西門の権蔵

文字数 2,494文字

 大番屋での真輔たちの調べは翌日も続いた。喜作殺しの疑いが残る吉次や吉左衛門は当然としても、殺しでも、押し込みでもない捕り物を、時間をかけて取り調べることは珍しい。それには、筆頭与力の池田の思惑があるようだった。取り調べに当たる真輔をはじめ、大崎と萩原に対して、支配与力の土井の指示は一つであった。

 「少しでも、裏にいる者の姿をあぶりだし、河内屋を狙った真のねらいをはっきりさせるのだ。博打うちの元締めなぞ影にすぎぬ。その後ろにいる者が甲だ」

 鶴屋のおかみと春庵は二人並べて調べを受けさせたのは、土井であった。土井は、調べを担当した真輔の後ろで、二人の様子を睨むように見ていた。真輔の問いに、二人は互いをののしりあい、相手の悪事を暴露しあったが、西門の権蔵が行き止まりであることには変わりがなかった。

 「権蔵の使いはいつも同じ男だったのか?」
 「ちょいといい男でしたよ。お鶴さんは、言いなりでしたよね」
 「おまえさんこそ。博打の借金があったのを私が知らないとでも思ってるのかい」
 「借金なら、お鶴さんだって」
 「ご改革とやらのせいで、お座敷が減っちまったんだ、仕方ないじゃないか。あんたの博打と一緒にしないでおくれ」
 「お鶴、借金しなきゃいいけないときに、なんだって、博打の元締めに借りることになったんだ?」
 「この人の紹介ですよ」
 
 お鶴の一言で、一瞬、春庵の顔色が変わった。それを見て、土井がお鶴を牢に入れさせた。春庵を一人にして、土井は真輔に春庵を問い詰めさせた。

 「おまえは、西門の権蔵と知り合いなのか?」
 「と、とんでもない。賭場で佐之助と知り合っただけですよ。権蔵の手下です」
 「権蔵の使いか?」
 「は、はい」
 「権蔵という者は、本当はいないんじゃないのか?」
 「ひぃ…」

 ふいを突かれて春庵が後ろに転び、土井も思わず立ち上がった。

 「し、知りません。本当です。」
 「おまえもそうじゃないかと疑っていたのだろう」
 「私なんかにわかるわけがないでしょう」
 「では、お梅の件では、佐之助がどうからむのか、話してもらおうか」


 真輔が思い切った問いは発した頃、大崎は吉次に心底うんざりとしていた。江戸っ子の遊び人風の小洒落たなりは、一晩牢に留められただけで見る影もなく、貧相な肩から続く細長い首をうなだれてめそめそしている。
 昨日のうちに、大崎の配下の岡っ引きが、吉次が喜作を賭場に置いて帰ったところを見ていた者を探し出していた。喜作殺しの罪には問えそうもないし、

 「誰かが死ぬなんて、そんなつもりじゃなかった。おとっつあんのために、河内屋に恩を売ろうとしたでけなんだ」

と繰り返すいいわけも、口先だけで生きて来たこの男なら半分は本当のことだろう。本人はさほどの毒を持たないが、知らずに強い毒を持たされて周りに振りまいてしまったのだ。

 「(強い毒は、必ず自分のことも(さいな)むんだよ)」

 急に、大崎はこの男が憐れに思えてきた。吉次が父親の吉左衛門と、鶴屋と、西門の権蔵らの間をうろうろとしたあげく、三人の人間が死ぬことになったことが、吉次には理解できていない。わかっているのは、自分の望み、遊ぶ金に困らない未来が消えうせたことだけなのだろう。


 吉左衛門も息子と似たようなありさまで、萩原の前で泣き言繰り返し、高価な着物もみじめな様を覆い隠すことはできていなかった。分河内屋は、長年の間に本店の河内屋から借り受けた金が膨れ上がり、更に昨年は蔵の在庫を駄目にして、ついに河内屋与左衛門に引導を渡されていた。土地と店が河内屋の名義に変えられた。

 「与左衛門を恨んで仕返しをしようとしたのか?」
 「そんなことは考えてません。店の主人には変わりはなかったんですから、ありがたいと思ってました。ただ、金が必要だったんです。」
 「女か?」
 「はい。騙されまして。亭主持ちだったなんて…」
 「美人局(つつもたせ)に引っかかったか。河内屋には頼めない金だな。それで、どうしたんだ?」
 「吉次が、金主を紹介してくれました」
 「誰だ?」
 「西門の権蔵とかいう博打の元締めだとか」
 「堅気の商人が、ずいぶん危ないところから借りたもんだな」
 「店も品物も私のものじゃないんだ。他に借りようがありませんよ」
 「権蔵には会ったのか?」
 「いえ、佐之助という人しか知りません。金の取り立ても佐之助でした」
 「与左衛門に妾をあてがおうってのは、おまえの考えなのかい?」
 「吉次が言い出しまして。私は、跡継ぎの孫ができたら芳香さんが喜ぶだろうと、思ったんです」
 「感謝しておまえの借金を肩代わりしてくれるだろうと、思ったのか」
 「それは…。はい…」
 

 昼前にはそれぞれの調べが一段落した。土井を囲んで真輔、大崎、萩原の三人は、調べでわかったことを話し合った。

 「笠原、何故、西門の権蔵はいないと思うのだ?」

 土井の問いに、真輔は顔を赤らめた。

 「勝手なことを言い出して申し訳ありません。いない理由というか、いなければならない理由がないと思ったのです」
 「禅問答みたいだな」

 大崎が面白そうに言う。

 「吉左衛門、吉次、お鶴、春庵、この四人は西門の権蔵の手下だという佐之助としか会っていません。佐之助から金を借り、佐之助の取り立てにおびえ、何か不都合があれば佐之助を頼る。佐之助ですべてが事足りています。賭場の管理も佐之助がやっていましたから、集めた金を都合するのも簡単です。お梅のことも、それぞれの話を聞いていたからたてられた企みです」

 真輔の話に萩原も頷いた。

 「言われてみればそうだな。あたかも西門の権蔵という親玉がいるように見せかけて、全てを掌握(しょうあく)していたということか。そう考えると、逃げ足の速さも納得がいく」

 土井が

 「笠原の言うことはわかったが、まだ決めつけるわけにはいかない。だが、佐之助が重要な役割を果たしたのは確かだし、寛一殺しの下手人の可能性は高い。四人から聞き取って、人相書きを作らせよう。昼飯を食ったら、奉行所で池田さんに報告だ。頼むぞ」

 と話を締めくくった。
 
 奉行所では、筆頭与力の池田と、河内屋のおかみが待っていた。
 
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登場人物紹介

笠原真輔(旧姓:立花)…旗本の次男坊だが、縁あって八丁堀同心の家に婿に入り、亡くなった義父の後を継いで町廻り同心をしている。婿入りまで算学を学んでいた。妻の百合と心が通じ合えるようになってきている。

笠原百合…八丁堀同心の一人娘。父を亡くし、失意の中で真輔を婿に迎える。わけあって、真輔を受け入れられずにいたが、少しづつ心を通わせるようになっている。

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