第62話 『 創世記 序章 』 

文字数 3,292文字

(中三、とノートの表紙に書いてある☆)


 
P1. 序章 大地の手 (この世のおこりから)
 
 ドロドロとした金色の溶岩がたがいにぶつかりあい、うずをまいて流れていました。
まだ誕生したばかりの若い大地、若い世界の中心で彼女は目をさましたのです。
 彼女は大きな石の上に一人で横たわっていました。
不思議なことに、見渡す限りの黄金色のうねりの中で、ただ彼女と彼女の石だけが動きもせずに わずかな白光をはなっています。
 そして彼女は背の下の石を通じて、伝わってくる大地の鼓動を、まるでその手で触れているかのようにはっきりと感じることができました。
 しかし彼女はそういったまわりの風景を気にもかけず、横たわって両手を胸の上に組んだまま、ただその深い漆黒の二つの瞳だけを開いて考えていました。
 まっすぐに上を見上げた彼女の瞳には星も雲も何一つとして映りません。
それもそのはず誕生したばかりの世界にはまだ「空」という場所すらできていないのです。
あるのはただ空虚な暗黒のひろがりだけでした。

 彼女が目覚めてから すでに長い長い時が過ぎていました。
そして彼女は 目覚めた時からずっと同じ事を考え続け、いまだに思い出すことができずにいるのです。
 その事は幾千回も彼女の頭の中をかけ巡り、そして いつも答えを得ることなく、また出発点に戻るのでした。
  「私はだれで 何処から来たのだろう。そして何のために
   ここに こうしているのかしら。」
 今も鈍い黄金色の照り返しの中で彼女は同じ質問のために自分の記憶を探っているのでした。

 ふと気がつくと、今まで音もなくうねる金の波以外動くものとてなかった世界に「何か」の気配が表われ始めていました。
それはまるで草原の中をかけぬける荒々しい風のように、それがまきおこす草のうねりを見、体に触れられたのを感じることはできても目で見ることはできないのでした。
 その「何か」がかもし出す不思議な感覚は彼女に母親の胎内にいるような安心を与えました。
「さあ、次には何が始まるのかしら?」
彼女は確かに何かが始まるに違いないと思いました。
背中の石はあいかわらず規則正しく大地の鼓動を伝えています。
 と、突然 はるかかなたの波間がパッと輝いたと見る間に、もり上がった大波を二つに裂いて青い明るい光が地の底から上りました。
そのただ一条の光線はだんだんとその輝きを増し、ついには常人の目ではとても正視できないだおるというほどに明るく輝いたのです。
そして、さらに高く、まるで純粋な光でできた塔のようになって上へ上へと伸び続けて行きました。
 彼女は別段眩しいとも思わずにその異様に美しい光をながめていまいsた。彼女にとってはその不思議な光景はごく当然のなりゆきのように思われ、それどころかそうなることをあらかじめ知っていたような感じさえするのでした。
 光線は天空高く真直ぐにつき進んで行きます。
距離もわからぬ程 遠くにあるにもかかわらず、その上から下までを一時にとらえるのは不可能になっていました。
彼女が、「これ以上 高くなるようだったら完全に視界を突き抜けてしまうわ」と思ったちょうどその時に、まるで何物かに突きあたりさえぎられたかのように進むのをやめました。
そしてその地点から水平な円盤状に広がり始めたのです。
 地底からの光はやみ、ただ光の塔がぐんぐん上昇しては広がっていきます。
そしてあれだけ強烈だった光もひきのばされるにつれてじょじょに弱まってくるのでした。
 
 うねっている波の上の暗黒界は消え去りました。
今は深い藍色の美しいけれど冷たい夜空が世界を覆っています。
 そしてまだ月も星もない空の下(もと)で それ自身の創成よりもさらに不可思議なできごとが起りつつありました。
先程あの光が発せられた ちょうど 同じあたりから大きな とても大きな かるく握られた《手》が地中深くよりさし出されたのです。
 たしかにそれは《手》だと思いました。
彼女には最初それが見えなかったのです。
 それは金色の波をかきわけるでもなく、かといって突き抜けているわけでもなく、波と同時に存在しながら けして交わってはいませんでした。
金色の溶岩と まったく同じものであいr、そしてまた まったく異なるものでもあったのです。
 そして光に対して反応しませんでした。
つまり目で見る形としては何も見えず、心の瞳を開いて心像(イメージ)としてそれをとらえなければなりません。
 それは大いなる者の持つ《手》、……もしかしたら大地そのものの手であったのかもしれません。
《手》はその大きな手のひらをじょじょにとき放ってゆき、手の上の指と指の間より光り輝やく者たちが翔び立ちます。
 彼らは光り輝く丈高き美しい人々でしたが、それらもやはり心像(イメージ)で、心の瞳を閉じて目で見ている限り何一つ見ることはできないのでした。
一人、二人……、彼らは次々と翔びたっては思いおもいの方向へと去って行きます。
 全部で二百人ほどもいたでしょうか、最後にひときわ明るく輝やく黄金(こがね)と白銀の二人が、開ききった手のひらより高く弧空へと翔び去って行くと、大いなる《手》は彼女に優しく会釈して再び地中へと姿を隠しました。
 大いなる《手》より放たれた輝やかしき聖霊たちによって、地上には力が満ちあふれていました。
聖霊たちは空間より力を吸収し、また自己の内より発散させ、おのおのまったく違った動きを示しながら、なおかつ注意深い瞳には彼らが一連のひどく複雑で巧妙な踊りをふんでいることに気づくのでした。
 彼らは、それぞれ自分がやるべきことをこころえているようで、みな 忙しくたちはたらいていました。
 そのうちの一人が 踊りながらツイと彼女の石のそばへやってくると彼女が瞳をひらいているのをみつけて、やわらかく微笑して言いました。
心像(イメージ)だけで実体を持たないのですから、その声ももちろん耳には聞こえません。
ただ 心地良くすずしげなひびきが 直接 彼女の頭の中に流れ込んでくるのでした。
 「おやすみなさい」と、その人は云いました。
 聖霊たちの話す言葉はとても複雑で、そしてまるで音楽のように詩のように リズムを持ってひびくのでした。

   「 おやすみなさい、マリアンドリーム
     神々の仕事は まだないわ
     神々の時代(とき)はまだこない
     さあ おやすみなさい 目を閉じて
     あなたの目覚めの時代(とき)がくるまで
     大地に森が 茂るまで           」

 来た時と同じようにツイと踊りながら聖霊は行ってしまいました。
あとにはまた深い眠りに落ち込んだ彼女がのこりました。
彼女は聖霊の言葉の意味を考えようとしたのですが、聖霊の言葉には魔力があり、目覚めたばかりの彼女には抗(あらが)うだけの力がなかったのです。
 
 
 
 次に彼女が目覚めた時には すでに長いながあい時が過ぎ去り、目に見えない聖霊たちはその仕事の半ば近くを終えてしまったように思えました。
 それというのも彼らの仕事というのが天の下、地の上の空間に空気と海と固い大地を造って植物を育て、森を茂らせることであり、彼女のまわりには あちこちに高いむき出しの山が並び、遠くには鈍い灰色の無限の水面が広がっていたからです。
彼女はさむざむとした岩肌や冷えた溶岩のかたまりに目をむけました。
心の瞳でそれらを透して見てもどこにも聖霊の姿はありません。
 彼女は横たわったまま目を閉じて広く探索の輪を拡げました。
地の上を端から端まで探し、さらに地の下、空の上とじょじょに輪をひろげて、はるか地の下の方に(といっても大地の根底よりははるかに表面に近いところですが)膨大な量の熱エネルギーが貯わえられていることに気づきました。
 そして、聖霊たちの約半数がそこに集まってなにか忙しそうに立ち働いています。
なにをしているのかは遠すぎて見えませんでしたので彼女は聖霊の一人に焦点を合わせてその心に話しかけました。
 彼女は遠く離れたものを見、そして心と心で直接話すことができたのです。
 
 
 
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