第1話
文字数 2,563文字
毎朝、鏡を見るたびに思っていた。これは俺の顔じゃないって。
俺は十九世紀フランスの、ある船乗りだった。マッチョで逞しい肉体と金髪碧眼。
北ヨーロッパ系の(自分で言うのもなんだが)イケメンだった。
髭を蓄え、胸毛すら生えていた。
群がる女は数知れず。気を良くした俺は港々に女を作り、飽きたら平気で捨てたりしていた。
結構酷い奴だったと、我ながら思う。
しかし四十歳になったある日、唐突に人生は終わりを迎えた。
港で別れ話をしている時、女に刺されたんだ。
死んだ俺に天使は言った。
「貴方は、少し女性の気持ちを分かった方がいい」
その時の俺は、キリスト教の信者だった。
そして「オー、マイ、ゴット 」
この前世の記憶を持ったまま、俺は二十一世紀の現代日本で女に生まれ変わってしまった。
今鏡の中に映っている俺は、綺麗な黒髪と茶色の瞳を持つ少年とも少女ともとれる可憐な女の子だ。幼く捉えられる容姿ではあるが、既に結婚している。
だが俺にとって、一人の相手に縛られるというのは結構退屈だった。
生来浮気性な俺は、色んな女と知り合いたかった。
だからクラブ『アルマーレ』で男装をしホストの真似事をこっそり始めた。
女にちやほやされるのは嬉しかった。それが一年前の話だ。
それから半年程経つと、アルマーレには自然と足が遠のいていた。
主婦業が楽しくなってきたからだ。
そんなある日の事、久しぶりに会った短大時代の友人から合コンに誘われた。
既婚者だから行かないと断った。
だが人数合わせでどうしても来てほしいと言われやむなく参加する事となった。
その合コンパーティー会場の帰り道の事である。
会場で会った二十代の三人の男が少し離れた所から、おいでおいでと手招きをしているのが見えた。
「ヒカリちゃん、行かないの」
「んー、いい。私、人数合わせだしねー」
ちらと左手薬指を見る。ダイヤのファッションリングといたって普通のリングがある。
重ねて着けているからちょっとゴージャス。
黒のカクテルドレスと相まって派手すぎず、いい感じに似合っている。
髪はプリンセスラインでまとめて、お嬢様然としたイメージ。
「一応ゆきに操立てないと」
「あーっ、あついなぁ。さっそく、のろけ?」
「皆、行って話聞いてくれば? きっとナンパだよ」
3人の女友達をそっちに行かせて、一人離れた所にぼんやりと立っていると友達三人組が返ってきてこう言った。
「あのさー。あいつら、ヒカリちゃんに用があるって」
「……わかった。話聞いてみる」
四人でそこへ行くと、他の三人を差し置いてあからさまに容姿を褒めてきた。
マイナス三十点。
「へぇ。あんた、ヒカリっていうの。いいねー美人じゃん、そそるねぇ」
「あんたみたいな女がエッチにおぼれるんだぜ」
「エロい体してんねー、ヒカリちゃん」
「……」
三人組は失礼極まりない言葉を吐く。マイナス六十点。
「見ろよ、これ。俺の宝物」
リーダー格の男に見せられたのは放送禁止用語満載の過激でエッチな写真だった。
マイナス六十点。
「きゃーちょっとやだ。何これ」
ドン引きする女子三人の声が響く。
「用はそれだけ? 帰っていい?」
他の三人と目くばせして、その場を去ろうとすると。
「ちょっと待て。お前、気に入った、俺の女になれよ」
と言ってグイッっと引っ張られ、後ろから抱き締められた。
なんとまあ。ひどいナンパもあったもんだ。マイナス五十点。
「ちょっとぉー止めなさいよ、どんびきー。あのねぇこの子はねー」
「……皆帰っていいよ」
「えーっでも、ヒカリちゃんも帰ろう。危ないよ」
「いいから。私、この人たちと話してから帰る」
「えっ……大丈夫かな。心配なんだけど」
「大丈夫、大丈夫。いいから」
身を案じてくれる彼女たちを、何とか納得させて先に帰した。
「まいったなー。こういう誘い方が好み?」
抱きしめてきた男は、未だその腕を離さずにいた。
抱きしめられたまま、身じろぎもせず言う。
「いい加減さぁ。手ェ放してくれると嬉しいんだけど」
男はギョッとして俺を見る。オクターブ下がった声に、明らかに戸惑っているようだった。
その隙に素早く手を振りほどいて振り返り、そのままの至近距離で言ってやる。
「合計マイナス二百点。お前らがっつきすぎ、俺、前世男だったから。
気持ちは分かるけどこんなんじゃダメだよ、女の子が逃げるに決まってる」
顏に不敵な笑みを刷いて側に立つ男に言った。
「遊郭の花魁だって三回通って馴染みの客にならなきゃ、抱かしてもらえなかったんだぜ?
ちゃんと手順を踏めよ」
あっけにとられ、暫く黙る三人組。
「はあっ? へ、あんた何、前世の記憶あんの?」
「ある。前は船乗りだった。港の一つ一つに現地妻がいてモテモテだった」
「へー。結構悪い奴じゃん」
「そ。悪い奴だったんだ。モテ方レクチャーしようか?」
俺はにやりと笑って言った。
「面白いね、乗った」と一人が言う。
「おい、マジか。お前酒回りすぎじゃねーの」
「この女の言ってることはうさんくせーけどよ。
その『レクチャー』ってのに興味沸いたぜ。一体何を教えてくれるんだろうなぁ」
「あー。確かに気になるな」
と三人で何やら話し込んでいたが、どうやら結論が出たらしい。
「いいぜ。やってやる」
「じゃ、明日。この時間に、ここで待ってな。カッコはそんな原色のドレスシャツじゃなくて、白のカッターと背広で。あっ、ネクタイ必須ね」
「ネクタイ? なんかたりィーなぁ」
「ネクタイ緩める仕草とか好きな娘いるよ。それからグラサンは要らないから」
「あんたら、名前は?」
「右から田辺、田森、田中だ」
「ふーん。俺、椚木 光流 。よろしく」
「ヒカル? さっきの子たちヒカリちゃんって」
「あっそれ、女の子してる時の名だから」
相手は何が何だかわからない、といったような顔をしている。
「じゃ、また明日」
そう言うと、手を振って彼らと別れた。
俺は十九世紀フランスの、ある船乗りだった。マッチョで逞しい肉体と金髪碧眼。
北ヨーロッパ系の(自分で言うのもなんだが)イケメンだった。
髭を蓄え、胸毛すら生えていた。
群がる女は数知れず。気を良くした俺は港々に女を作り、飽きたら平気で捨てたりしていた。
結構酷い奴だったと、我ながら思う。
しかし四十歳になったある日、唐突に人生は終わりを迎えた。
港で別れ話をしている時、女に刺されたんだ。
死んだ俺に天使は言った。
「貴方は、少し女性の気持ちを分かった方がいい」
その時の俺は、キリスト教の信者だった。
そして「
この前世の記憶を持ったまま、俺は二十一世紀の現代日本で女に生まれ変わってしまった。
今鏡の中に映っている俺は、綺麗な黒髪と茶色の瞳を持つ少年とも少女ともとれる可憐な女の子だ。幼く捉えられる容姿ではあるが、既に結婚している。
だが俺にとって、一人の相手に縛られるというのは結構退屈だった。
生来浮気性な俺は、色んな女と知り合いたかった。
だからクラブ『アルマーレ』で男装をしホストの真似事をこっそり始めた。
女にちやほやされるのは嬉しかった。それが一年前の話だ。
それから半年程経つと、アルマーレには自然と足が遠のいていた。
主婦業が楽しくなってきたからだ。
そんなある日の事、久しぶりに会った短大時代の友人から合コンに誘われた。
既婚者だから行かないと断った。
だが人数合わせでどうしても来てほしいと言われやむなく参加する事となった。
その合コンパーティー会場の帰り道の事である。
会場で会った二十代の三人の男が少し離れた所から、おいでおいでと手招きをしているのが見えた。
「ヒカリちゃん、行かないの」
「んー、いい。私、人数合わせだしねー」
ちらと左手薬指を見る。ダイヤのファッションリングといたって普通のリングがある。
重ねて着けているからちょっとゴージャス。
黒のカクテルドレスと相まって派手すぎず、いい感じに似合っている。
髪はプリンセスラインでまとめて、お嬢様然としたイメージ。
「一応ゆきに操立てないと」
「あーっ、あついなぁ。さっそく、のろけ?」
「皆、行って話聞いてくれば? きっとナンパだよ」
3人の女友達をそっちに行かせて、一人離れた所にぼんやりと立っていると友達三人組が返ってきてこう言った。
「あのさー。あいつら、ヒカリちゃんに用があるって」
「……わかった。話聞いてみる」
四人でそこへ行くと、他の三人を差し置いてあからさまに容姿を褒めてきた。
マイナス三十点。
「へぇ。あんた、ヒカリっていうの。いいねー美人じゃん、そそるねぇ」
「あんたみたいな女がエッチにおぼれるんだぜ」
「エロい体してんねー、ヒカリちゃん」
「……」
三人組は失礼極まりない言葉を吐く。マイナス六十点。
「見ろよ、これ。俺の宝物」
リーダー格の男に見せられたのは放送禁止用語満載の過激でエッチな写真だった。
マイナス六十点。
「きゃーちょっとやだ。何これ」
ドン引きする女子三人の声が響く。
「用はそれだけ? 帰っていい?」
他の三人と目くばせして、その場を去ろうとすると。
「ちょっと待て。お前、気に入った、俺の女になれよ」
と言ってグイッっと引っ張られ、後ろから抱き締められた。
なんとまあ。ひどいナンパもあったもんだ。マイナス五十点。
「ちょっとぉー止めなさいよ、どんびきー。あのねぇこの子はねー」
「……皆帰っていいよ」
「えーっでも、ヒカリちゃんも帰ろう。危ないよ」
「いいから。私、この人たちと話してから帰る」
「えっ……大丈夫かな。心配なんだけど」
「大丈夫、大丈夫。いいから」
身を案じてくれる彼女たちを、何とか納得させて先に帰した。
「まいったなー。こういう誘い方が好み?」
抱きしめてきた男は、未だその腕を離さずにいた。
抱きしめられたまま、身じろぎもせず言う。
「いい加減さぁ。手ェ放してくれると嬉しいんだけど」
男はギョッとして俺を見る。オクターブ下がった声に、明らかに戸惑っているようだった。
その隙に素早く手を振りほどいて振り返り、そのままの至近距離で言ってやる。
「合計マイナス二百点。お前らがっつきすぎ、俺、前世男だったから。
気持ちは分かるけどこんなんじゃダメだよ、女の子が逃げるに決まってる」
顏に不敵な笑みを刷いて側に立つ男に言った。
「遊郭の花魁だって三回通って馴染みの客にならなきゃ、抱かしてもらえなかったんだぜ?
ちゃんと手順を踏めよ」
あっけにとられ、暫く黙る三人組。
「はあっ? へ、あんた何、前世の記憶あんの?」
「ある。前は船乗りだった。港の一つ一つに現地妻がいてモテモテだった」
「へー。結構悪い奴じゃん」
「そ。悪い奴だったんだ。モテ方レクチャーしようか?」
俺はにやりと笑って言った。
「面白いね、乗った」と一人が言う。
「おい、マジか。お前酒回りすぎじゃねーの」
「この女の言ってることはうさんくせーけどよ。
その『レクチャー』ってのに興味沸いたぜ。一体何を教えてくれるんだろうなぁ」
「あー。確かに気になるな」
と三人で何やら話し込んでいたが、どうやら結論が出たらしい。
「いいぜ。やってやる」
「じゃ、明日。この時間に、ここで待ってな。カッコはそんな原色のドレスシャツじゃなくて、白のカッターと背広で。あっ、ネクタイ必須ね」
「ネクタイ? なんかたりィーなぁ」
「ネクタイ緩める仕草とか好きな娘いるよ。それからグラサンは要らないから」
「あんたら、名前は?」
「右から田辺、田森、田中だ」
「ふーん。俺、
「ヒカル? さっきの子たちヒカリちゃんって」
「あっそれ、女の子してる時の名だから」
相手は何が何だかわからない、といったような顔をしている。
「じゃ、また明日」
そう言うと、手を振って彼らと別れた。