第4話 二時間目(音楽)

文字数 1,703文字

 一時間目の授業が終わると、私はずっと考えていた。先ほどの出来事について。

 ――ライブ配信はヨイネシステムを採用している。
 ――先生は、ヨイネが付いたかどうかを気にしているらしい。

 わかったことはこの二点。
 ということはだ。
 もしかして、このライブ配信はクラスを救うためではなく、学園による教師管理に使われているのではないだろうか?
 良い授業を行えばご褒美がもらえる、という具合に。

 それならば、学園がお金を出すというのにも納得できる。
 ヨイネがもらえる授業が増えれば良い宣伝にもなるし、学園を受験する生徒も増えるだろう。学園にとって悪いことは何もない。

 この疑念は、次の授業で確信に変わることとなった。


 二時間目の授業は音楽だった。
 私たちは音楽室に移動して授業を受ける。

 音楽の先生はとても歌が上手い。最新のヒット曲をピアノの弾き語りで生徒たちに聞かせてくれる。
 そのパフォーマンスについて、今までずっと「生徒を授業に注目させるためにやっている」と思っていた。まあ、私はそれが終わったら寝ちゃってたけど。
 が、いざライブ配信する側に立ってみると話が変わってくる。

(それって大丈夫?)
 この授業は世界中に配信されているのだ。

 著作権とかってどうなっているのだろう?
 なんでも最近は、音楽教室で使われる曲に対しても著作権料を支払わなくてはならないという噂を聞いている。
 私が通っていた音楽教室でも、「もっと色々な曲をみんなに教えてあげたいんだけど」と先生がぼやいていたことを思い出した。
 となれば当然、私立学校の音楽の授業も監視されているはずだ。

(今日も歌うのね……)
 先生がピアノの前に座り譜面台に楽譜を置くと、私はいつもとは違う意味でドキドキしてきた。

 それはドラマのエンディング曲だった。
 若者の悲しい恋を描いたドラマ。
 人気も高く、家ではママが毎週のように涙を流している。
 そのエンディングを飾る曲。悲恋をしっとりと歌うバラード。

(さすがは音楽の先生。これは上手い)
 ロングトーンをしっかりと響かせビブラートで泣きを入れる先生。ついドラマの内容を思い出してしまう。
 それほどに、今日の演奏は最高の出来だった。

 著作権のことなんて忘れて私が聞き惚れていると、ピコーンという音が立て続けに脳に響く。
 右目の表示を見ると、ヨイネが五つも追加されていた。きっとこのヨイネに伴う報酬は、音楽の先生に支払われるのだろう。

(でも先生。著作権はまだクリアされてませんよ……)
 もしジャス◯ックから「ヨクナイネ」が付けられてしまったら?
 この報酬はあっという間に吹き飛んでしまうに違いない。

 その時だった。
 ピコピコという今までとは違う音が、メガネのテンプルを通した骨伝導で私の脳を揺らしたのだ。
 表示を見て私は驚いた。

 ――ヨイネ(ヤハマレコード)

 それは企業名が記されたヨイネだった。
(キターっ! 公式ヨイネ!!)


『公式ヨイネ』
 正式には「スポンサー付きヨイネ」と呼ばれているヨイネだ。

 普通のヨイネは無記名だが、スポンサー付きヨイネにはスポンサー名が表示されており、報酬も表示されたスポンサーから支払われる。
 著作権を有している企業が、著作物を良い意味で広めてくれたお礼に付けることが多い。
 その場合、本家に認められたことを意味するので、一般に「公式ヨイネ」と呼ばれている。
 公式ヨイネが付けられた動画は、実質的に著作権所有会社の公認ということになり、ジャス◯ックの出番は無くなるのだ。


(先生、やりましたよ!)
 歌が終盤に近づくと、なんだか涙が出てきた。
 生徒の興味を引くためと思っていた先生の演奏は、実は世界に向けた挑戦、いや教師生命を賭けた渾身の勝負だったのだ。

 演奏を終えた先生はピアノからその繊細な指先を離す。
 そして振り返り、やりきった顔で私の方を見た。

 私はメガネとの隙間にハンカチを入れて涙を拭きながら、キリッと親指を立てる。
 グッジョブと。
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登場人物紹介

美作美鈴(みまさか みすず)主人公

私立緑葉学園高等部一年七組

授業中はいつも寝ている問題児

ある日突然、学級委員長代理を依頼される

葉山若葉(はやま わかば)

一年七組の学級委員長

クラスメートから怒りっぽいと恐れられている

末野未希(すえの みき)

美鈴のクラスメート

美鈴の前の席に座っている

ちゃっかり者

諸沢和諸(もろさわ かずお)

美鈴のクラスメート

美鈴の幼馴染

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