2022年3月 バスの語源は「オムニバス」だった

文字数 2,769文字

さて。「路線バスの実情と将来」と大上段に構えたが、かなり大袈裟なフリであることは認めよう。正確にいうなら、「路線バスとはどういう存在であり、今後この公共交通システムを維持しようとするなら何が必要か」というハナシである。普段は路線バスを利用することもない方にはスルーされても致し方ない内容だが、これは常々、誰かが言わなければならん話ではなかろうかと思っていた。しかし内容が内容だけに、バス会社が乗客に訴えようにもあまりに言いづらい話である。そこで『元路線バス乗務員の家族』という、ちょっとだけ立場の異なる私が、どさくさ紛れにこんなところで一筆啓上させてもらおうと思う。お時間のある方はぜひお立ち寄りください。

まず都市部を走る路線バスには大前提として、時間通りに来ないことが常態化しているという弱点がある。
始発のバス停付近はまあまあ定刻通りに到着するが、終点に近づくにつれ、路線が長ければ長いほど遅れが発生する。「バス、悪くないんだけどすぐ遅れるからねえ」。そう言って敬遠され、客が離れてしまうという現実がある。だからこそ最近はそんなストレスを緩和すべく、バス会社もあらゆる手を尽くしている。積年の課題を解消すべく、バス停に「次のバスが前の停留所を発車しました」というランプ表示をつけて、もうすぐ到着しますというアピールをしたり、目的のバスが今路線のどの辺りにいるかを知らせるアプリもある。

昔と違って渋滞の情報はリアルタイムで確認できるし、データを活用すれば以前よりも格段に精度の高いダイヤが組める時代だ。バス会社は運行管理を通して、少しでもバスを使いやすいものにするべく日々努力している。それでも道路はナマモノであることに変わりはない。定時運行を妨げる「変則要素」というものはいつでも路上に転がっている。いくら渋滞予測をしても、突発事故は場所を問わず発生するし、気象条件によっては想定通りに走れなくなる。そして何より最大のナマモノ、つまり変則要素は「お客さん」そのものだ。

ところで「車掌さん」のいる路線バスに乗った記憶がある方はいらっしゃるだろうか。思い出せるという方も少数派だと思われるが、私自身はバスの後部ドアのすぐ横に、車掌さんの立つスペースが確保されていたことは覚えている。子供心にこの空間は何だろうと不思議に思っていたが、そこに実際誰かが立って常務していた記憶はない。
かつて車掌は「バスガール」と呼ばれ、主に中学を卒業した女子の憧れの職業だったという。車内での乗客対応全般を担い、運賃計算や運行案内、折り返し地点でのバック誘導などを担っていた彼女たちだが、次第に人材の確保が難しくなってくる。高度経済成長期を背景に女子の高校進学率が上がり、中学を卒業してすぐ就業する女子が減少したためだ。夜間運行の際に未成年を働かせることも問題視されており、同時にマイカー保有率の上昇もあって、地方ではバスの利用者が減少しはじめた。

これを機に法改正が為され、一定の条件を満たせば車掌なしでも運行が可能ということになったのが1961年のこと。以来ワンマン運行は増加して現在ではそれが普通になった。二人がかりだったバスの運行は種々の合理化をすすめ、ついに一人で運行するのが当たり前になったのである。車掌の不在が発生して以来、バスはいわゆるワンオペが常態化した。全てをひとりでこなすため、わずかな変則要素が入ればすぐにその影響が出る。たとえば運賃支払いの段で右往左往すると、それだけでダイヤは乱れてしまうのだ。

どうかみんな気づいてほしい。発車しようとしているバスのドアをバンバン叩き、駆け込み乗車して「乗せてくれた優しい運転手さん」は、次のバス停への到着時刻を犠牲にしている。乗れたあなたはラッキー♪かもしれないが、次のバス停で待つ客にとっては、到着を遅らせる迷惑行為だ。降車ボタンを押し忘れて通過してしまった後「今すぐここで降ろして!」とゴネる乗客がいるかと思えば、いたずらでバス停ごとに降車ボタンを押して、到着すると知らんフリを決め込む迷惑な客も乗ってくるという。家人なんぞ、あまりに何度も繰り返されるので顔を覚えてしまい、その客が乗るとバックミラーで確認しながら降車ボタンの解除キーを押したまま乗務したそうだ。何度ボタンを押しても反応しないもんだからようやく「バレてる」と気づいたようで、それ以来乗ってこなくなったらしい。

駆け込み乗車も問題行動が過ぎる客のあしらいも、一人分だけならわずかなタイムロスのはずが、次第に積もり積もってボディーブロー的に効いてくる。やがて5分、気づけば10分と遅延が発生し、そうなるともう乗務員のテクニックだけでリカバリーは難しくなる。ついには時刻表なんぞあってないような運行スタイルが定着してしまうのだ。定刻通りに来ないバスを見限った乗客は、別の移動手段へと逃げてしまう。何が言いたいかといえば、要するにバスは「客が協力しなければ遅れる宿命にある」ということだ。時刻表通りにバスが来ないと客は不満を漏らすが、実は遅らせているのも客なのである。

さて冒頭の「路線バスとはどういう存在であり、今後この公共交通システムを維持しようとするなら何が必要か」という自問に自答することにしよう。すなわち
「バスは乗務員だけでは動かせないものであり、

である。乗客乗員が互いに配慮することで、定時運行と安全性の確立された、信頼に足る運行を実現できる」
ということだ。当たり前すぎる結論だが、この際だからどさくさ紛れに、このNOVELDAYSの片隅で訴えておきたい。

そしてじつはこの文章は、バスのところを電車や飛行機にも置き換えることができる。自己主張ばかり一人前で、配慮のできない人が増えた都市部の公共交通は、乗客トラブルで遅延が出ることが常態化しつつある。日本の電車が定刻どおりに運行することを、海外メディアが奇跡を見るような表現で称賛するが、それは乗客の公共心がうまく機能しているからだ。年々ひどくなる機能不全が続くようでは、いずれこの日本ならではの特長も失われるだろう。電車やバスをご利用の際には、どうかひとつ「公共交通」であることを忘れないでほしい。同じ乗り物でもタクシーや自家用車と同じではないのだ。

オムニバス、という単語はラテン語で「すべての人のために」という意味であり、これが乗合馬車を意味するようになった。馬の代わりに自動車が客を運ぶようになると、なぜか最後の二文字である「バス」だけが残って、現在我々が指すところのバスの語源となった。
みなさまにおかれましては、バスの語源は「オムニバス」だと覚えていただきたい。すなわち「すべての人のために」存在する乗り物だということを、どうか忘れないでください。
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