第6話

文字数 589文字

夜は深く沈んでいた。寝静まった旅館の窓から、虫の声が流れてくる。秋の気配が、日没後の世界を支配しつつあった。
薄暗い和室で、シュウと奈津は向かい合った。明るい電気を付けようとしたら、少年が大慌てで制したのだ。奈津は小さな読書灯で我慢した。
奈津の指示をうけて、少年は頬、額、鼻周りの順にファンデーションを塗る。さすがに温泉宿の息子、肌はきめ細かい。
「あの……」
「なに?」
奈津はメイクのことになると真剣になる。男は勝負時に兜の緒やネクタイを締めるが、女にとっては化粧がそれだと奈津は思っている。
「どうして僕に化粧を教えてくれるんですか」
「後で教えてあげる」
2人は黙々と作業を進めた。部屋に戻っていたリョウから連絡が来たので、「シュウ君と話してる」と返してた。
カミソリとブラシで眉毛を整え、目元にアイライナーを引く。頬にチークをつける。案の定少年は付けすぎたので、奈津が拭ってやった。最後は唇だ。少年の失敗作を拭き取り、リップで輪郭を撫でるようにして塗らせた。

メイクは二十分程で終わった。
「ほら、こうやるんだよ」
「……」
シュウは化粧台の鏡をしげしげと見つめる。化粧映えする顔だったし、部屋が明るすぎなかったのも良かった。少年の顔に差した陰影が艶っぽい。シュウは鏡を見ながら、夢中で髪をクシャクシャいじった。想像以上の出来に、2人とも少し言葉を失っていたのだ。
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