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文字数 919文字

 その後の詳しいことを私は知らない。
 犯人の手に渡った私は、灰皿の中で燃やされてしまったからだ。

 ただ、燃やされる前に犯人の妨害は見ていた。二人を取り逃がした犯人は、すぐさま部屋へと取って返し、私の文面をパソコンにそっくり打ち込むと、固有名詞の部分のみを様々な名前や住所に書き換えたのだ。印刷し、加奈ちゃんたちの学校やクラスメートの家、近隣住民へ、無差別に送りつけた。

 どうなったと思いますか。たぶん受け取った人たちは、加奈ちゃんたちと同じで、まず書き手を確かめる。何も知らない相手と話し合ううちに、やっぱり悪戯だったんだと恥ずかしげな苦笑いを浮かべる。そうして、悪質な悪戯の文章が流行っていると噂になって、全校集会で取り上げられて、学校のプリントに注意書きがされて、その中で加奈ちゃんと悟が、私の文面だけは信じてくれと声を張り上げて、さあ誰が信じてくれるだろうか。

 ある日、私はパソコンのモニタ越しに、加奈ちゃんの顔を見ていた。ネット上にアップされていた私をみつけ、私の文面を見つめて泣いている加奈ちゃん。

 部屋のドアが遠慮がちにノックされ、お母さんが顔を出した。振り返りもしない加奈ちゃんの背中をみつめ、そっと交換日記を置いて、部屋を出ていく。

 しばらくして、加奈ちゃんは交換日記を手に取った。

『加奈、信じてあげられなくてごめんね。でもお母さんにとっては、本物でも悪戯でも変わらないの。もう忘れて、以前の元気な加奈に戻って。危ないことはしないで』

 加奈ちゃんの目から涙がぽつぽつこぼれて、交換日記の文字を滲ませた。交換日記も泣いていた。

『お母さん、加奈が心配なだけなのよ』

 私はここにいるべきではないと悟った。

 加奈ちゃんは交換日記を見つめている。もう私を読みはしないだろう。ありがとう加奈ちゃん。もう十分だよ。

 加奈ちゃんの指がモニタの電源に伸び、画面がぷつりと切れてしまうと、私の視界は暗闇に閉ざされ、もう加奈ちゃんの姿を見ることはできない。
 そうして私は、はじめて私を信じてくれた読者を失った。

 どうして私は交換日記のような文面を持って生まれてくることができなかったのだろう。
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