真王の由縁

文字数 1,997文字

      真の王は 竜をまといし 三つ目の者
 この予言により、我らが人間の王は、額に第三の目を描き、竜の鱗の鎧を着て大陸を征服していく。

 普段は山奥に引っ込んでいる妖術師の俺だが、今日は息子と久々に都に出てきた。辺境に出立するこいつを見送るためだ。
 都は戦争特需と市場に流れた略奪品のおかげでむせかえるような活気に満ち、人間やエルフ、ドワーフなど、あらゆる種族の戦士と奴隷であふれている。

 俺たちは安宿をとり、階下の酒場で夕食をとることにした。
 年老いた吟遊詩人がリュートを爪弾き、熟成ウイスキーのような深い声でエルフの姫の悲話を歌う。

 山に隠れていた姫は騎士団に発見され、自分の国を蹂躙した人間の王と強引に結婚させられた。式の当日、姫を慕う騎士が助けに来るが、観衆の前で姫が城壁から身を投げるのに間に合わず、騎士も絶命する。

 俺は目の前の息子を見た。店内を珍しそうに眺めながら食事をする息子はハーフエルフだ。しかも俺とは血が繋がっていない。

 あの日、俺はさらに山奥に住む友人を訪れた。彼に屋根裏に案内され、驚いた。
 大きな西瓜ほどもある卵が生みつけられている。竜の卵だ。托卵されたのだ。他の生物の育児に自分の子供をねじ込むこのような習性を持つ竜は狂暴で、希少で、謎が多い。友人の妻のエルフは臨月だった。

 俺は「おめでたが重なってよかったな」と言った。茶化したつもりはない。竜は武具の素材や貴族の乗り物として高値で取引される。おかげで乱獲され、野生の竜は滅多に見られない。この珍しい卵を城に献上すれば金貨一袋は難くない。

 しかし、友人の妻は卵をきれいな布でくるみ、寝室に飾ってしまった。世間離れした美しい所作で。

「王族の習慣なんだ」友人が説明した。「成竜になるまで育てると、身代わりになった子へ竜の加護が贈られるそうだ」

 陣痛が始まると同時に卵にひびが入った。可愛い男の子が産まれると、卵からもその子そっくりの男の子が出てきた。違いといえば、額に「竜眼」と呼ばれる感覚器があること。

 俺は夫人の指示通りその竜眼をくりぬいた。成竜になるまで狂暴性が抑えられるそうだ。夫人は生まれたばかりの我が子を俺に預けた。竜眼を取っても、育ての親の子を食べてしまうことがあるからだという。俺はこのために呼ばれたのだった。俺は取った竜眼を赤ん坊のお守りにした。

 友人は時々俺と会って育竜の報告をした。夫人は来なかった。気持ちを抑えられなくなるといって。
 竜の子は一か月に一才くらい歳を取る。言葉は発せず笑いもしないが、嬉しいとき顔をすり寄せてくるところは可愛いと友人は話した。俺は赤ん坊を抱きながら、いつも疲れた顔でそんな話を聞いていた。

 育児を始めて一年半が経った。竜の子が(さなぎ)になったそうだ。これが羽化すれば俺の育児は終わる。
 その時、俺と友人は街に買い物に来ていた。妙な噂がたった。騎士団が捜索中のエルフの姫を見つけた──

 俺たちは急いで友人の家に戻った。戸は開け放ったまま、夫人は消えていた。

「きっとこれを守るために身分を明かしたのだ」友人は奥の部屋に入っていった。
 寝台に人間大の茶色の固い楕円形が横たわっていた。表面には翼を閉じて眠る蝙蝠のような模様が浮き上がっている。俺が立ちすくんでいる間、友人は長持から鎧と剣を取り出し、身支度を整えた。

 俺は止めた。「

はどうするんだ」

 友人から夫人の短剣を渡された。王家の紋が入っていた。
「怪我をして隊に置き去りにされたところを姫に助けられた。その時から俺は姫の騎士になったんだ。姫を独りにしたくない。人間にも仲間はいると伝えたいんだ」
 そして、あの悲話が生まれた。

 十日後に、蛹の背から白く神々しい竜が立ち上がった。二本の角、顔と額の赤い竜眼。鱗の代わりに生える羽毛が乾くと、若い竜は虹色の翼を広げて、何事もなかったかのように朝焼けの空へ飛び去った。

 その十五年後、もう一人の竜が旅立つ。
 俺を父と慕うこいつが「広い世界を見たい」と言い出した。
 俺はなけなしのつてを頼って辺境のギルドに連絡をとった。あそこなら都より種族への偏見が少ない。
 残っていた蛹の殻で皮鎧も作ってやった。殻は軽くしなやかで、剣も魔法も通しにくかった。

 酒場の主人が、朝早く船が出ることを教えてくれた。

 翌朝、息子は波止場の船を目の前にして、首から下げた竜眼のお守りをいじっていた。不安になるとする癖だ。
 彼の背中を軽く叩く。息子ははにかみながら船に乗り、元気よく手を振った。

 船が水平線に消えるまで、俺は動けなかった。風に舞う花びらが目に滲む。
 あの子はもうただの預かりものではない。情熱と剣の腕は父母から授かった。俺は何をあげられただろう。

 都を見下ろす城を睨み上げ、俺は密かに抵抗組織の扉を押す。
 道化た覇道は終わらせる。
 あいつが開く輝く未来にそっと寄り添っていたい。
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