2022年4月 咲いて散る桜が道を染めていた

文字数 2,209文字

東京地裁636号法廷で渾身の肩透かしを食らった私は、土俵から転がり落ちる力士のごとく霞ヶ関を後にした。帰宅して家人に事の顛末を報告すると、呵呵と笑って「労力に見合わないから取り下げることにしたんじゃないの」と言うくらいのもので、それより来週末辺りに見頃が来そうな桜の開花が気になる様子だった。裁判の話よりも今年はどこにお花見に行こうかと、計画をたてることに忙しいらしい。私はリバティ・ベルの音ですっかり毒気を抜かれたようで、家人が手放したものをこれ以上嗅ぎ回ることに、何の意味も見いだせなくなっていた。

法廷を片付けながら、訪れた私に事情を教えてくれた職員さんは今後の可能性として、告訴の取り下げ、または非公開審理になる場合もあるとしながらも「後日電話で問い合わせてくれたら、その後の予定をお知らせできますよ」と説明してくださった。だがこうなった以上もはや縁が切れたと考えるべきだ。そもそも一昨年の夏にケリがついたはずの話を蒸し返されたのも家人なら、それを一瞥しただけでバス会社に放り投げたのも家人である。自分はただの野次馬にすぎない。その馬がわざわざ裁判所に電話をかけて、その後どうなりましたかヒヒンと問い合わせするのも、職員さんたちの手を煩わせるだけだろう。
あとのことはバス会社に任せて、自分らは花を求めて遊山に出ることにしよう。そう思った約1週間後、平年より4日早いという桜の開花宣言が出された。

年々早まるような気がする桜の開花だったが、今年は4月の2日に東京タワーの下を掠めて麻布十番にあるベーカリーに立ち寄ったのち、有栖川公園まで散歩してお花見をすることにした。近所の人たちがシートを広げて宴席を楽しんでいる傍らで、ベンチに腰掛けてコーヒーとサンドイッチを堪能した。感染対策の一環として都立公園などの大きな所では、今年のお花見も飲食禁止の看板を立てて告知しているところが多かったが、小さな公園の広場で家族がお弁当を食べるくらいのことにまで禁忌は及んでいないようだ。

それから街路に植えられた花を伝うように散歩して、ふと坂を登った先にある大きな施設の敷地に咲いた桜を見つけた。小高い丘の上にあって、大きく清潔感のある建物の敷地には桜の大木が何本も並び、時折吹く風に花吹雪を散らしている。何の建物かわからないけれど、ここに用事のある人たちはいながらにしてお花見が楽しめることを羨ましく思うほどの花盛りだった。歩くうちに通りかかった施設の入り口を見れば、聞き覚えのある病院の名前が記されている。名前だけは知っていたけど、ここにあるのは知らなかったと言うと、どの駅からも遠いからバスがたくさん出てるよと家人が教えてくれた。なるほど、この頂へ続く坂道を上から眺めていると次々都営バスが登ってくる。ここに通院している患者さんは、桜の季節は僅かでもこの眺めに慰められるだろうなと思いながら、私と家人は日頃の運動不足を解消すべく、ゆっくり歩いて駅へと向かうことにした。それから2週間後、桜も散って葉桜になった頃のことだ。

実家から電話があり、伯母の訃報が伝えられた。
肺を病み陽子線治療という選択をして療養していたが、2月頃に聞いた近況では「自宅で冬季オリンピックの中継を見て楽しんでいる」とのことだったので、私は勝手に治療の効果が現れているのだろうと楽観していた。だが3月末には容態が急変して入院していたという。聞かされた入院先の病院は、家人と二人でお花見の散歩中に通りかかって花吹雪を堪能した、坂の上にある病院だった。私と家人が歩いているそのすぐ近くで、伯母が最期の時を過ごしていたことになる。
入院中に散歩することくらいはできたのだろうか。あるいは病室から、少しでもあの眺めを愉しめたのだろうか。結局のところ不義理を貫いてしまった私としては、もはや祈りを捧げることくらいしか、伯母のためにできることはなくなってしまった。

葬儀の日は前日までの荒天が嘘のように晴れて、いつでも人に気遣いする伯母が参列者のために采配を振るったかのような、うららかな春の日だった。久しぶりに顔を合わせた従兄弟たちは若い頃と何ら変わらず、斎場の駐車場で自家用車の自慢話に花を咲かせていた。私の兄を一番下に二歳ずつ歳の離れた従兄弟たち都合4人が顔を合わせると、昔はバイクの話、それから車の話になった。やれヤマハだカワサキだ、マツダだホンダだと内燃機の話で持ちきりになる世代である。時が過ぎ歳をとっても皆相変わらずのようで、一番年長の従兄弟が、納品されたばかりだという眩しいようなイエローボディーの車に乗って到着し、皆の目が集まっていた。

実家のすぐ近くに住む叔母(父の妹)は、後期高齢者ながら健康で活発、いまだに原付バイクが手放せずにいるという猛者で、我が一族の女傑として日頃からブイブイ言わしてるのだが、年齢も近い伯母の死にさすがに消沈して「次はアタシだねぇ」などと気弱な呟きを漏らしていた。そんなに慌てなくていいんじゃないのと私が言うと、ううん、次はアタシだよと弱音を重ねている。たった半年の闘病ののち桜と一緒に去ってしまった伯母を、そうして皆で見送った。
最後まで誰一人として口に出さなかった「ワクチン接種と伯母の発病」について、皆は帰りの車中で何かしら話でもしているのだろうか。私はひとりで悶々と考えながら駅に向かい、地下鉄に乗り帰路についたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み