第18話

文字数 2,651文字

 パシャッ――

「わ! いい感じに撮れてる!」  

 スフレ型が乗ったケーキ皿を手に晴れやかな笑顔を見せる蓮と、蓮が持っているスフレ型に入った杏子のクラフティを満面の笑みで指差す愛。これはもう付き合っている二人の写真といってもおかしくないレベルの出来映えだ。

 愛の後ろからちょこんと顔を出し真顔でピースサインをしているカンナギについては、申し訳ないがあとで適当に加工してツーショットにしてしまうとしよう。

「ね、写真送りたいから、よかったらLINE――」
「もう食べていいか?」

 ――ったくほんとにこいつはあと数秒くらい我慢してくれよ……と溜め息が出そうになるのを堪え、隣を見遣ると潤んだ瞳で愛を見つめるカンナギの顔がそこにあった。おあずけを待ちきれない犬のような焦れ方だなと思い、愛の口元がふっと緩んだ。

「あーはいはい、待たせて悪かったわ。どうぞ」
「いただきます!」 

 ――せっかく自然な流れで蓮とLINE交換ができるチャンスだったのに。愛は片頬を膨らませた。

「美味しい……大脳新皮質に染み渡るな」

 スイーツを食べて飛び出る台詞とは思えなかったが、多幸感そのものといった表情でクラフティを少しずつ口に運ぶ姿を見ればまんざらでもない気持ちになる。

 まあ写真は撮れたことだし、とりあえずは冷めないうちに食べた方がいいかとスプーンを手に取ろうとした瞬間、QRコードの映し出された画面が愛の視界に滑り込んだ。

 ――え? これ、もしかして……

「さっきの写真、よければ送ってもらえないかな」

 興奮とともに顎から顔を上げた。慈愛、という言葉がぴったり合いそうな微笑みを浮かべた蓮がたしかに愛を見ている。 

「いよっしゃあ!」と心の中で愛は叫んだ。密かに恋い慕う相手と一緒に写真に納まり、連絡先まで――それも向こうからの申し出で――ゲットできるなんて、今日はもしかすると恋愛の神様的な存在が味方をしてくれているのかもしれない。ならばこのままデート(!)の約束でも取り付けてしまうか、いや、急いては事を仕損じるともいうし、がっついていると思われたくはない。今はとにかく、相手の気が変わってしまわないうちにLINE交換を終えてしまうべきではないか――

 天にも舞い上がる気持ちからコンマ五秒で結論を出し、小さく咳払いをして調子を整えたはずだったが、「もちろん!」と快諾する声はしっかり上ずっていた。

「……これでよし」
 蓮とのLINE交換を無事に終え、早速写真を送信する。

「わ、ありがとう!」 
 見ているこちらまで嬉しくなってしまうような、気持ちのこもった笑顔を見せて蓮が笑った。

 ――か、かわいい……!
 心臓がぽーんと跳ねた。愛の持てる語彙力では表現できそうになかったが、なんとなく、それまでの笑顔とは何かが違う。永久保存したくなるような笑顔である。私の目にカメラ機能が備わってたら、確実にシャッターを切ってるのに! と愛は思った。

「ふふっ、カンナギ、もっと前に出ればいいのに。でも、ちゃんとピースサインしてる」
「ああ、写真は苦手だから、それが精一杯だ。――ん! この紅茶、美味しいな」
「でしょ?! 実はそれ、私が淹れた紅茶なのよ」

 愛ではなくカンナギに注目している蓮の発言は少々引っかかったが、それ以上に紅茶を褒められたことが嬉しくなり、つい反応してしまった。
 蓮が紅茶を口に運ぶ。
「あ、ほんとだ! 美味しい!」

 心の中で本日二度目のガッツポーズを決める。一度目よりも大きく派手に。
 あなたのためなら毎日でも淹れますよ、と返したくなるのを押しとどめ、代わりに「てへっ」と可愛く笑ってみせた。可愛く映っているといいのだが。

「うん、クラフティともよく合う。久野さんにこんな特技があったとは」

 ――え、わかってくれたんだ……! カンナギの言葉は、ひそかに愛を喜ばせた。

 杏子のクラフティに合う紅茶を一生懸命選んだ甲斐があった。

 愛が同級生に紅茶を淹れたのはこれが初めてではない。昔、家に遊びに来たクラスメイトに紅茶をふるまったことがある。丁寧に、心を込めて淹れたつもりの紅茶だったが、彼女はひとくち口をつけただけで、すぐさま「ジュースないの?」とカップを退けてしまった。それ以来、誰かに紅茶を淹れることは意識的に避けてきたのである。

「ま、これでもルディックのマスターの孫ですから、紅茶くらいはね」
 本当はとびきり嬉しいくせに、大したことありませんよ、とばかりにすまし顔で言った。

「ほら、そんなことよりもレンレンの質問――えっと、演技がいつも……うまいこと……?」

 ここで蓮が問いかけた内容を一言一句違えず再現してアピールするつもりだったのに、頭の中にあったはずの言葉はすっかり消え失せ、ニュアンスしか残っておらず、もどかしさから愛は軽く首をひねった。一夜漬けで受けるテストの最中に陥る状態と酷似している。

「――表局域で演技をするって言っても、いつもそんなに望ましい演技とか、求められる役割をやり遂げられるか、って質問だろ?」

「そう! 私が言おうとしていたのはまさにそれよ!」

 カンナギからの助け舟にどっかり乗り込みながらも、決まりの悪さを誤魔化すように愛はなるだけ優雅に見えるような所作で紅茶を口に含んだ。いつもより美味しく感じられたのは、好きな人からのお墨付きを頂戴したおかげだろう。それと――紅茶にかける愛のこだわりに気づいたカンナギの鋭さが一役買っていることも認めざるを得ない。

「ふむ、このもっちりした生地……カスタード好きにはたまらない絶品クラフティと、マイルドさとコクが絶妙なバランスの紅茶。おかげで僕の頭も元気百倍だ」

 正義のヒーローを担うアンパンみたいなことを言うなぁと思いつつ、愛はテーブル下でスマホを素早く操作する。

「僕はもう食べきっちゃった。あとでマスターにお礼を言わないとね」
 そう言って蓮はペンを握り、準備万端整いましたとばかりに姿勢を正している。

「よし、社会学カフェ、再開するとしよう」

 ――表局域で演技をするとはいえ、いつも望ましい演技や求められる役割をやり遂げられるものだろうか――? 

 今度はしっかり脳内に刻まれていることに安堵し、見るともなくスマホに視線を落とした。蓮と愛、そして社会学バカがこちらを向いている。新しい待ち受け画面に満足して、愛はスマホをテーブルに置いた。

 行儀は悪いかもしれないが、クラフティをいただきながら社会学カフェに参加するとしよう。祖父のクラフティは冷めても美味しいのである。
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