初夏

文字数 550文字

いつかの初夏の日の夕方ことだ。
その日は初夏とは思えない暑さだった。天気予報では熱中症の警告を繰り返していた。
私は川にいた。涼むためだっただろうか、ぼんやりと川辺に腰掛け、水の流れを眺めていた。
いつもと変わらない綺麗な川だった。
となりには男がいた。知らない男だった。青年といった感じの綺麗な男だった。
いつからいたのかは知らない。彼は私のことを気にもしていないようだった。
彼もまた川を見ていた。もしかしたら違うものを見ていたのかもしれない。横顔ではあまりわからなかった。
どれほどそうしていただろうか。蝉の声が遠くなった。

「ひとりで死ぬんです」

突然彼はそう呟いた。
疑問は持たなかった。彼がそういうのだから、ひとりで死ぬのだろう。
そうしてまたぼんやりとしていた。どれほどそうしていただろうか。
となりに彼はもういなかった。かわりに辺りには蛍が飛んでいた。飛び回っているのがオスで、とまっているのがメスなのだろう。
ずいぶんとぼんやりしていたことだし帰ろうとした。
ふと地面を見ると、足元に一匹の蛍が死んでいた。
なるほどこれはひとりだ。そう勝手に納得していた。
私はその死骸を掴むと、川に流した。
流れる様子を見ることもなく川に背を向けた。

たぶんきっとこれで良かったのだろう。
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