第1話

文字数 1,060文字

 雪が積もると静寂になる。車を運転していても静かで、まるで防音カーペットの上を走っているような感じがする。
 ある冬の日、雪の積もった地元の温泉の駐車場に車を止めた時のことだ。背後から選挙の宣伝カーかと思うような大きな音が近づいてきた。スピーカーから流れる割れんばかりの大音量の内容は、ラジオのNHKニュースだった。その大音響の音源は私の車の横に止まった。それはお爺さんが運転する一台の軽トラックだった。窓を閉め切った軽トラックの運転席から、隣の窓を閉め切った車の中やその周囲まで響き渡るラジオの音量は半端ではない。そのお爺さんは運転席で悠々としていた。
 正確なデータはないが、私は(山形県)庄内地方には耳の聞こえ難い高齢者の割合が多いような気がする。東京から当院に診療に来る非常勤の医師たちも同じ感想を持っている。だから診察室での患者さんとの会話の声が自然に大きくなる。先日、非常勤の医師が、「庄内に診察に行くようになって、声が大きくなったぞ。」と同僚、先輩から指摘されたそうだ。
 歳を取るにつれて聞こえ難くなる老人性難聴は、感音性難聴と呼ばれる難聴の一種だ。この感音性難聴は、鼓膜より奥の内耳から脳へと音を伝える神経経路や中枢神経系の障害で起きる。加齢による動脈硬化、騒音に暴露されることによる聴神経細胞の損傷はその原因の一つだ。また最近、大音量(80デシベル以上)のイヤホンの使用により音を伝える役割をしている聴神経細胞(有毛細胞)の破壊が指摘されている。WHOはこれを「イヤホン難聴」として、既に世界人口の約5%に当たる4億6,600万人が聴覚障害をきたしていると警告している。一旦破壊された聴神経細胞は、現在の医療では元に戻せない。
 老人性難聴の症状で困ったことは、音が聞こえ難くなるばかりでなく、言葉が言葉として捉え難くなることだ。言葉が通じなくなる、これが認知症(呆け)の症状に似通うことがあるのだ。古い話だが、志村けんがコントで呆けた老人を演じる時に、難聴で「えっ?!、何だって?」と話が頓珍漢(とんちんかん)な場面を演じたのに重なる。
 老人性難聴は老眼になるのと同じように誰にでも起こりえる。聴力検査を受け、早めの補聴器の使用が推奨されている。若い人は、少なくとも自分のイヤホンから周囲に音が漏れる音量は大き過ぎ、耳も大切にしよう。
 さて写真は、2016年4月、羽越本線の北余目(きたあまるめ)の線路脇の満開の桜と特急「いなほ」である。

 列車が近づく音を頼りに一瞬のシャッターチャンスを狙った。
 耳も大事!
 んだんだ!
(2017年4月)
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