第1話 呪いの遺伝子

文字数 1,514文字

 自分の恐ろしい能力は、今にして思えば保育園の時に初めて使われた。私は若いほっそりとした色白の保育士の女性が大好きで、いつも後にくっついていた。ある日私は見てはいけないものを見てしまう。大好きな保育士の彼女が、保育園の備品倉庫で男性の保育士に、壁どんされキスする現場を目撃してしまったのだ。彼女の顔は上気し、うっとりとした表情になっている。男性保育士は、彼女の体をまさぐり、スカートの中の細いけれど柔らかそうな白い太ももに、手を触れている。その様子を至近距離で観ていた私は、興奮すると共に言いようのない嫌悪を感じ、彼女の体を意のままにしている男に対して、

「死ね!」

と念じた。私の存在に気が付いた2人は、ぱっと離れ、男性保育士は何事もなかったように出て行った。残った女性の保育士は、私の両肩を強い力でつかみ、いままで見せたことのない怖い顔で言った。

「このことは、誰にも言っちゃだめよ」

 翌日、その保育士の男性が就寝中に心不全で急死したことが告げられた。私の大好きだった女性保育士は、その日以降、保育園に来ることはなかった。

 これが始まりで、小学校時代に、私が想いを寄せた担任の女性教師と、男性教師の同じようなシチュエーションを目撃し、男性教師は不審死を遂げた。中学校時代は、私が想いを寄せた塾の女性講師と、その恋人が公園でいちゃついているところを目撃し、女性講師の恋人はやはり不審死を遂げた。
 まさか、自分が呪い殺したとはと信じられなかったが、それ以降女性を好きになることは、やめるように過ごし、いつしか3人の男性の死についての記憶も薄れていった。

 恋心の封印をいとも簡単に破ったのが、高校のクラスメイトのレイコである。幸いレイコは在学中は彼氏はできず卒業となり、自分も想いを伝えられずに終わった。
 社会人になってから数年後に結婚式の招待状が届いた。レイコと同級生男子とのものである。私は、泣きたい気持ちを押し殺し披露宴に出席した。
 同級生たちの余興が始まり、クイズの罰ゲームで2人はキスをすることになった。その瞬間私は、中学校時代以来の、

「死ね!」

と念じてしまう。
 新婚旅行の初夜に、新郎は急死してしまった。これは、もう間違いない。私が呪い殺してしまったのだ。通夜に参列した私は、何の落ち度もなく私に呪い殺されてしまった、かつてのクラスメイトに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。しかし、なんと罪深いことに、すっかりやつれた喪服姿のレイコの美しさに、息をのんだ。お清め席では、新郎が腹上死したのではという心無いデマがレイコの耳に入り、彼女を一層悲しませた。私はそれを必死に否定したが、まさか自分が呪い殺したと言えなかった。

 私は次の犠牲者を出さないためにも、レイコに猛烈アタックをかけた。最初は全く相手にされなかったが、3年間一途に誠意を示す私に、レイコが根負けするような形で付き合うようになった。そこからは順調に交際し、とうとう結婚することができた。そして男の子が生まれた。
 その子は、自分そっくりで、ちょっと陰湿な目をしている。お母さんのことが大好きで、片時も離れようとせず、自分にはなつかないのが残念であった。
 その日の夜、私は酔っていた。出産後レイコは、私の求めに一度も応じてくれない。今夜こそとレイコに迫った。

「あの子が起きるわ」

「大丈夫、ぐっすり寝てるよ」

「しょうがないわね」

 私はレイコを押し倒し、久しぶりにそのカワイイ唇を吸った。
 その時、ベビーベッドの息子を見ると、目を見開いてこっちを見ているではないか。その口がある言葉を発した。

「やっ、やめろ!」

 次の瞬間、私の心臓は見えない手に鷲づかみにされた。

おしまい
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