来る日も来る日も、プラカードを抱えて座り込む
文字数 3,951文字
第一話 女神との出逢い
羽田正孝は地上への階段を一段飛ばしで駆け上がった。高度成長期の真っただ中、地下鉄前の道路は行き交う自動車の排気ガスで異様な臭いがする。東京のスモッグは深刻だ。大小様々な工場から煙が立ち昇る。その成分などには誰も関心が無い。いち早く最新の家電製品を購入することのみに人々の眼は向く。
あと二十分で一時限目の講義が始まる。この先生は律義に授業初めに点呼をとる。返事をして逃げ出してもそれはそれで関心がないようだ。「ハイ逃げ」は学生たちの権利と認めてくれている。(『ハイ逃げ』とは出席確認の点呼にハイ!と返事をして、教師が黒板に向かうタイミングを見計らい背後の出入り口からとんずらする行為)
先生によっては授業の半ば、意地の悪いヤツはタイミングを決めていない。いつ点呼をとるか分からないようにしている。
まだ朝飯を食べていない正孝は腹が減っている。今日も「ハイ逃げ」のあとでゆっくりと学食でB定食を食べるつもりでいる。
けれど、とにもかくにも点呼までには教室に行かなくてはならない。もう二学期も終わりに近づく。たぶん年明けのテスト期間は全学連がストを始める。ここ毎年のパターン。全学連は数年前の反戦デモの最中に、機動隊の狼藉で下半身不随の大怪我を負った学生への責任を追及し、大学側の姿勢を正すとしている。なにはともあれ、テスト期間中のストは助かる。
ただ、三学期の授業は潰れてしまうので出席日数を稼げない。年内に授業に出ておかないと進級が出来ない処にまで正孝は追い込まれている。部活動で今までに結構休んでいる。今日は授業に出て置かないとヤバい。
地下鉄の駅から構内までは二百メートルほど。こうなればダッシュに限る。蹴球部の正孝には得意の分野。校門をくぐるとタテカン(立て看板)の林となる。タテカンとは学生運動のスローガンを掲げたもの。いまなら、安保反対! ベトナム戦争反対! が本筋。ベニヤ板一枚を授業用の椅子や机に立て掛けてある。(この机や椅子たちはいざという時{機動隊乱入}のバリケード替わりにもなる)
正門から学舎に入るまでのスロープ沿いに十枚以上ある。いちいち避けながら走らなくてはならない。
と、登り切った処に女子がスロープ沿いの石垣に座り込んでいる。ジーンズ生地で仕立てた流行のパッチワーク柄のカバンを肩から下げて、膝の上には50㎝四方の段ボールを抱えている。下地を白く塗り黒と赤のマジックで目立つように記されている。
ベトナムに平和を!
ベトナムの将来は人民に任せて!
正孝は同じ光景を今まで数回見たような気がする。毎日学内には来ない。でもたぶん秋口から見かけるようになった。彼女は長い黒髪に流行のソバージュをかけ、パンタロンジーンズをはき紺のピーコート。オレンジの毛糸のマフラーを巻いている。
数人が通りがかるが誰も彼女に関心を示さない。第一、数倍あるタテカンに、ベトナム戦争反対! と描かれている。教室に急ぐ正孝も彼女の横を通り過ぎる。瞬間、ちっちゃな光の塊が空から降って来て胸の辺りに当り、そして消えた。
正孝は一瞬、スタジャンの胸まわりを払った。でも何も落ちて来ない。一体なに? 首を傾げながらもまた教室に向かって走り出した。
無事、ハイ逃げに成功した正孝は学食に立ち寄る。B定食とはかつ丼に味噌汁。A定食はラーメンなど麺類にご飯。学生相手に手の込んだメニューは必要ない。腹持ちがすべて。
片隅には蹴球部の同期が五、六人居た。たぶん、なんらかの授業をハイ逃げして来たんだろう。どの顔もまだ寝おびている。腹に何かを入れて目覚めるに違いない。
「羽田ちん、また朝からB定かよ? よく食えんな」
「羽田の頭はご飯粒で出来てんの。そんなこと昔から分かってんだろう。お勉強はまるでダメですよ、はい」
みんな蹴球部お揃いのスタジャンを着て短髪アイビールック。胸に〇大蹴球部のロゴが入っている。
「今日は何時から試合だっけ?」
正孝はからかいの言葉には乗らない。とにかく腹が減っている。ご飯粒を掻き込む。
今は大学秋季リーグの真っただ中。今年のチームの出来は中の上。四勝四敗で五分。リーグ上位チームと当たっての戦績。先は見込める。
日本のサッカーは64年の東京オリンピックでベストエイトに入り、今年のメキシコオリンピックではなんと三位銅メダルに輝いた。人気急上昇のスポーツ。学内でもラ式蹴球部(ラグビー)と並んで人気は高い。
この二つの部員たちはスタジャンに細身のズボン、短髪(スタイリング剤で七三分けに固める)ローファーの皮靴を履く。いわゆるアイビールック。ガタイのよい彼らは構内をグループで歩けばとにかく目立つ。
時流のスタイルは長髪にジーンズ。とりわけ裾が拡がるパンタロンは最先端。それに男でもヒールのある靴をはく。そんな中でアイビーで決める彼らは異様だが恰好が良い。硬派好きの女性に特段にモテた。
「三時から法政だよ」
「じゃ、四谷のグラウンドか」
「驚くなよ。今日の試合はクラマーコーチが視察に来るらしい」
みんな驚いた。クラマーコーチとはサッカーの本場ドイツから日本が強化のために招聘した名指揮官、デッドマール・クラマー氏のこと。メキシコで三位に躍進させたことで手腕は証明済だ。のちに「日本サッカーの父」と呼ばれる。
「なんだ、なんだ。てことは、オレたちから日本代表が出るってことかよ」
三平が調子コイタ。大山徳三という立派な名はあるが、みな当時人気の落語家になぞらえた。話し方が噺家っぽい。
「ばか、相手の法政の方だよ。佐々木義康。有名なリベロ(マーク選手を待たず自由に動く指揮官)だよ。釜本に次ぐ逸材だって(釜本邦茂=メキシコオリンピックの得点王)」
これはチョロ松。本名、山田治夫。顔付きがどことなくがマンガ「おそ松くん」に似ている。(赤塚不二夫の60年代を代表するコミックマンガ。六つ子たちのお話し)
「だよな。オレたちは百姓一揆と変わんないもんな。オメエラ、このどん百姓がよぉ!」
三平が〇大蹴球部米谷監督の口真似をする。
「そうだ。監督が絶対に単位落とすなってさ。みんなに伝えろって言われてた」
おい! ほい!
みんなが頷く。去年の蹴球部の卒業生三名が卒業に必要な単位不足で留年した。体育部では留年生は試合には出られない。部には必要がないことも去ることながら、就職が内定していた企業に迷惑をかけたことが問題となった。
大手企業は上下関係に異を称えない体育部出身の学生を悦んで採用する。どの部も先輩の伝手を辿って就職試験は不要、成績も問われず面接のみで採用された。体育学部の学生は大切な青春時代を土と汗まみれになって過ごすが、卒業後は保証されているのだ。
蹴球部も卒業生はほとんどが名の在る大手商社、銀行、製鉄、自動車など安定した企業に採用される。遥か先輩たちには執行役員に名を連ねる人たちも相次ぐ。四年を無駄にしても輝く半生を勝ち取れる。
「それからもうひとつ。お前たち三年生から、全体連の代表者を決めて置けってさ」
全体連とは学内の体育系学部の連合会。体育祭とか学園祭での取り決めをする。さらに学内紛争の鎮圧に乗り出す。これは暗に大学側(〇大学理事会)から求められている。
いまや社会全体が第二次安保闘争、ベトナム戦争反対に熱くなっている。学内でも全学連の左派連合である革共連と、分派した青社連が中心を担っている。連日学内の何処かで学生集会を開き、拡声器で反安保(日米安全保障条約)、ベトナム戦争反対を訴える。ただ日を重ねるうちに、純粋な学生らしい清々しい訴えは蔭を潜め、形骸化しワルずれし、学生たちも集会には参加しなくなる。
訴えることもいつしか安保、ベトナム戦争を容認する大学側の姿勢を正すもの、或いは一昨年の六月闘争(大規模学生デモに学側が機動隊を要請し鎮圧した)の際に大怪我を負った学生たちへの責任を問うものに変化してゆく。
こうなると、もはや彼らは学内にアジトを設けヘルメットに手拭いで顔の下半分を隠し、角材を持つ暴力的左派集団。果たして本学の学生かも分からない。一部社会・共産主義を標榜する政党より支援金が出ているとの噂もある。
アジトのある建物はベニヤ板、机、椅子などで入口を封鎖し、タテカンを学内のあちこちに設け、学校行事や試験をボイコットする。また彼らが仕切る学園祭は入場料を設け資金源にもされている。
けれど黙っているような全体連ではない。本学からの要請もある。ことあるごとに屈強の肉体を持つ部員が排除に乗り出す。角材を揮う革共の戦士には武具をつけた剣道部、ブルース・リー(ハリウッドの空手アクション俳優)張りのヌンチャク・六尺棒を持つ空手部が対抗し、ひるんだ処を柔道部・相撲部の猛者連中が取り押さえる。
学生集会が開かれると蹴球部ほかの球技部が邪魔しに向かう。時には殴り合いに発展する。体育部の学生にしてみれば青白い顔をしたあんちゃんたちには絶対負けない自負がある。
「じゃ、羽田ちんで決まりな!」
チョロ松が声をあげた。
「異存なしであります」
全員が賛成した。
「だってお前、いちばん優しいし、人当りいいし、なぁ?」
なんで人当たりが関係するのか? よく分からない。ただ万事に思慮深く短絡的な考えをしない性格が望ましいのだろう。どの部もそういう人物を代表者に出すらしい。勝手に暴走されては迷惑だからだ。
学食を切り上げて試合の準備に部室に向かう途中、正孝は例のスロープの女子のことが気になって、再三振り返る。しかしもう彼女は見当たらなかった。同じ文学部の学生かも分からない。
「アレ、羽田ちん、盛りでもつきましたか?」
みんなからひとしきり笑われた。
羽田正孝は地上への階段を一段飛ばしで駆け上がった。高度成長期の真っただ中、地下鉄前の道路は行き交う自動車の排気ガスで異様な臭いがする。東京のスモッグは深刻だ。大小様々な工場から煙が立ち昇る。その成分などには誰も関心が無い。いち早く最新の家電製品を購入することのみに人々の眼は向く。
あと二十分で一時限目の講義が始まる。この先生は律義に授業初めに点呼をとる。返事をして逃げ出してもそれはそれで関心がないようだ。「ハイ逃げ」は学生たちの権利と認めてくれている。(『ハイ逃げ』とは出席確認の点呼にハイ!と返事をして、教師が黒板に向かうタイミングを見計らい背後の出入り口からとんずらする行為)
先生によっては授業の半ば、意地の悪いヤツはタイミングを決めていない。いつ点呼をとるか分からないようにしている。
まだ朝飯を食べていない正孝は腹が減っている。今日も「ハイ逃げ」のあとでゆっくりと学食でB定食を食べるつもりでいる。
けれど、とにもかくにも点呼までには教室に行かなくてはならない。もう二学期も終わりに近づく。たぶん年明けのテスト期間は全学連がストを始める。ここ毎年のパターン。全学連は数年前の反戦デモの最中に、機動隊の狼藉で下半身不随の大怪我を負った学生への責任を追及し、大学側の姿勢を正すとしている。なにはともあれ、テスト期間中のストは助かる。
ただ、三学期の授業は潰れてしまうので出席日数を稼げない。年内に授業に出ておかないと進級が出来ない処にまで正孝は追い込まれている。部活動で今までに結構休んでいる。今日は授業に出て置かないとヤバい。
地下鉄の駅から構内までは二百メートルほど。こうなればダッシュに限る。蹴球部の正孝には得意の分野。校門をくぐるとタテカン(立て看板)の林となる。タテカンとは学生運動のスローガンを掲げたもの。いまなら、安保反対! ベトナム戦争反対! が本筋。ベニヤ板一枚を授業用の椅子や机に立て掛けてある。(この机や椅子たちはいざという時{機動隊乱入}のバリケード替わりにもなる)
正門から学舎に入るまでのスロープ沿いに十枚以上ある。いちいち避けながら走らなくてはならない。
と、登り切った処に女子がスロープ沿いの石垣に座り込んでいる。ジーンズ生地で仕立てた流行のパッチワーク柄のカバンを肩から下げて、膝の上には50㎝四方の段ボールを抱えている。下地を白く塗り黒と赤のマジックで目立つように記されている。
ベトナムに平和を!
ベトナムの将来は人民に任せて!
正孝は同じ光景を今まで数回見たような気がする。毎日学内には来ない。でもたぶん秋口から見かけるようになった。彼女は長い黒髪に流行のソバージュをかけ、パンタロンジーンズをはき紺のピーコート。オレンジの毛糸のマフラーを巻いている。
数人が通りがかるが誰も彼女に関心を示さない。第一、数倍あるタテカンに、ベトナム戦争反対! と描かれている。教室に急ぐ正孝も彼女の横を通り過ぎる。瞬間、ちっちゃな光の塊が空から降って来て胸の辺りに当り、そして消えた。
正孝は一瞬、スタジャンの胸まわりを払った。でも何も落ちて来ない。一体なに? 首を傾げながらもまた教室に向かって走り出した。
無事、ハイ逃げに成功した正孝は学食に立ち寄る。B定食とはかつ丼に味噌汁。A定食はラーメンなど麺類にご飯。学生相手に手の込んだメニューは必要ない。腹持ちがすべて。
片隅には蹴球部の同期が五、六人居た。たぶん、なんらかの授業をハイ逃げして来たんだろう。どの顔もまだ寝おびている。腹に何かを入れて目覚めるに違いない。
「羽田ちん、また朝からB定かよ? よく食えんな」
「羽田の頭はご飯粒で出来てんの。そんなこと昔から分かってんだろう。お勉強はまるでダメですよ、はい」
みんな蹴球部お揃いのスタジャンを着て短髪アイビールック。胸に〇大蹴球部のロゴが入っている。
「今日は何時から試合だっけ?」
正孝はからかいの言葉には乗らない。とにかく腹が減っている。ご飯粒を掻き込む。
今は大学秋季リーグの真っただ中。今年のチームの出来は中の上。四勝四敗で五分。リーグ上位チームと当たっての戦績。先は見込める。
日本のサッカーは64年の東京オリンピックでベストエイトに入り、今年のメキシコオリンピックではなんと三位銅メダルに輝いた。人気急上昇のスポーツ。学内でもラ式蹴球部(ラグビー)と並んで人気は高い。
この二つの部員たちはスタジャンに細身のズボン、短髪(スタイリング剤で七三分けに固める)ローファーの皮靴を履く。いわゆるアイビールック。ガタイのよい彼らは構内をグループで歩けばとにかく目立つ。
時流のスタイルは長髪にジーンズ。とりわけ裾が拡がるパンタロンは最先端。それに男でもヒールのある靴をはく。そんな中でアイビーで決める彼らは異様だが恰好が良い。硬派好きの女性に特段にモテた。
「三時から法政だよ」
「じゃ、四谷のグラウンドか」
「驚くなよ。今日の試合はクラマーコーチが視察に来るらしい」
みんな驚いた。クラマーコーチとはサッカーの本場ドイツから日本が強化のために招聘した名指揮官、デッドマール・クラマー氏のこと。メキシコで三位に躍進させたことで手腕は証明済だ。のちに「日本サッカーの父」と呼ばれる。
「なんだ、なんだ。てことは、オレたちから日本代表が出るってことかよ」
三平が調子コイタ。大山徳三という立派な名はあるが、みな当時人気の落語家になぞらえた。話し方が噺家っぽい。
「ばか、相手の法政の方だよ。佐々木義康。有名なリベロ(マーク選手を待たず自由に動く指揮官)だよ。釜本に次ぐ逸材だって(釜本邦茂=メキシコオリンピックの得点王)」
これはチョロ松。本名、山田治夫。顔付きがどことなくがマンガ「おそ松くん」に似ている。(赤塚不二夫の60年代を代表するコミックマンガ。六つ子たちのお話し)
「だよな。オレたちは百姓一揆と変わんないもんな。オメエラ、このどん百姓がよぉ!」
三平が〇大蹴球部米谷監督の口真似をする。
「そうだ。監督が絶対に単位落とすなってさ。みんなに伝えろって言われてた」
おい! ほい!
みんなが頷く。去年の蹴球部の卒業生三名が卒業に必要な単位不足で留年した。体育部では留年生は試合には出られない。部には必要がないことも去ることながら、就職が内定していた企業に迷惑をかけたことが問題となった。
大手企業は上下関係に異を称えない体育部出身の学生を悦んで採用する。どの部も先輩の伝手を辿って就職試験は不要、成績も問われず面接のみで採用された。体育学部の学生は大切な青春時代を土と汗まみれになって過ごすが、卒業後は保証されているのだ。
蹴球部も卒業生はほとんどが名の在る大手商社、銀行、製鉄、自動車など安定した企業に採用される。遥か先輩たちには執行役員に名を連ねる人たちも相次ぐ。四年を無駄にしても輝く半生を勝ち取れる。
「それからもうひとつ。お前たち三年生から、全体連の代表者を決めて置けってさ」
全体連とは学内の体育系学部の連合会。体育祭とか学園祭での取り決めをする。さらに学内紛争の鎮圧に乗り出す。これは暗に大学側(〇大学理事会)から求められている。
いまや社会全体が第二次安保闘争、ベトナム戦争反対に熱くなっている。学内でも全学連の左派連合である革共連と、分派した青社連が中心を担っている。連日学内の何処かで学生集会を開き、拡声器で反安保(日米安全保障条約)、ベトナム戦争反対を訴える。ただ日を重ねるうちに、純粋な学生らしい清々しい訴えは蔭を潜め、形骸化しワルずれし、学生たちも集会には参加しなくなる。
訴えることもいつしか安保、ベトナム戦争を容認する大学側の姿勢を正すもの、或いは一昨年の六月闘争(大規模学生デモに学側が機動隊を要請し鎮圧した)の際に大怪我を負った学生たちへの責任を問うものに変化してゆく。
こうなると、もはや彼らは学内にアジトを設けヘルメットに手拭いで顔の下半分を隠し、角材を持つ暴力的左派集団。果たして本学の学生かも分からない。一部社会・共産主義を標榜する政党より支援金が出ているとの噂もある。
アジトのある建物はベニヤ板、机、椅子などで入口を封鎖し、タテカンを学内のあちこちに設け、学校行事や試験をボイコットする。また彼らが仕切る学園祭は入場料を設け資金源にもされている。
けれど黙っているような全体連ではない。本学からの要請もある。ことあるごとに屈強の肉体を持つ部員が排除に乗り出す。角材を揮う革共の戦士には武具をつけた剣道部、ブルース・リー(ハリウッドの空手アクション俳優)張りのヌンチャク・六尺棒を持つ空手部が対抗し、ひるんだ処を柔道部・相撲部の猛者連中が取り押さえる。
学生集会が開かれると蹴球部ほかの球技部が邪魔しに向かう。時には殴り合いに発展する。体育部の学生にしてみれば青白い顔をしたあんちゃんたちには絶対負けない自負がある。
「じゃ、羽田ちんで決まりな!」
チョロ松が声をあげた。
「異存なしであります」
全員が賛成した。
「だってお前、いちばん優しいし、人当りいいし、なぁ?」
なんで人当たりが関係するのか? よく分からない。ただ万事に思慮深く短絡的な考えをしない性格が望ましいのだろう。どの部もそういう人物を代表者に出すらしい。勝手に暴走されては迷惑だからだ。
学食を切り上げて試合の準備に部室に向かう途中、正孝は例のスロープの女子のことが気になって、再三振り返る。しかしもう彼女は見当たらなかった。同じ文学部の学生かも分からない。
「アレ、羽田ちん、盛りでもつきましたか?」
みんなからひとしきり笑われた。