傍で泣いてほしい

文字数 860文字

おおよそ思い描いた通りの人生だ。太く短く。昔の武将のように40歳で死ぬ。おおよそ上手くいきそうだ。大嘘だ。細く短い。何もしなかった。何も成さなかった。何も造らなかった。何も残さなかった。オレが生きていたことを知っている奴はほとんどいないだろう。オレのことを思い出す奴はほとんどいないだろう。

こんな風に悲壮感たっぷりに書いてはいるけど、でも本当は悲しんでなんかいないんだ。後悔もしていない。なぜだと思う?簡単なことだ。今までずっと準備してきたからだ。悲しまないように準備してきた。後悔しないように準備してきた。これでいいんだと自分に言い聞かせ続けてきた。哲学の本を読み漁って、自分に都合のよい思想を拾ってきた。そいつらを心に纒った。自分に不都合な現実は視界から排除した。

そんなに都合よくいくもんかって思う?上手くなったんだ。野球やサッカーが上手くなるのと同じだ。上手くなったんだ。心の扱い方。オレの人生で一つだけ上手くいったことだ。おかげで今も落ち着いている。オレの心を乱すものは多いけど、そいつらに乱されずにこの時を迎えられている。涙は止められないけど。どうしても止められないけど。本当に大丈夫なんだ。上手くなったんだ。心の扱い方。

でも一つだけ。湧き上がって止められないものがある。一つだけ止められない後悔がある。あいつの泣き顔が見れなかったことだ。あいつが傍で泣いていないことだ。もう20年も前のことだ。馬鹿なことをした。今も馬鹿だけど、あの頃のオレはもっととてつもない馬鹿だ。おかげでこの様だ。悟ったような振りをして、何とも思っていない振りをして。一人ぼっちで泣いてる。

あいつの泣き顔が見たい。あの時に見たはずなのに。思い出そうとしても、もう思い出せない。それも止めたはずだった。止められたはずだった。20年前のあの時だってそうだ。強くなるって決めたはずだ。でも駄目なんだ。これだけは上手くならなかった。

泣き顔が見たい。
あいつの泣き顔が見たい。
傍で泣いてほしい。
オレの傍で泣いてほしい。

馬鹿なことをした
本当にさ

終わり


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