第1話

文字数 2,371文字

 彼女の存在が世に知られたのはいつからか。気が付けば名前や顔が、世間に広まっていく。大々的なプロモートが無くても、いずれは人々の目に触れていただろう。

 そういった存在というのは、いつの時代にも現れる。その世代のカリスマと呼ばれる人達。でも、その人がその時代、瞬間に現れなかったとしたら、どうだろう。時代のニーズとでも言うのだろうか、世代に求められたはずの人材が求められない所で現れたら。何の化学反応も起きず、世に出なかった存在も居たかも知れない。

 だが、彼女はその理論には当てはまらなかっただろう。それは何故か。理由は一つでは無いという事。多岐に渡る、彼女の存在能力がこの時代でなければ発揮されないとは、彼女の存在を知る者には思えないからだ。


 雨の日が嫌だと感じたのはいつからだろうか。

 今となっては、傘を差すのが面倒だったり、靴が濡れるのが不快と感じたり。でも、幼い頃は雨が降っていてもそこに楽しさを見出していただろう。水溜りに長靴で踏み込んで、水面に映る自分の姿や景色がぼやけていく。踏み込んだ時の水の音。雨の匂い。雨だけではなく様々なものが五感をくすぐる。

その感覚は年を取るにつれて、いや、若くしても理解して原理についての納得からか、その現象の新鮮さをキャッチする事。その行動を楽しめるか楽しめないか。私はその感覚を忘れていて、彼女はその感覚を忘れていないのだろう。

 初めて私が彼女を知ったのは自分が高校生になった時。同じ学校の先輩にすごい人が居ると入学後、クラスメイトから聞いたのがきっかけだった。自分が一年生の立場から三年生を見ると、いつも皆が大きく、大人に感じていた。でも、彼女は異質だった。決して悪い意味では無く、寧ろ羨望心を抱いていた。

 私にはやりたい事が見当たらない。将来の夢を聞かれるのがとても苦痛だった。ある友人の様に容姿が飛び切り優れていたら、原宿や渋谷でスカウトされたりして芸能界へ進むという夢の道が拓けるだろうし、ある友人の様にスポーツが出来てプロに声が掛かる位に運動神経が良ければ等といつも考えてしまう。自分には何もない。容姿も知能も平々凡々。そんな自分が嫌になっていた。しかし、その考えが間違っていた事を私は彼女から教わったのだ。

 彼女は学校でいつも笑ってはいなかった。時折見せる物憂げな表情が、静かに涙を流していたかの様に感じられた。私は華やかなメイクや格好で明るく、太陽の様な女子高校生達の中で、穏やかさの中にしっとりと華を感じる、等身大の自分で魅力を発揮する彼女がとても魅力的だった。彼女には何があるのだろう。とても不思議な人だと思った。


 これが良いんじゃないか。色がこうであったら面白い。自分の欲しいものが無ければ作ってみれば良い。その感覚が、何気なく。確かな第一歩だった。彼女の工作は自分の中だけではなく、外の世界に飛び出して行くきっかけになり、創作へと繋がった。そんな彼女の話を聞いたのは三年生が受験を迎える時期だった。

 彼女のやりたい事をやりたいと感じ行動に移すという力強さが、私の心のぐらつく芯にそっと力強く手を添え支えてくれた様な気がした。私もやりたい事をやらなければ。そう強く影響されたのだった。見方によればミーハーだと思われるかもしれない。でも、私がやりたいと思ったのだからそれで良いんだと考えられるマインドになった。そして、親にも友達にも言えなかった自分が好きな、やりたい事に取り組む決意をくれた。それだけで、ただそれだけで彼女の存在が私に影響を与えたのだ。彼女のインスタを見た後、私は机の奥に仕舞っていたノートを開き物語の続きを書き始めた。

 彼女が私に影響を与える為、何かを創っている訳ではないのだろう。でもそれが自分の為だったとしても、巡り巡って私という直接話した事も無い女子高校生に前に進む勇気をくれた。それは私の為に、と感じても間違いでは無いのではないか。あなたの創るもので喜ぶ人が居て、あなたが創ろうと動く事で涙を流す人が居る。そんな事を言ったら彼女は嫌がるだろうか、等と考える私も居た。

 好きな事を仕事にするというのはとても難しいと親から言われた事がある。確かに、自分が前から好きで書いていた小説もいざ仕事という考えで書いてみると中々難しい。というよりも、「楽しさ<良いものを作る事」が必要になるから。それを考えると踏み出せない自分が居た。でも、やらなければどうなるのか誰も解らないだろう。そう彼女に言われている様な気がした。

 私の様に感じた人が他にも多くいるのかも知れない。それなら私もそんな小説を書いてみたい。そう思って、書き出した小説が九割出来上がったのは三年生の卒業式がある前日だった。実際はもう一月前には書き終わる事が出来た筈なのだが、最後の台詞がどうしても書けなかった。それを、書いてしまえば彼女とお別れになってしまう気がして。

 卒業式の日、勇気を出して彼女に話しかける事にした。あなたのお陰で、今の私がある事の感謝を述べたいと強く感じていた事と、うじうじせずに行動する彼女のスタンスを踏襲してみたかったから。式が終わり卒業生が記念撮影をしている中、同級生に囲まれている彼女に勇気を出して、自分の気持ちを伝えた。彼女は最初戸惑いながらも話を聞いてくれた。私の独白が終わると、「よく解んないけど、頑張って。」そう彼女は言い、同級生達の輪に戻って行く。逆にスッキリした気持ちで私は家に帰った。自分の部屋に着くなり、机の上に置いてある書きかけのノートを取り出した。

「彼女は作業の手を止め、部屋の窓から雨空を見渡しながら物憂げな表情をしていた。」
と最後の一言を書き入れ、次の新しい話を書く準備を始めた。
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