

 「どうでもいいさ。俺達に同情してもらおうなんて、馬鹿な奴だ」

 「俺達に動いてほしいなら、金と酒を持って来いってんだよな」

 ハハハハ、と楽しそうに笑っている男たちの傍らで、伊勢は静かに飲んでいた。

 「相変わらず、つまらなさそうに飲む奴だな」

 そう言って近づいてきたのは、顔に巻かれた包帯のせいで、表情があまり分からない相模だ。

 たまに笑っていると目が細くなるため、それで笑っているとわかるくらいだ。

 相模は伊勢の隣に腰を下ろすと、忍者食より遥かにマシな食事に手を伸ばす。

 何も言わずに2人で飲んでいると、そこへ播磨と加賀、それから酒を両手に大量に持っている周防がやってきた。

 「飲んでるか?」

 「まあまあかな。周防はもうできあがってる?かなり臭うけど」

 「周防は酔わないだろ。最初から酔ってるような親父だからな、見た目若いけど」

 「そういう播磨も臭うけど」

 「ダメだなお前ら。酒は適量飲むと薬になるが、飲み過ぎると毒なんだぞ。俺みたいにどのくらい飲むか決めて飲むんだ」

 「加賀は酒の愉しみ方を知らないのか。そうやって加減してるから、敵に狙われるんだよ」

 「じゃあ何?相模は酒の嗜み方を知ってるってこと?言っておくけど、俺の方が女の嗜み方は知ってるよ」

 「・・・播磨って、そういうこと言うんだ。なんかがっかりした」

 「ワシの酒はどこだ!返せ!」

 「周防、手に持ってるでしょうが」

 「あ、そうだった。播磨が変なこというから、ワシの知的さが飛んで行ってしまった」

 「周防、ぶっ飛ばしてやろうか」

 「望むところだ。播磨、ワシに勝てると思うてるのか」

 「周防も播磨も止めておけって・・・」

 プツン、と何かが切れてしまった播磨が喧嘩を売ったことで、周防はそれを迷うことなく買うのだ。

 そしてそれを止めた加賀だったが、2人が喧嘩を始めてしまったため、諦めた。

 相模はいつものことだと、止めることもしなかった。

 「伊勢は止めぬか」

 ふと加賀に言われ、伊勢は口に近づけていた御猪口を止める。

 それからすぐに上を向くようにして酒を流し込むと、わいわいと、播磨と周防の喧嘩を取り囲んでいる連中に目を向ける。

 本気でやりあったら、播磨が勝っても周防が勝ってもおかしくはない。

 以前はこういった喧嘩でも死人を出していたようだが、伊勢が来てからというもの、そんなことで死人を出すのは馬鹿げていると、殺さない程度に喧嘩するようになった。

 「甘いと言われるかもしれないが、俺は喧嘩が好きじゃない。あいつらの喧嘩を止められるのは、お前しかいない」

 「・・・・・・」

 「俺が代わりに言ってやろうか。加賀、お前は忍には不向きだ。いっそ、医療専門の忍になった方が良い」

 目の前で行われている喧嘩では、播磨も周防も血を流しており、周りからの野次もあってヒートアップしているのが分かる。

 御猪口に酒を注ごうと手を伸ばしたとき、そこにどちらのものか分からない血が飛んできた。

 「そこまでだ」

 あれだけ騒いでいた男たちが、鶴の一声、というにはあまりに低い声だが、その声によってしーん、と静まり返る。

 ぐいっとまた酒を流し込んだところで、伊勢を見ている男たちを見ること無く、伊勢はこう言った。

 「酒飲み場で喧嘩するな。どうしてもやりてぇなら他所に行け」

 その伊勢の言葉に、互いの胸倉を掴んでいた播磨と周防はその手を離し、周りにいた男たちもすぐに定位置に戻った。

 「伊勢、なんで止めた」

 「播磨とワシとの真剣勝負だったんだぞ」

 「俺が勝ってたけどな」

 「ワシだ」

 「五月蠅い。お前等の血が飛んできた。不愉快だ。酒がまずくなる」

 それから宴会はなんとか楽しく終わり、家に帰ることもなく、ほとんどの者たちがその場で寝ることとなった。







 その翌日、雑賀たちの結論が出たようだ。

 伊勢ら忍の男たちは皆集められ、次の様なことを言われた。

 「我々は、村を潰そうとしている城を迎え討つことにした」

 思いもよらない言葉に、みなは驚く。

 まさかあの男の言う事を信じるのかと公言しようとする者もいたが、上手くいけば金を払うという言葉に、口を噤んだ。

 だが、いつ戦が起こるか分からなかった中、街に野菜を届けにいった男たちが、その情報を聞いてきた。

 戦をすると言っていたのは、あの家臣が言っていた城で、いつ村を襲うのかが分かるとすぐに雑賀らに報告をした。

 「松雛から忍を出してほしいとの要請を受けた。あの男が言っていた通りだ。松雛は戦をすると見せかけてこの村に来る。我々は少人数のみ戦へ向かわせ、残りで奴等を殲滅させる」

 「あの男の言う事を全て信じるのですか」

 「我等にも考えはある。よく聞くのだ」

 話を聞き終えた相模は、牢屋で捕まっている家臣の男のもとへと向かった。

 迎え討つことは話しても良いと言われたため、それを伝えに言ったのだ。

 牢屋で捕まっている家臣と目線を合わせるように、両膝を曲げて顔を見る。

 「どうかしましたか」

 「あんたの言ったとおり、松雛は戦を始めるらしい。そして、俺達にその戦に参加するように言ってきた。だから、迎え討つことになった」

 「そうですか。私に何かお手伝い出来ることがあれば仰ってください」

 「・・・手伝い?あんたに頼むことなんか何もない。ここで大人しくしてろ」

 「そうですよね」

 家臣の男は少し下を向いて呟いた。

 相模は牢屋から出て家に戻ろうとしたとき、加賀がまだ何かしているのが見えた。

 どうやら薬草を粉砕している最中らしく、沢山の薬草、とはいっても相模にはただの草に見えるのだが、それらをゴリゴリしていた。

 「怪我をした忍なんて、足手まといになるだけだ。戦地に置いてきた方が良い」

 「相模・・・」

 作業をしていた加賀に声をかけると、相模に気付いた加賀は手を止めて相模を見る。

 「俺は死んでたはずなんだ。でもこうして生きてるのは、その時、俺を助けてくれたのは、この村にいる仲間だと思ってた奴等じゃなくて、通りすがりの他人だった」

 「・・・ああ、あの時か。正直、俺もあんときお前が死んだもんだと思ってた」

 「俺も死ぬと思ってた。でも死ななかった。俺は今まで、何人もの仲間を、すぐに手を伸ばせば助けられた仲間を見捨ててきたのに、あんな形で生き長らえるとは思ってなかった」

 「通りすがりのおせっかいか。だから医療の勉強始めたのか」

 「大人にならずに死んでいった子たちのためにも、と思ってさ」

 「やっぱりお前、忍に向いてないな」

 「だな」

 小さく笑うと、相模は家に帰った。

 そして戦の日が来ると、予定通り計画を始める。







 松雛が戦を始めるとされる場所に向かった中には、雑賀たちもいた。

 雑賀たちが戦に行くことで、松雛たちが戦のことを本気にしていると思わせるためだ。

 「伊勢、俺達まで来て大丈夫なのか?人数は村の方が確実に多いけど、松雛から来る数が、あの男の言う通りとは限らないだろ」

 「だとしても、俺達に何か言う権利はない」

 ここまで村のことを放っておけるのは、誰もが生涯孤独の身だからだ。

 愛する家族などいないから、生きて帰ろうなどとは思わない。

 ただ自分のためだけに生き、自分のためだけに戦い、自分のためだけに金を貰う。

 戦場に着くと、それなりの松雛の人数が揃っていた。

 本当に戦をするんじゃないかと思うほどの準備具合だが、そんなことどうでもよい。

 「いいか、お前等」

 ふと、先頭を歩いていた段蔵が言う。

 「松雛を落とせよ」

 その頃、村では松雛を迎え討つための準備をしていた。

 牢屋に入れていた家臣の男を、拘束したまま外へ出し、松雛とはどういう戦略を練ってくるかなどを聞いていた。

 村は木々に囲まれてはいるが、周りに池や濠などもなく、アップダウンが激しい場所でもない平地にあるため、攻めやすい場所なのだ。

 だから、どこから攻めてくるかが分からないのが難点だ。

 しかし、そこは四方八方に忍を向かわせ、どこから来るかをいち早く見つける必要がある。

 しかし、いつまで経っても、一向に松雛の軍団は押し寄せてこなかった。

 「おい、どうなってるんだ」

 「まさか、こいつでたらめを!!」

 やはり偽りの情報を流したのだと、家臣の近くにいた男は剣を抜いた。

 そして家臣の首に剣をつきつけると、家臣は慌てたように声を出す。

 「ほ、本当です!!嘘なんて、吐いてません!!」

 「まだ言うか!!」

 ぐ、と剣に力を込めたその時、ここを任されていた柩によって止められる。

 ちなみに、柩は雑賀や段蔵、そして猪助と並ぶ男で、ここで初登場となる。

 「止さぬか」

 「しかし!!」

 柩は家臣の男を見下ろすと、鼻で笑った。

 「お前が嘘を吐いていることくらい分かっていた。だから、戦場にほとんどの忍を向かわせた。ここには一割程度の忍しかおらん」

 「・・・偽り、と?」

 「ああ。お前はここで死ぬのみよ」

 そう言うと、柩は剣を抜いて、家臣の男の首を落とそうと剣を振りかざす。

 しかしその時、なにやら辺りが騒がしくなってきて、何事だと周りの男たちに状況を確認させると、松雛がすぐそこまで来ているとのことだった。

 「どういうことだ!?なぜ本当に松雛が!?」

 「だから言ったでしょう!?早く連れ戻してください!じゃないと、手遅れになりますよ!!」

 「我等を侮辱するとは赦せん!!良いか!1人残らず殺すのだ!!!」

 松雛たちが攻めてくると、柩たちは迎え討つのだと叫ぶ。

 柩はその先頭に立つべく、誰よりも先に迎えようとしたのだが、なぜかそれは叶わなかった。

 後ろから身体を引っ張られたかと思うと、そこに縛られていたはずの男はニヤリと笑い、背中から柩を刺した。

 「なっ・・・」

 「確かに俺ぁ嘘を吐いた。俺は家臣なんかじゃねぇ。忠実な犬にはなれねぇからな。なんたって、猿なもんでよ」

 「さ、猿、だと・・・!?まさか、お前・・・!!」

 刺したソレを抜くと、柩の身体は虚しく地面に叩きつけられる。

 今まで家臣の格好をしていた男は、足元に隠していた綺麗に並ぶ小銭を眺めてニヤニヤ笑うと、それをまた見つからないように身体に隠す。

 「軒猿様の仕事は完璧よ。ま、悪く思わないでくれよな」

 颯爽とジャンプをすると、こちらへ向かってくる松雛の軍団と、それに迎え討っている忍たちがよく見える。

 「おっかねぇ連中だな。けど、俺も仕事はしねぇとな。信頼第一さ」







 一方、戦の方は区切りがついたため、雑賀たちは伊勢らを連れて村へと戻った。

 しかし、そこに待ちかまえている光景に、思わず目を疑う。

 「これは、どういうことだ・・・!?」

 「一体何が・・・」

 建物はある程度無事だが、息をしていない男たちに驚く。

 何があったのかは分からないが、ただ分かったことは、これだけの人数の忍が死んだとしても、誰一人として泣かなかったことだ。

 墓に埋葬するといったこともせずに、ただ物を扱うかのようにして、動かないソレらを、穴を掘ってそこへ埋めて行く。

 松雛の戦は勝利したため、雑賀たちには大金が支払われた。

 松雛からしてみれば、村を襲った際、もっと多くの忍たちを殺せて、それによって戦に負け、金を支払わなくても良いと考えていたが、それは甘かったようだ。

 村を見殺しにしたのかは知らないが、とにかく、松雛の動きを分かっていながら、有力な忍を戦に向かわせていたことに間違いはない。

 「結構死んだな」

 「こっちにいなくて良かった」

 「馬鹿。守り切ったら褒美がもらえたんだぞ?もったいねぇ」

 ザクザクと穴に向かって土を放って行く男たちは、楽しそうに笑いながら、そして思ったよりも個々にはもらえなかった褒美の愚痴を言い合っていた。

 どれだけ褒美をもらったとしても、先に分配されるのは雑賀と段蔵、そして猪助の3名。

 そこでほとんどが取られてしまうと、あとは数多い男たちで均等に分けられる。

 本来であれば、何人殺した、誰を殺した等のかを玩味して決められるのだが、正直なところ、誰が兜首をとったのかなど、分からない。

 自己申告制ではあるが、みな金欲しさに嘘を吐くことも有り得るため、結局のところ、見合った金が払われていないのが本当のところだ。

 とはいえ、嘘を吐く者などそうはおらず、雑賀たちが自分たちの分け前を多く取るための口実とも言える。

 これだけ仲間が死んでいても、蟻を踏みつけたくらいのダメージしかない。

 その時、ふと誰かが言った。

 「そういや、牢屋に捕まえておいたあの男が何処だ?死んでたか?」

 すっかり忘れていたが、見渡す限り、そのような男は見かけなかった。

 何より、きっとあの家臣の男を縛っていただろうロープが地面に落ちていて、そのロープは先程まで人を縛っていたような形をしていた。

 もしあの男が死んでいるのなら、あの格好だから、もっと目立つはずだ。

 しかし誰も見ていないというのだ。

 「あれじゃねえか?逃げたとか」

 「逃げたって、この縛りを潜り抜けてか?」

 「知らねえよ。別にいいだろ、放っておいても。それに、逃げたところで生きていられねえだろ」

 「そうだな。気付かずに埋めちまったのかもしれねえしな」

 「だな」

 ハハハハ、と男たちは笑いながらも、死人を埋める手を止めなかった。

 上から固めるようにして土を押す頃には、雑賀たちは自分たちの分の分配を終えていて、残りを忍の男たちに渡してきた。

 そこにある僅かな残りの金欲しさに、男たちは我先にと駆けだす。

 「伊勢も来いよ。早くしねぇと全部取られちまうぞ」

 播磨に腕を引っ張られ、伊勢はその集団の中へと紛れこんで行く。

 ちら、と雑賀たちの方を見てみれば、明らかに忍として動いている男たちよりも多い小判が、そこに山になっている。

 それに対して文句を言おうものなら、きっと金をちらつかせて男たちに囲まれ、殺されてしまうのだろう。

 伊勢は手にしたその小銭を懐に入れてさっさと家に帰ろうとすると、播磨に止められてしまった。

 「おいおい、なんで帰るんだよ。これからまた宴会だぞ?愉しもうぜ」

 「今日はいい。なんだか疲れた」

 「珍しいこともあるもんだな。相模なんて酒樽持ちあげて飲む気満々だぞ」

 「周防と加賀はどうした」

 「周防はもう飲んでるよ、ほらあそこ」

 そう言われ播磨の視線の先を追ってみると、そこにはすっかり上機嫌になって酒を飲んでいる周防がいた。

 相模が酒樽を持ってきてくれたものだから、とても喜んでいるようだ。

 「加賀だって飲んでるよ。てか、飲まされてるだけだけどな。村は確かにメチャクチャになってるが、それは後でいいだろ。とにかく今は、楽しくてしょうがねえのさ」

 「・・・一杯だけな」

 播磨に連れられ集団に合流すれば、すぐさま酒を渡され、飲むようにと迫られる。

 それを飲み干して帰ろうとした伊勢だが、簡単に帰してもらえるはずなどなく、腕を掴まれ再び座らされると、さらに酒を注がれる。

 断ることも出来ずにまた飲めば、それの繰り返しだ。

 男たちの酒飲みの場からすぐ傍のところで、子供たちがこちらを見ていた。

 しかしそれには誰も気付くこともなく、また、一瞥することもない。

 包帯を巻いた姿で、皮膚が変色していても、その後ろで冷たくなっていく同じような子供たちがいても。

 聞こえるのは助けを求める声ではなく、ただただ楽しげな、男たちの声だけ。

 宴会が終えると、よほど宴会が楽しかったのか、男たちはみなその場で寝てしまい、全員が目を覚ましたのはそれから2日後のことだった。

 「いてて、ちょっと飲み過ぎたかね」

 「周防が飲みすぎって、どのくらい飲んだの」

 「酒樽3つくらい」

 「飲み過ぎだね。早死にするよ」

 「そりゃ結構だ。金なんて、大事に持ってたってしょうがねえだろ。ある時に使って楽しく生きるのよ」

 「一理あるね」

 中央の建物が少し壊れてしまっているため、これを機に新しい物に建て直すことになった。

 もちろん、直すのは男たちだが。

 「シャンデリアでもつける?」

 「なんだ、シャンデリアって」





 君が心から望むのは、何か。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み