まずは唐突に、牧師の朝のお仕事内容から。

文字数 4,737文字

1.
牧師の朝は早い。
平日の朝、ジャスト5:30。
玄関のチャイムが鳴った。
♪ぴぃーんぽぉーん♪
「・・・うう、あと、10分・・・」
俺、佐藤よしゅあ は、17歳。高校二年生。
身長、体重、容姿、頭の良さから運動神経まで全て、フツー。
♪ぴぃーんぽぉーん♪
「・・・あと、5分でいいからぁ・・・」
フツーじゃないのは、その私生活。
実は俺、
♪ぴぃーんぽぉん、ぴぃんぽ、ぴぃんぽ、ぴぃんぽーぉん!♪
『よーぉしゅあ君!早天祈祷しよー!!!!!』
・・・実は俺、牧師なんです(泣)


ここ、やまのべ教会は山に囲まれた田舎町にある、唯一の「キリスト教教会」で、35年前に建てられた。
できた当初はものめずらしさもあり、そこそこの人数が集まっていた、らしい。
けれども、町の人口減少に伴い、教会の出席人数もどんどん減少していって、一時は閉鎖も危ぶまれた。
その時に、「朝から祈ろう★ZE!」と前任の牧師がはじめたのが、
この、『早天祈祷』だった・・・らしい。
 その『早天祈祷(朝ごはん付き)』がきっかけで教会から離れた人々がまた教会に通うようになり、今までこのやまのべ教会はつぶれることなく存続している・・という。
だから、今も、朝の5時半には教会の扉がひらき、早天祈祷が行われ続けている。
今も、祈るより寝てたい牧師・俺を叩き起こしてでも・・(泣)

夏の早朝、さわやかな空気の外がさわがしい。
『聞こえないのかなー
『まだ よしゅあ先生寝ているんじゃない?』
・・そうです。
『さすが、ぼたんちゃんは声がひびくのぅ。
  もう一回、大きな声で呼んでみたらどうじゃ?』
『わかったー!じゃあ、もう一回ね!』
すぅ。
『(大音量)よーしゅあ、くぅーん!!!早天祈祷、しよぉおおおお―!!!』
ガバッ、ズダダダダダッ!
布団をはねとばし、二階の部屋から階段を転げ落ちる勢いで玄関に走った。
やめてやめてやめてやめてください。
俺の名前に、+早天祈祷、なんて妖しげなネーミングをつけて
外で大声で叫ぶこと、やめてください(泣)
ガチャガチャガチャーン
「よーしゅあ、くーん、早天祈・・・おはようございまーす!!!」
「オ、オハヨウゴザイマス・・・」
玄関の外には、ここ、やまのべ教会の熱心な信徒のみなさんがにこやかに立っていた。
「もう!よしゅあちゃんったら、寝坊だよー!!!」
と、頬をふくらましたのは、さっきからご近所迷惑もかえりみず、元気よくシャウトしていた、小川ぼたんちゃん。
ショートカットで活発な雰囲気の女の子で、確か、今年5年生になった・・ハズ。
身長が低いせいか、うっかり3年生?とか勘違いしそうになるけど、中身はちゃんと5年生で、教会にくる小さい子たちの面倒もみてくれる、とてもいい子だ。
「まだパジャマ着てるーーーー!髪の毛もすんごい、はねてるよーーーー!」
「ちょ、ぼたんちゃん、声おとして!まだ朝早いんだから・・・」
「よしゅあ先生、ごめんなさいねぇ。毎朝、毎朝大声で。」
といいながら、玄関にまず入ってきたのは、
枯武(かれぶ) タケさん。みんな、タケばーちゃんって呼んでいる。
御年75歳。この教会ができたときからの教会員で、熱心なクリスチャン。
「なぁに、かえって目が覚める。今の暑いさかりにゃ、
このへん農家はみんなもう起きて農作業しとるじゃろ」
そう言ったのは
枯武(かれぶ) 寅二郎、トラじーちゃん。
タケばーちゃんと毎日、早天祈祷に来るこちらも熱心なクリスチャンで、
よく「ふーてんならぬ、そーてんのとらさんよぉ」
と言ってるがそのギャグはよく分からない・・・
二人とも、優しくて穏やかにみえる老夫婦だけど、こと信仰となると超熱く、教会で最も熱心で熱烈で強烈?なクリスチャンだ。
農作業中に道を聞いてきた旅の人を伝道し、5分でクリスチャンにして教会に連れてきたーとか、
駅で路傍伝道していたら、そのへんの人から売店の売り子さんまで一気に救われたーとか、オレオレ詐欺?の電話だったのに、犯人が涙ながらに罪の悔い改めをはじめたーとかなんとかなんとか・・・・、とにかくすごい伝説のクリスチャンだ。
ちなみに、俺は生まれた時から世話になっていて、この二人には頭が上がらない・・・
「まぁ、よしゅあ先生はまだ学生さんだから、いくらでも寝てたいわよね、、、
  ほんと、うちのぼたんが朝から大声でごめんなさいね」
と、颯爽と入ってきたのは、ぼたんちゃんのお母さんで小川 椿 さん。
シングルマザーで働いていて、夜遅くなることも多い、と聞いたことがあるけど、
毎朝欠かさず早天祈祷に来るすごい人だ。
「ここの教会がねぇ、牧師館と礼拝堂の玄関が同じなのがいけないのよねぇ、、」
と最後に入ってきたのが 山田 カンナ、おばさん。
山田さんのおうちは代々クリスチャンで、ご主人も娘さんも、クリスチャンだ。
曽祖父の代からクリスチャンだと、かなり信仰熱心なのかと思いきや、カンナおばさん以外はみんな、朝は早天祈祷より睡眠を選ぶらしい。
いや、きっとそれが普通だよね??

そして、さっきのカンナおばさんのいうとおり、この、やまのべ教会は牧師館と礼拝堂の玄関が一緒になっている。
というより、一般の二階建て住宅から地続きに礼拝堂がドッキングしているというか、無理やり合体させたというか、、、
玄関をあけて、そのまま左のドアをあけると、書庫があって、そこでみんなスリッパに履き替える。
そこから、さらに奥の扉を開けると教会のキッチンと皆で食事をしたりする細長めの部屋(通称:旧会堂)があって、さらにそこを突っ切って向こうの扉をぱっかーんと開くと、天井高く、ひろびろとした礼拝堂(つまり:新会堂)になっている。
 新会堂は大きめの教室くらいの広さで、まだ新しく、白い壁紙に真新しい木を基調とした、美しい礼拝堂になっていて、古い牧師館、古い旧会堂を通過して新会堂に入ると、なんだか急に別の世界にきてしまったような、不思議な気持ちになる。
 つまり、この教会は最初に牧師館の住宅が教会として使われて、
信徒が増えた時に横に増築して、さらに五年前に横に増築して、、、
新しい礼拝堂に玄関扉をつける予算がなかったため、
いちいち牧師館の狭い玄関からしか入ることのできない
不便な教会になってしまっているのだ。

トラじーちゃんは
♪せーまい門から入れ~♪ Jesus Jesus
いーのちの門は小さい  ちーいさい♪
そーの道は狭くて~   
はいりずらいよ てんごく♪ やまのべきょうかい♪

と歌っては悦に入っているが、このギャグもよく分からない。
(トラじーちゃん曰く、♪草競馬♪の替え歌らしい・・・!)

2.
 朝の澄んだ空気の中、礼拝堂の中に美しいピアノの旋律と、賛美歌が響く。
カンナおばさんのピアノに、みんなの歌声があわさって、上手く言えないんだけど、おごそか?な雰囲気につつまれる。
たまに、トラじーちゃんのはずれた音程が加わるが、そこはご愛嬌だ。
この教会では、古い賛美歌ばかり歌うから、古文っていうの?若い人(俺とか)には歌詞の意味が難しくて理解できないときがある。
(小学生のころ、♪いさおなーきわれを♪という賛美歌をきいて、“いさお君”がいなくなったわれわれ、の歌だと思い込んでいたし・・・)
 それでも、この、賛美歌をみんなで歌っている、この時間は不思議と落ち着く。
 -ああ俺、もしかしたら、この時が一番好きなのかもしれないな。
 賛美歌がおわって、タケばーちゃんの、ゆっくりとした聖書朗読がはじまった。


 -俺が15歳の時、両親が亡くなった。
 2月の、この地方では珍しく、雪がつもった夜だった。
 
 俺の両親は牧師で、夫婦で一から、やまのべ町に教会をたてた。
俺は遅くにできた子だったから、教会の昔の苦労した時代はほとんど知らない。
ただ、親父や教会の昔からのメンバーが、たまに聞かせてくれた話から想像して、なにもないところに教会をたてるのって、大変なんだなぁ、って思ったくらいだった。
 あの日、親父とお袋は隣の県の伝道集会にまねかれて、朝早くから出かけていた。
こういうときは大体俺も一緒に連れていかれてたんだけど、その日は高校の受験日だったからパスした。
お袋は、
「こんな大切な日に出かけてごめんね、受験、上手くいくように、祈ってるからね」
と言った。
俺は、
・・別に、お袋がいたって、受験には関係ないし、でも、なんとなく面白くなくて、言った。
「別にいいけど、、もし、俺一人で留守番してて、火事とか地震とかあったらどーすんだよ、、、」
親父とお袋は顔をみあわせて、、
「「そんときは、先にいってろ!!(なさい!)」」
「は?」
「まぁ最終的にいきつくところ同じだし。」
「ちょっと、早くいくだけですものね」
どこにだよ!!今、いく、って、確実に逝く、で言っただろ!!!
「では、御国で会おう!」
「♪み、く、にであいましょ~う、御国でね♪」
と、先ほどの申し訳なさもどこへやら、両親は足取りも軽く、出かけて行った。
・・まさか、それが、元気な両親をみた、最期になるとは、思いもしなかった。

受験も無事すんだ夜、疲れ果ててぐっすりと眠っていた俺を揺さぶり起こしたのは、
真っ青な顔をした、トラじーちゃんとタケばーちゃんだった。
二人は、「先生が、よしゅあ君が心細くて泣いとる、って電話してきてのぅ」
といって夕飯を作りにきてくれて、雪がひどくなったから帰らないで、牧師館にずっと残ってくれていたようだった。
「すぐ、支度をしなさい。救急病院から、連絡があった。」
「せんせいが、、せんせいが、、」
その言葉の続きは、なんとなく察することができてしまった。

救急病院は思っていたより静かで、空気が凍っているようだった。
お医者さんが、親父のところへ、俺たちを案内してくれた。
深夜の高速道路で、大型トラックがスリップして、巻き込まれたらしい。
お袋は即死で、、
親父も、意識不明らしい。
ベッドに、チューブや、機械に囲まれた親父がいた。
トラじーちゃんが、背中を押してくれるまで、入口に立ち尽くしていたことに、気が付かなかった。
「親父、、」
世界から切り離されたような、この部屋の中で、機械の電子音と、タケばーちゃんのすすりなく音だけがしていた。
「親父、、」
もう一度、よびかけた。
返事なんか、できるわけがないのに、、
・・・すると、親父が、うっすらと目をあけた。
タケばーちゃんの、息をのむ音がした。
親父が、そっと、俺の手を握り、俺の目を見つめた。
(よしゅあ、)
頼んだぞ、とも、牧師になれよ、とも言われた気がした。
だって、小さい頃からいつも、親父は俺にそう言っていたし、その時と同じ表情をしていたから。
「お、おやじ、、」
「「っ、せんせいー!!!!!!!!!!」」
たまらなくなったのか、トラじーちゃんとタケばーちゃんが親父にすがりついた。
「せっ、せんせい、安心してください・・!この、カレブ・トラとタケが、よしゅあ君をやまのべ教会の、立派な牧師にして、やまのべ町にたてられた宣教の思いと、信仰のともしびを、守りますぅぅぅううううっ!」
俺をつかんでいた手から力が抜けて、ゆっくりとはなれて、、親父は安心したように目を閉じ、お袋が先にむかった、御国に旅立った、、、
ベッドにおちた右手は握られていて、親指だけが天を指し、、
親父の最期のことば?は、「いいね!」だった、、、、、、、、、、、、、、、、

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