山猫亭

文字数 2,296文字

 二人の男が、スノーボードのウェアに身を包み、ワックスでピカピカに磨いたスノーボードをかついで、だいぶ山奥の、雪の深いところを、こんなことを言いながら歩いていました。
「雪山ってところは怖いね。スキー場を少し離れただけで、とてもスノーボードを出来るような環境ではなくなってしまったよ。はやく下山してあったかい風呂にでも浸かりたいものだ」
「イイですね。風呂上りにはマッサージ師を呼んで、この身体の疲れをスッカリと癒したいです」

 そこは雪山の奥の奥の奥の方。スキー場のリフトで登った高所から、立ち入り禁止のロープを越えて入り込み、新雪で深雪な雪道を目いっぱい踏み荒らして入り込んだ奥の方です。当然ながら、携帯電話の電波が届くようなところではありません。
 雪山は奥に進むほど、木々も多くなり、大きな岩も転がっており、スノーボードではとても進めるような場所ではなくなっていきました。そうして、二人はスノーボードをかついで下山することにしたのです。

 ところがどうも困ったことに、雪山というところは方向感覚が全く頼りになりません。辺り一面が真っ白に染まっているから、同じところをグルグルと回っているような気がします。気のせいではないのかもしれません。
「もうイヤだ。限界だ。いつまでこの白い世界に閉じ込められていなければならないんだ。そろそろ人間の建てた建物が見たいよ」
「全くです。雪山はもうコリゴリです。今回を限りにスノーボードは卒業しようと思います。本当ですよ」

 だんだんと吹雪いてきました。方向どころか自分達が進んでいるのかどうかさえ分からなくなってきました。
 そのとき、二人の男はなにか堅いものにぶつかりました。木のようですが、触ってみると建物の形にしています。手さぐりで進んだ先にドアノブのようなものを見つけ、二人の男は建物の中に入ります。

      ※

「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
 暖かな空気と、少し暗めの照明が二人を包み込ます。壁も、天井も、机も椅子も、全てヒノキ造りの店内に、女性の声が響きました。
「いらっしゃいませ」
 どうやら、なにかのお店らしいと気付いた男は、女性に問いかけます。
「失礼ですが、こちらはどのようなお店なのですか?」
「当店、山猫亭はリラクゼーション施設でございます。大変な吹雪の中、ようこそいらっしゃいました。さあさあ、こちらへ」

 女性に促されるままに、二人の男は奥の部屋へと進みます。
「まずはお風呂で体を温めてくださいませ」
 男達はボードを立て掛け、ウェアを脱ぎ、すっかり裸になると、お風呂に浸かって、冷えた身体を十分に温めます。
「いやあ、生き返った。しかし、この風呂はちょっとスパイシーな匂いがするな」
「きっと、代謝をよくする効果があるのでしょう。身体を温めてくれるんですよ」
 ポカポカになって風呂をあがると、着てきたウェアはどこにもなく、代わりにバスローブが置いてあります。バスローブの上には「こちらにお着替えになられましたら、次の部屋へお進みください」と書かれたメモがありました。

 次の部屋にはベッドがありました。バッドの側には白い施術着に身を包んだ女性が立っています。
「どうぞ、うつ伏せになってくださいませ。マッサージさせて頂きます」
 二人の男は、別々のベッドでマッサージを受けます。背中に塗られているクリームからは、ふんわりと甘い匂いがします。
「なあ、お姉さん。これはなにを塗っているんだい?」
「こちらは上質なミルククリームです。とても保湿力が高いんですよ」
 体中にまんべんなくクリームを塗ると、女性はザラザラとしたものを腕に、足に揉み込みはじめました。
「ねえ、お姉さん。このザラザラしたものはなんですか?」
「こちらはマッサージソルトです。角質を柔らかくして、毛穴の汚れを溶かし出してくれるんですよ」
 二人の男は心地よいマッサージに、だんだんウトウトしてきました。一人の男は大きなイビキをかき始めました。一人の男はスース―と寝息を立て始めました。

 男達が寝入ったのを確認すると、マッサージをしていた二人の女性がおしゃべりを始めました。
「もうすっかり寝たようだね」
「本人にやらせるから気付かれるのさ。こちらからマッサージだとサービスしてやれば、こんなに簡単に味付けさせてくれる」
「そうだね。西洋料理店からリラクゼーション施設に変えてからというもの、山猫亭は大繁盛だよ」
「ぼくらにも分け前が回ってくるようになったしね。さあ、このまま親分のところへ運ぼうじゃないか」
 二人の女性はいつのまにか、青い眼玉の大きな山猫に姿を変えていました。男達はベッドで気持ちよさそうに寝たまま、奥の部屋へと運ばれていくのでした。

 そのとき、ドタドタと何人もの人間の足音が店内に響きました。
「なんだ、なんだ、なにごとだ?」
 慌てる山猫達の前に、十人ものスーツ姿の男達が現れて言いました。
「警察だ。山猫共め、お前たちを食人の現行犯で処分する」
「警察だって!?」
 逃げようとする山猫達の前に、さっきまでベッドに寝ていたはずの二人の男が立ちふさがります。
「この寒い中、おとり捜査までして、やっと見つけたんだ。逃がすものかよ」
「全くです。おとり捜査はもうコリゴリです。でもお風呂とマッサージは悪くなかったです。日頃の激務の疲れが取れた気がします」
 二人の男は体中からスパイシーで甘い香りをさせながら、山猫達を捕まえました。帰って祝杯を交わすことを楽しみにしながら。
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