25 夜間飛行
文字数 1,452文字
わたしは暗闇の中を漂うように、揺蕩うように、ただ揺らめいていた。
辺りは右も左もわからないほど真っ暗で、自分の輪郭すらおぼつかない。
ただ上下のは区別はついた。
上には満天の星空が広がっているし、下には地上の星が瞬いている。
あれ、もしかしてこれって夜間飛行ってやつ?
意図せずアントワーヌ・ド・サンテグジュペリの本のことを思い出した。
あの本に憧れていつかは夜空から地上を眺めてみたいと思っていたけれど、まさか最後の最期に実現するなんて夢々思ってもみなかった。
ようやく幽霊らしい役得を使うことができたな、と思ったら笑えてきた。
空と地上と比べると少しだけ煙っていた。
おそらくさっきの大会提供エクストラ花火のせいだろう。
仰々しい名前だ。でも名前負けしない迫力だった。
事前に調べていた時に花火大会で一番の目玉だとは聞いていたけれど、想像の何倍もすごかった。
これを見れただけでも幽霊になった甲斐はあったと思う。
まあ、ちょっとだけ心残りはあるけれども、すべてを望んでいたら切りがない。
そもそも既に一度は終わった人生なのだ。特別にアディショナルタイムを設けてもらっていたようなものだし、神様(とやらがいるのか知らないけれど)に感謝こそすれ、呪ったら罰当ってやつだろう。
そうやって自分を納得させるほどに体の浮遊感は増して、意識は希薄になっていく。
きっと花火の煙が霧散する頃には、わたしは完全に消えてなくなるだろう。
花火を最後まで見られないのは心残りじゃないと言ったら嘘になるけれど、そろそろ潮時だとは思う。
ずっと心に引っかかっていたこともほぼ解消されたことだしね。
そう思いながら最期にわたしは地上の一点、マンションの屋上を見つめた。
後輩くんは後輩ちゃん(紛らわしいけどそう呼ぶことにする)と向き合っていた。
うん、いい雰囲気だ。ムーディーだね。未来の展望を感じさせる見つめ合い方だよ。
…………。
………………。
…………って、あれ?
何をやっているのかな、後輩くんは。
せっかく後輩ちゃんといい感じだったのに、背中を向けちゃったようだけど?
って、おやおや。後輩ちゃんを置いて屋上から駆け降りていってしまったよ。脱兎のごとく。ダッシュで。
あーあ、泣いちゃったよ、後輩ちゃん。
まるで声まで聞こえてきそうな泣き方だね。顔面崩壊レベルの号泣だ。
それにしてもこのタイミングで何をするつもりなんだろうね、後輩くんは。
あ、マンションから飛び出てきた。
一体どこへ向かうんだろう?
裏手にある山を駆け上り出したようだね。暗くて足場も悪いのに無茶も大概だね。
トレッキングでもしたくなったんだろうか。それにしては急だよ。
それにもうちょっと時と場所を選ぼうよ。慕ってくれる後輩ちゃんを置いて今すぐにやることではないんじゃないかな。
………………
ん、なんだか声が聞こえる気がする。
いや、空耳だろうね。空にいるだけに。だってこんな遠くまで伝わるわけはないから。空気も相当薄いはずだし。ここの標高、幽霊でなかったら生きていられないね。死んでるけど。
……あ、やっぱり聞こえる。正確にはわたしの意識が拾っているみたいだ。
後輩くんが叫んでいるみたいだ。
先輩、って。
やれやれ。こいつはわたしも参ったね。
仕方がない。呼ばれたからには戻らないとねいけないね。
わたしは気を取り直して彼のもとへと降りていった。
辺りは右も左もわからないほど真っ暗で、自分の輪郭すらおぼつかない。
ただ上下のは区別はついた。
上には満天の星空が広がっているし、下には地上の星が瞬いている。
あれ、もしかしてこれって夜間飛行ってやつ?
意図せずアントワーヌ・ド・サンテグジュペリの本のことを思い出した。
あの本に憧れていつかは夜空から地上を眺めてみたいと思っていたけれど、まさか最後の最期に実現するなんて夢々思ってもみなかった。
ようやく幽霊らしい役得を使うことができたな、と思ったら笑えてきた。
空と地上と比べると少しだけ煙っていた。
おそらくさっきの大会提供エクストラ花火のせいだろう。
仰々しい名前だ。でも名前負けしない迫力だった。
事前に調べていた時に花火大会で一番の目玉だとは聞いていたけれど、想像の何倍もすごかった。
これを見れただけでも幽霊になった甲斐はあったと思う。
まあ、ちょっとだけ心残りはあるけれども、すべてを望んでいたら切りがない。
そもそも既に一度は終わった人生なのだ。特別にアディショナルタイムを設けてもらっていたようなものだし、神様(とやらがいるのか知らないけれど)に感謝こそすれ、呪ったら罰当ってやつだろう。
そうやって自分を納得させるほどに体の浮遊感は増して、意識は希薄になっていく。
きっと花火の煙が霧散する頃には、わたしは完全に消えてなくなるだろう。
花火を最後まで見られないのは心残りじゃないと言ったら嘘になるけれど、そろそろ潮時だとは思う。
ずっと心に引っかかっていたこともほぼ解消されたことだしね。
そう思いながら最期にわたしは地上の一点、マンションの屋上を見つめた。
後輩くんは後輩ちゃん(紛らわしいけどそう呼ぶことにする)と向き合っていた。
うん、いい雰囲気だ。ムーディーだね。未来の展望を感じさせる見つめ合い方だよ。
…………。
………………。
…………って、あれ?
何をやっているのかな、後輩くんは。
せっかく後輩ちゃんといい感じだったのに、背中を向けちゃったようだけど?
って、おやおや。後輩ちゃんを置いて屋上から駆け降りていってしまったよ。脱兎のごとく。ダッシュで。
あーあ、泣いちゃったよ、後輩ちゃん。
まるで声まで聞こえてきそうな泣き方だね。顔面崩壊レベルの号泣だ。
それにしてもこのタイミングで何をするつもりなんだろうね、後輩くんは。
あ、マンションから飛び出てきた。
一体どこへ向かうんだろう?
裏手にある山を駆け上り出したようだね。暗くて足場も悪いのに無茶も大概だね。
トレッキングでもしたくなったんだろうか。それにしては急だよ。
それにもうちょっと時と場所を選ぼうよ。慕ってくれる後輩ちゃんを置いて今すぐにやることではないんじゃないかな。
………………
ん、なんだか声が聞こえる気がする。
いや、空耳だろうね。空にいるだけに。だってこんな遠くまで伝わるわけはないから。空気も相当薄いはずだし。ここの標高、幽霊でなかったら生きていられないね。死んでるけど。
……あ、やっぱり聞こえる。正確にはわたしの意識が拾っているみたいだ。
後輩くんが叫んでいるみたいだ。
先輩、って。
やれやれ。こいつはわたしも参ったね。
仕方がない。呼ばれたからには戻らないとねいけないね。
わたしは気を取り直して彼のもとへと降りていった。