ブレーキ

文字数 982文字


 ある程度の規模がある駅の側線に、貨物列車が停車している。
 通過する特急列車に道を譲るために待っているのであろう。
 
 そして背後から特急の気配。
 もう間もなく追い越され、貨物列車も発車することになる。

 と、その時あなたは気づくのだ。ゴッゴッゴッとかすかな音を立てながら、停車している貨物列車がゆっくりと縮んでゆくことに…。

 目の錯覚ではない。音がするに従い、貨車の車輪もわずかだが回転しているではないか。
 車両たちが、発車前の準備体操でもしているのだろうか。

 と、長い長い前ふりである。
 上記の情景が起こる前には、まず貨物列車自身が到着して、この側線に停車しているはずである。

 その時に機関士は、ブレーキ弁を手で扱う。
 が、これがなかなか面倒なのだ。

 ブレーキをかけて減速するのはいいが、摩擦係数の関係で、そのままでは停車まぎわ、ギギギと列車は急停車をしてしまう。

 これを防ぐため、列車が完全停止する直前、機関士はブレーキ弁を動かし、制動力を少しゆるめるという動作をする。

 すると列車はスッと止まってくれるのだが、これが曲者でもあり、貨物列車のブレーキはその構造から、列車の前から後ろに向かってゆるみが伝わり、ブレーキがゆるんでいくという性質がある。

 もしも今、貨物列車が完全停止する5秒前であるとすれば、ブレーキの状態は各車で異なり、


(←列車前)       (列車後ろ→)
「機関車」……(省略)……「最後尾貨車」
少しゆるんでる       ゆるんでない


 という形になっている。このまま列車は、ギギギッと静止するのだ。

 言い換えれば、列車は前後に引き伸ばされた状態で静止するのだが、連結器の根元にはバネが仕込んであるから、これが伸びた形で列車は停車することになる。

 そこへ特急がやってくる。
 ならばもう、貨物列車自身の発車も近い。
 機関士は、機関車のブレーキだけを残し、全ての貨車のブレーキをバシュッとゆるめてしまう。
 電車やキハと違って、機関車のブレーキはそんな器用なことができるのだ。


(←列車前)       (列車後ろ→)
「機関車」……(省略)……「最後尾貨車」
ブレーキオン        ノーブレーキ


 ブレーキがかかっている機関車の位置は、まるでイカリを下ろしているかのように変わらない。引き延ばされていたバネが縮み、この瞬間、貨物列車が縮むのであろう。
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