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文字数 1,896文字

 この日、わたしたちが派遣された現場は、歓楽特区アフロディテの末端、鉄道駅から少し離れた小さな街区の一角だった。
 海が近く、風向きによって微かに潮の匂いが鼻先を(かす)めていく。
 到着したわたしたちに気づいた先遣隊が、敬礼しながら道をあける。好奇、畏怖、厭忌(えんき)……様々な視線が、わたしたちに注がれる。
「……ひどいものね」
 目の前に広がる光景に、カノープスは形の良い眉を(ひそ)めた。辺り一面に散らばる、ばらばらになった人の体と血の飛沫(しぶき)。慣れたとはいっても、気分の良いものじゃない。
「こっちだ」
 案内役の隊員が、わたしたちを街路の奥へと導く。
 真鍮(しんちゅう)(いぶ)したような質感の、金属製の(いばら)の蔓が、街路を(ふさ)ぐように張りめぐらされていた。雲間から漏れる僅かな光を(はじ)いて(ひらめ)く鋭い(とげ)。無数の蔓は、建物の壁に突き刺さり、硝子を破り、石畳を(えぐ)り、蜘蛛(くも)の巣のように綾をなしている。
 棘に触れないように身を(かが)め、蔓を辿って進んでいく。棘の刃に切り裂かれ、蔓の(やり)に貫かれた、数えきれない死体が、あちこちにぶら下がっている。
 蔓の交叉は街路の奥にいくほど密になり、やがて毛糸玉のように丸まった茨の塊に辿りついた。わたしたちの背丈より少し大きなその茨の塊は、わたしたちが《(ココリ)》と呼んでいるものだ。蔓はそこから放射状に伸びている。
「下がっていてください」
 隊員に短く指示を出し、カノープスは慎重に《繭》へと足を進めた。唇を引き結び、わたしもカノープスの隣に並ぶ。《繭》に手をかざして、意識を集中。《繭》の中の反応を探る。
「……共鳴しない」
「完全に崩壊しているようね」
 すっと、カノープスは(おもむろ)に、右手を僅かに後ろへ引いた。パキッ、と氷が析出するような澄んだ音が響き、黄銅(ブラス)に似た金属の刃が、カノープスの白い手の甲から指先に向かって、芽吹くように現れた。数歩下がり、軽く助走をつけて、カノープスはそれを勢いよく《繭》へ突き刺した。力をこめ、切りひらいていく。いささかも表情を変えずに。
「中身がないのなら、楽に取り出せるわ」
 カノープスが、温度のない声で呟く。
 楽って、作業のこと? それとも、気持ちのこと? 湧き上がった問いかけを、わたしは胸の奥に沈めた。
 カノープスに(なら)って、わたしも右手をナイフに変える。
 そこからは一言も話さなかった。わたしたちは淡々と、《(ココリ)》の中を(あば)いていった。

――わたしたちは、《天使(アステリア)》と呼ばれている。

 意思ひとつで、わたしたちの体は、様々な武器を生み出すことができる。この国を統べる《教会(エクレシア)》が、旧時代の技術を復興させてつくりあげた〝平和のための生体兵器〟。
 わたしとカノープスは、そのうちの一体だ。
(……あった)
《繭》の中心には、ぽっかりと空洞が広がっていて、わたしたちの(こぶし)くらいの大きさの石が垂れ下がっていた。琥珀色に輝く半透明の石。きらきらと金色の光を(はじ)く細い金属の糸が、石の中心から四方八方に芽吹くように飛び出している。糸の先は、癒着した組織のように、境目なく《(ココリ)》と融合している。慣れた手つきで糸を断ち、カノープスは石を《繭》から切り離した。わたしは両手で、それを受けとめる。石は、つるつるとした肌触りで、見た目の割に、少し重い。
「分離、成功しました」
 隊員たちを振り返る。石を掲げて見せると、固唾(かたず)をのんで見守っていた彼らの緊張が一斉に解けた。安堵の溜息(ためいき)と歓声が、あちこちから漏れる。
「よし、すぐに作業にかかれ! 日が暮れる前に、全て回収するぞ!」
 隊長らしい年嵩(としかさ)の男が指示を飛ばす。遺体の回収と《繭》の回収。二手に分かれて作業にあたる。
《繭》を構成する蔓は、至高の希少金属(レアメタル)だ。戦前の遺産と(うた)われていて、その需要は計り知れない。
(この石も……)
 そっと、石に視線を落とす。ほのかに琥珀色の光を灯し、微かに温もりを宿している。
 ひとの心臓と、どちらが温かいのだろう。
「……《(ココリ)》の中……本当に、からっぽだった……」
 緩衝材を詰めたキャリーケースに石を収めながら、わたしはぽつりと呟いた。解体されていく《繭》を振り返る。わたしはカノープスほど経験を積んでいない。中身が何もない《繭》を見たのは初めてだった。
「完全に崩壊すればね。跡形(あとかた)も残りはしないわ」
 自動二輪車(オートレーサ)のエンジンをかけながら、カノープスは静かに答え、小さく首を(かたむ)けた。
「感傷にでも浸っているの? スピカ」
「まさか」
《繭》から視線を引き剥がし、わたしはひらりと後部座席に飛び乗った。
「感傷ごっこは、人間が演じるものだよ。わたしたちには、必要ない」
 そうでしょ? と、わたしは微笑んだ。答える代わりに、カノープスは前を見すえたままゆっくりとアクセルを回した。

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